第8話 密林の女王

 ……金色リーゼント野郎が、なんかイクラとネコを混ぜたやつを連れてきた。

 そのでっかい丸いのはのんきに「な~ご」とちょい低い声で鳴いている。

 愛嬌があるというか間抜けというか……少なくともどう頑張っても戦闘を想定して生み出されたとは思えない生き物である。


「おっきなイクラだね~。どんなサイズの鮭が孵るんだろ?」


 パルテリースが疑問を呈するが勿論その場の誰もがその問いに対する答えを持っていない。


「イクラの戦闘力ってよ……むしろ生物として戦闘力マイナスの状態だろうがイクラ」

「そもそもイクラとは食べるために人の手が入った状態だからな。最早自然物ですらない」


 冷静に突っ込むウィリアムとトウガ。

 そしてトウガが気の毒そうにセルゲイを見て肩をすくめた。


「……随分ヤケクソなペット連れてきやがったな」

「うるせえぇぇぇ!!!!」


 ちょっと悲鳴にも聞こえる大声で叫ぶセルゲイ。


「やっちまえイクラネコ!! 奴らを血祭りにしろ!!!」

「ふしゃー!!」


 ちょっと怖い顔になって威嚇するとボヨンとイクラネコが跳ねた。

 鈍重そうな見た目だが動きはかなり素早い。


「ちっ! また体当たりそれかよ!!」


 先ほど同様にトウガがそれを両手を広げ受け止めようとして……。

 その腕をウィリアムが掴むと思い切り横に引っ張る。


「うおっ!?」


 引っ張られて移動したトウガが立っていた位置の地面が大きく裂けた。

 まるで見えない鋭利な刃で薙いでいったように。

 もしその場でトウガが攻撃を受け止めようとしていたらまず正体不明の攻撃で切り裂かれその上で体当たりを食らっていたことだろう。


「危ねえ!! すまねえな先生!!」

「気を付けろ。上空で何かを放ったようだ。見た目ほど容易い相手じゃなさそうだぞ」


 ウィリアムの言葉に頷いてからトウガは地を蹴った。

 こちらもまた巨体に見合わぬ速度である。


「やってくれたな猫ちゃんよ! 次は俺の番だぜ!!!」


 トウガの拳がイクラネコのボディ?に炸裂する。

 まともに受ければ大熊ですら一撃で倒したことのあるトウガの渾身の拳打……しかし。


「ぬッッ……!?」


 しかし異様な弾力でその打撃は跳ね返されてしまう。

 分厚いゴムの壁を殴っているような感覚だ。


「ちくしょう! ダメだ拳は効かねえぞこいつ!!」


 打撃全般を無効化する弾力のあるボディ。そしてその形状から「絞め」や「極め」も仕掛けられない。

 更には……。


「うにゃああああ!」


 真空波のようなものを発生させてこちらに向けて放ってくる。

 見えない刃は非常に鋭利で食らえばかなりのダメージを受けるだろう。


「よぉーしいいぞイクラネコ!! やっちまえ!!!」


 見た目に反して高い戦闘力を持つとわかった相棒にセルゲイのテンションもうなぎ登りである。


「……斬るしかなさそうだな」


 剣を鞘から抜いてウィリアムが前に出る。

 その彼にトウガは一瞬何かを言いかけて思い留まった。

 ……斬撃も効かない気がする。トウガはそう思ったのだ。

 殴った感触からあの弾力のある層がかなりの厚みを持っていることがわかった。

 斬りつけても表面を傷付けることはできてもすぐに刃を止められてしまうだろう。

 だが現状他に手がない事も事実だ。


 剣を構えるウィリアム。

 その瞬間、周囲から全ての音が消える。

 まるで森羅万象が息をひそめたかのような「静」の一瞬にトウガも息をのむ。


(どの技なら通じるのか試している時間の余裕はない。……最初から全力で行く!)


 高速の踏み込みからの神速の斬撃。

 右斜め上からの切り下ろし。

 それはかつて『雷霆らいてい』と呼ばれたウィリアム最強の一撃。


 空気が……大地が裂ける。


 景色が斜めにずれた。そんな錯覚さえ覚える斬撃はイクラネコを斜めに両断すると左右に吹き飛ばした。


「……ギニャー!!!!!!」


 断末魔の絶叫を残して爆散する魚卵と猫の合成獣キメラ

 何故イクラと猫の合成生物が死ぬと爆発するのかはよくわからない。


「やはり久しぶり過ぎて調節が上手くいかないな。余計な力が入った」


 鞘に剣を納めたウィリアムが小さく嘆息した。


(すげえ……ここまで強いのかこの人は……)


