第23話 掘り起こされた『真実』
300年以上前にこのムラーク島を訪れたサウラーフ王国調査団一行。
彼らは密林に暮らすエルフたちの歓待を受けるが、そのエルフたちの秘宝を持ち去ってしまった。
秘宝の情報を持っていたのはエルフの女王と恋仲であったという学者の青年だけ。
青年はエルフたちを……女王を裏切ったのだろうか?
ウィリアム一行は密林の奥のエルフたちの国オルトゥーハを訪れていた。
目的は大昔に持ち去られた秘宝の返還である。
「これは……」
件の宝冠を差し出され、女王メリルリアーナが言葉を失ってわなわなと震えている。
「間違いない。我らの……この国の秘宝……大精霊の力を宿した『なまらめんこい冠』!」
「そ、そんな名前だったのか」
口に出してしまってから、まあ名前はさほど重要でもないと思い直すウィリアム。
女王は宝冠を胸に掻き抱きはらはらと涙を零した。
「感謝する……感謝するぞお前たち。よくぞ秘宝を取り戻してくれた」
「それなのだが、女王様……」
言い掛けたウィリアムの前にエルフ侍女が湯気の立つ椀を置いた。
「えびのお吸い物でございます」
「えびのお吸い物!?」
確かに椀はほのかに良い香りのする海老のお吸い物である。
「あれ以来ハマる者が出てのう。お前たちのお陰で侵略者たちも大人しくなったので森を出て海老漁に出るエルフもおるのじゃ」
えびしいたけ襲撃の一件がここで暮らすエルフたちに妙な変化を齎していた。
「……つまりあの後皆で美味しく頂いたのか、えびしいたけ」
椀を前に微妙な表情のトウガ。
まああれが食べてダメなものならエルフたちに異常が出ているはずであり、その後に海老料理が流行るはずはないのだが。
「そうか。なら改めて申し上げるがアンカーの街の人間たちと交流を持たないか? 港を使わせてもらえれば漁も捗るだろうし」
「むう……」
ウィリアムの言葉に女王の表情が曇る。
内心の葛藤を伏せた視線に滲ませて彼女は重たい息を吐く。
「いくらお前たちの申し出とあっても、それは容易い話ではないのじゃ。秘宝が戻ったとは言え妾の人への不信も消えたわけではない。返却に同意してくれたという人の王家の者には妾から感謝の書状はしたためるつもりではあるが……」
「その事なのだが……明日我々にお付き合い願いたいのだ。どうしても確認しなくてはいけない事が1つあって、それに是非女王様にも立ち会って欲しい」
ウィリアムの申し出に不思議そうな顔をするメリルリアーナ女王。
そして僅かな間思案して彼女はウィリアムへの同行を了承するのだった。
────────────────────
翌日、ウィリアムたちは島の沿岸に集合していた。
砂浜ではなく岩場と土の海沿いである。
ここはアンカーの街からは徒歩で1時間以上離れた場所であり、彼らの他に人影はない。
女王も数名の護衛を伴って同席している。
「森を離れるものいつ以来かのう……」
自らの頭上に樹木がない事に若干の戸惑いを感じながら遠い目をする女王。
ウィリアムたちは皆動きやすい格好でスコップやツルハシを持ってきている。
「こんな事にまで付き合わせてすまないな」
ジェームズとアンソニーに頭を下げるウィリアム。
彼らは話を聞いて同行と協力を申し出てくれたのだ。
「いえいえ。何でも申し付けて下さい。陛下にも可能な限りお力になるようにと言われております」
「それに我らも事の顛末を見届け陛下にご報告申し上げなくては」
近衛騎士の2人も運動着にツルハシを手にしている。
「わ~~、これから皆で何するの? 一揆?」
「しねーですよアホウ!」
パルテリースとエトワールの2人は相変わらずだ。
「それで、ここで何をするつもりなのじゃ?」
「まずはこれをご覧頂きたい」
ウィリアムが取り出して見せたのは古い手記だ。
今回、使者の2人がローダン王国から秘宝と共に持ってきてくれたものである。
「クエンティン・ロスカムという男の記したものだ。聞き覚えは?」
