第22話 王国の使者が届けたもの
病室の窓から見る空は今日も綺麗な快晴だ。
バカンス日和、レジャー日和である。
しかしウィリアム・バーンズはベッドの上の住人だった。
「はいセンセ、あーんして」
ウィリアムが口を開けるとエトワールが林檎を食べさせてくる。
別に腕は動かせるので食べさせてもらう必要はないのだが……そう思うのだが先ほどそれを言いかけたら何か怖い顔で見られたのでもう黙っていることにするウィリアムだった。
「は~い次、次アタシ。あーん」
「ンぐッ!!」
まだリンゴを咀嚼してるのに稲荷寿司を突っ込んでくるパルテリース。
「オメー、センセはまだウチのリンゴ食べてる途中だろーが! 毎度毎度そうや……むぐ!!!」
今度はエトワールの口にも稲荷寿司を突っ込むパルテリースだ。
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あれから……。
あのジャングルの中のガイアードテクニクス社での大騒動から3日が過ぎていた。
結局ウィリアムはそのまま入院コース。
とはいえ回復力が常人のそれではない彼は並の人間なら入院一ヵ月コースの今回の負傷でも後1日2日あれば退院できるだろうとの事。
柳生キリコの放った滅びの力でガイアードの工場のあった一帯は茶色い地面の露出した荒れ地と化していた。
土壌などにはまったく影響はなかったそうで、このまま何もしなければ時間をかけてジャングルに復元していくことだろう。
崩壊の直後には社長のエイブラハムとトウガの2人が現場に駆けつけている。
2人とも青痣だらけ血だらけの酷い面相だった。
「こ、ここまで……ここまでするのかよ……。お前ら……」
更地と化した工場跡地を見てエイブラハムはその場でがっくりと両膝を地に突いてそのまま動けなくなっていた。
放棄していくつもりだった施設とはいえ、あそこまで徹底的に消滅させられてしまったのを目にすると流石に相当応えたようだ。
それはウィリアムらがやった事ではないのだが……。
その後の彼の動向はウィリアムも知らない。
後から知ったことだがガイアードテクニクスは鉱石の産地であるこの島の火山帯のすぐ近くに生産工場を確保できた事によりそこ以外の工場を縮小するか閉鎖してしまっていたらしい。
現時点での会社の収益のほとんどを担っていたジャングルの工場を無くした以上、事業の存続は不可能だろう。
この島にもいられまい。
法で裁けない以上は後はもうウィリアムたちにもできる事はない。
いつか彼の言った通りに、人の痛みのわからない男は自らのした事が最後に自分に跳ね返ってきたのだ。
柳生キリコの行方はその後も杳として知れない。
既に島を出てしまっているのか、それともまだどこかに潜んでいるのか……。
際立った美人ではあるがそれ以外大きな特徴のない彼女を探し出すのは容易ではないだろう。
カルラはいつの間にか姿を消していた。
あのメイドはキリコを追ったのか、それともヴェゼルザーク家に戻ったのだろうか。
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そして翌日、ウィリアムは多少無理やり気味に退院した。
まだ若干の痛みはあるがそんな事は彼にとってはどうでもいい事だった。
(このままではこの島の思い出がトラブルに巻き込まれた事と海で
何か。……何か少しでも楽しい思い出を、と。
砂漠で水を求める遭難者のような心地でホテルへ戻ってきたウィリアムを待っていた者たちがいた。
「初めまして、ウィリアム先生」
「お会いできて光栄です」
きちんとした身なりの精悍で凛々しい若い男2人がそう言ってウィリアムと握手を交わす。
どちら様だろうか? とウィリアムが考えていると……。
「我々、ローダン国王ドナテルロの遣いで参りました」
「!! ドナテルロ王の……! それはご足労頂いて申し訳ない」
2人は王国近衛騎士団所属のジェームズとアンソニーだと名乗った。
ドナテルロ王とウィリアムとは以前に王の抱えていたあるトラブルをいつもの様に巻き込まれる形で解決に導いてから感謝され懇意にしている。
その伝手で今回の密林のエルフたちの一件の調査を頼めないかと連絡を取ったのだが……。
まさか直接人を寄越してくるとはウィリアムも思っていなかった。
「こちらを必ず先生に手渡しするようにと堅く言い付けられて参りました」
錠の掛けられた金属製の箱を取り出してジェームズが言う。
「ありがとう。では部屋で開封を」
そう言ってウィリアムたちは使者を伴って彼の宿泊している部屋へと向かった。
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聞けば使者の2人はウィリアムたちがジャングルのガイアード社のエリアで大暴れした翌日にムラーク島に到着していたという。
「病室に訪ねてくれればよかったのに」
「いえいえ。陛下からは先生はまた難事件に関わっていらっしゃるかもしれないので御手透きになるまでくれぐれも煩わせることのないようにと申し付かっております。療養中であるとの事で我らは宿にて待たせて頂きました」
笑顔でそう言われてしまう。
えらく気を使われていて恐縮してしまうウィリアム。
ローダン国王ドナテルロがウィリアムに届けさせた鉄箱。
鍵を受け取り開封してみるといくつかの品と手紙が入っていた。
その中の1つ……何重にも布で包まれたものは……。
日の目を見たその品物を前にウィリアムたちは言葉を失っていた。
輝きを放つ銀色の宝冠。
大きな緑色の宝石をあしらった……。
間違いない。
300年以上前に調査団によって持ち去られたはずのエルフ族の秘宝である。
「持ち出せたのか……?」
王国にあるのではないか、とは予想はしていたウィリアムだがいきなり届けられた現物に少なからず動揺する。
同封の手紙を読んでみる。
『親愛なるウィリアム・バーンズ先生
ご依頼の調査の件をご報告差し上げます。
まず件のエルフ族の秘宝に付きましてですが現在は王国博物館にて陳列されておりました。
後述致します調査結果を踏まえ、元の持ち主へ返却するべきと考え議会の決議を経て正式に返却を決定、お届けするべく使者を派遣致しました。
お手数をお掛け致しますが件のエルフの女王陛下への返還は先生にお願いできましたら幸いでございます。
決定に至った経緯と調査団のその後に付きましては同封の手記とレポートをご参照されたく。
先生の益々のご活躍を祈念申し上げております。
ローダン王国14代国王 ドナテルロ『
「…………………………」
最後の署名にリングネームが混じってる事を除けば有難さに頭が下がる書状である。
(なんで王族ってプロレスに傾倒しやすいんだろうな……)
その事に思いを馳せずにはいられないウィリアムだ。
もしや使者の2人も……?
怖いのでその辺は確認しない。
同封の手記とはもう1つ厳重に布に包れた荷物の事だった。
かなり古いもので注意して扱わないと壊してしまいそうになる。
時間を書けて手記を読むウィリアム。
古い外国語で記されているが彼は読めるので問題はなかった。
全てを読み終え、同封のレポートも読む。
そこには手記を補足する形でウィリアムの知りたい情報がわかりやすく簡潔に纏められていた。
全てを読み終えるころには日は傾きかけていた。
目のあたりをマッサージして一息付くウィリアム。
「何書いてありました?」
「ああ、とりあえず女王に秘宝を返還する前に色々と準備が必要なようだ」
尋ねるエトワールにウィリアムはそう答えるのだった。
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