 トウガは地面にできた大きな裂け目を見て頬を伝う汗を拭うのだった。

 その裂け目の脇でセルゲイが座り込んで呆然としている。


「コイツはどうする?」

「放っておこう。時間が惜しい」


 親指でセルゲイを指すトウガにウィリアムは首を横に振る。

 どのみちセルゲイたちのしている事は総督府の法では裁けない。

 エルフに会いに行くのに連れていけば彼らに殺されるだろう。

 放置するより他に今は道がないのだった。


「よし、急ごう。余計な時間を使ってしまった」

「ちょっとタンマ」


 足元からパルテリースが一行を留める。

 何事かとそちらを見てみると……。


「先生のさっきの一撃でエルザが気絶した~」


 目を回しているエルザをパルテリースが膝枕しているのだった。


 ────────────────


 密林の奥地にその部族の集落がある。

 蓮の葉が無数に浮かぶ大きな泉を中心とした集落。

 地面の上だけでなく大きな木々の上にも無数の小屋が建っている。

 そこかしこに立ち並ぶトーテムポール。

 建物の入り口には魔除けの恐ろしい顔をした木彫りの面が下げられている。


 その前人未到のエルフたちの秘境に遂にウィリアムたちは足を踏み入れた。


「ここが数百年もの間秘されてきたエルフたちの聖域か……」


 ウィリアムも冒険家としての血が騒ぐのか声がやや上擦っている。


「ここが我らの村だ。女王様は霊木の社におられる」


 先ほどのウィリアムの一撃で腰を抜かしたエルザは今はトウガに背負われている。

 のんびり感動に浸っている余裕はない。

 すぐに槍や弓などの武器を構えたエルフ兵たちが現れウィリアムたちは取り囲まれてしまった。


「我々に戦意はない! 女王様にお目通り願いたい!」


 腰の鞘を外して足元に置いてからウィリアムが両手を上げる。


「人間がここまでやってくるとは……!」


 エルフ兵の1人が眉間に深い皺を刻んで睨みつけてくる。


「待ってくれ! 彼らは我が連れてきたのだ!」

「エルザ! どういう事だ!!」


 トウガの背から飛び降りたエルザがウィリアムたちの前に立った。

 必死に仲間を説得しようと試みるエルザ。


「この者たちは森を侵す悪しき者どもに対抗する術を持っているのだ! どうか女王様に……」

「黙れ! 人間など信用できるか!!」

「大罪だぞエルザ! わかっているのか!?」


 しかしエルフたちは益々いきり立っている。

 何人かのエルフ兵が興奮し過ぎて鼻血を出して倒れた。


「だがこのままでは我らは森を失ってしまう!!」

「森を奪ったのは人間だ! こ奴らと同じ人間なのだぞ!!」


 ウィリアムらを指さして怒鳴るエルフ兵にエルザがグッと奥歯を噛む。


「これはなんの騒ぎじゃ」


 その時、凛とした一声が聞こえ周囲は一瞬で静まり返った。

 エルフたちが次々に膝を曲げ首を垂れる。


 1人のエルフ女性が現れた。

 緑色のイブニングドレスに似たデザインの装束に身を包み手には大きな木製の杖を持ったエルフ女性。

 銀のティアラを頂き銀の髪を背中まで伸ばした荘厳な雰囲気の女性だ。

 紹介がなくともウィリアムたちも全員が彼女が女王なのだろうと察していた。


 エルザも彼女の前で跪く。


「女王様! どうかこの者たちの話を……」

「エルザよ。わらわは人と話すことなどない」


 エルザの言葉を冷たく一蹴する女王。

 そしてそのまま彼女は凍てつく眼差しでウィリアムたちを射抜く。


「愚かなり人の子よ。我らの集落へ入り込むとは……牢獄にて己の罪を悔いるがよい」


 女王の言葉に応じて数名のエルフ兵が拘束のためにウィリアムたちに近付いてくる。

 抵抗しようと思えばいくらでもできる。

 この場の全員を戦闘不能にする事も可能だろう。

 しかし……。


「どうする?」

「一先ず言うとおりにしよう」


 尋ねるトウガにウィリアムがそう答える。

 今はまだ抵抗するな、と。

 力でこちらの意思を通せば、それはガイアード社とやっている事が同じになってしまう。


「そなたはハイエルフか……ならばそなたはすぐにこの場を立ち去るのであれば不問とするが」

「ううん、いいよ。アタシ先生と一緒にいる」


 女王の言葉を首を横に振って断るパルテリース。


 こうしてウィリアムらは牢獄の人となったのであった。


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