「クエンティン……忘れるものか」
女王の瞳に怒りの炎が灯る。
その時彼女は三百数十年前の光景を瞳に映していた。
「あの時の……調査団の団長だった男じゃ」
「その通り。そのクエンティン団長が書き残したもので、あの時の真相が記されている」
本当ならば女王に直に読んでもらいたいウィリアムだが言語の問題でそれは無理だろう。
だから彼が説明する。
「この島に来た当時、クエンティンは焦っていた。調査団の旅は間もなく終わるが、それまでに本国が喜びそうな有益な成果を挙げられていなかったからだ。この島でも歓待は受けたが自らの得点となる発見はできず彼は追い詰められていた」
女王はウィリアムの話を黙って聞いている。
周囲の皆も同様だ。
「そんな時に彼は偶然から立ち聞きしてしまった。女王、貴女と植物学者のアレックスの密会をだ。彼も秘宝の話を聞いていたんだよ。……そして、彼の耳に悪魔が囁いた」
そこで言葉を切ってウィリアムは手にした手記を見る。
「『その秘宝を自らの探検の成果として国へ持ち帰れ』と。彼はそれを実行し、事が露見する前に島を離れようとした。アレックスは置き去りにするつもりだったのだが、青年は仲間たちの不自然な動きに気付いていた。彼は脱出を試みる仲間たちに追い付いてきて、事の真相に気付きクエンティンを糾弾した」
「………………………………」
女王は無言で聞き入っている。
握りしめた拳は微かに震えていた。
「そしてここで、2人は口論になった。激高したクエンティンはアレックスを突き飛ばし……彼は倒れ岩場で頭を打った。そして、打ち所が悪く……命を落とした」
痛まし気に目を閉じたウィリアム。
「クエンティンは急ぎ仲間を呼んで彼の遺体をここに埋めて、そして島を離れた」
女王の頬を一筋の涙が伝う。
「ここに記されていたのはその事実とこの男の後悔だ。自分は真相を明らかにする勇気はないが、自らの子にこの手記を伝えもしも青年の名誉を回復するために当時の事を知ろうとしている者がいれば手渡すようにと言い残した」
「ならば……彼は……」
震える声で言う女王にウィリアムが頷く。
「ああ、ここがその時の現場だ。恐らくこの付近のどこかに遺体は埋められているはずなんだ。首尾よく見つかればいいのだが……」
300年以上時が経ってしまっているので実際に見つかるかどうかはわからない。
途中で野生動物に掘り起こされてしまっている可能性もあるとウィリアムは考える。
だが、そこはチャレンジしてみるより他はない。
「……待つがよい。ならば、大地の精霊に聞こう。もしも本当に遺体が埋められているのなら精霊たちが教えてくれるはずじゃ」
そう言うと女王は膝を屈し重ね合わせた拳を額に当て、深く首を垂れた。
それはまるで死者を悼む祈りのポーズのようでもあった。
「……いる」
やがて女王が顔を上げた。
彼女は立ち上がると小走りに移動する。
「ここじゃ! この下に誰かが埋められておる!!」
ウィリアムと仲間たちは顔を見合わせて肯きあう。
そして各々道具を振るってその場を掘り返していく。
……やがて……。
「……出たぜ」
トウガが静かに言う。
比較的状態のいい白骨化した遺体が掘り出される。
レンズは割れてしまっているが眼鏡を掛けた男だったらしい。
「あぁ……アレックス……!!」
女王が駆け寄り、遺体の傍で跪いて両手を地に付けた。
「許してくれ……そなたは妾を裏切ってなどいなかったのじゃな……! それなのに妾はそなたを裏切者扱いして……こんな妾の目と鼻の先で300年以上もそなたは1人で地の底におったのに……!! 許してくれ、許しておくれ……アレックス……!!」
遠き日の青年の面影に詫びながら女王は涙を流す。
そんな嘆く女王を誰一人言葉もなく皆静かにいつまでも見守っていた。
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