第24話 潮干狩り

 ポン、ポンと青空に祝砲が上がっている。

 今日は特別な日だ。

 アンカーの街の広場で盛大な式典が行われている。

 パリリンカ総督府と密林のエルフの国オルトゥーハが正式に友好関係を結ぶ事になった記念の式典である。

 一体どれほどの人々が集まっているのか……人垣はどこまでも続き果てもわからない状態だ。


「喜ばしい今日の日を皆さんと共に祝えることを総督として誇りに思います」


 集まった大観衆を前に演説台に立つエンリケ総督がスピーチしている。

 総督の横にはメリルリアーナ女王の姿もある。


「本日、平和的友好条約を締結し我々総督府とオルトゥーハ王国は恒久的な友好関係を結ぶ事となりました。オルトゥーハのエルフたちには総督府の権限の及ぶ範囲内において住民と同じ権利が保証されます。またアンカー市民たちのオルトゥーハのエルフたちの領域内に置いての権利も同様であります。現在まだ森林内に整備された道路はありませんが、近くアンカーと密林のエルフの里を結ぶ街道を整備する予定であります」


 笑顔で握手を交わす総督と女王の背後でジョージが紙吹雪を撒いている。


 ウィリアムたちは関係者席に着いていた。


「そんで、その団長はその後どうなったんです?」


 演説内容に退屈したのかエトワールが隣のウィリアムに聞いてくる。

 ちなみにパルテリースは既に居眠りしている。


「秘宝を持ち帰った功績で一時裕福に暮らしたようだが、それが元で革命時に自宅に革命軍が乗り込んできてそこで命を落としたそうだ。悪い事はできないな」

「小悪党の哀れな最期ですね」


 その後の情報に付いては同封のレポートに纏めてあった。

 団長は革命で命を落とし、その革命でできた国もやがてローダン王国に吸収されてなくなった。

 団長の妻子は九死に一生を得て律儀にその後も子から孫へと手記を伝え続けたらしい。


「彼は小悪党だったが、彼の子孫の生真面目さには感謝しないとな」


 お陰で今日の和解の日を迎えられた。

 子孫の内の誰かが手記を放棄してしまっていたら今日の日は遠く先延ばしになっていたかもしれない。

 ウィリアムは目を閉じ、過ぎ去った300年という時の長さに思いを馳せる。


『潮干狩りだぁぁぁぁぁッッッ!!!! 誰か来てくれぇーッッッ!!!!』


 その時、海の方からの叫び声が会場に轟いた。

 集まった群衆が俄かにざわめく。


「え!? 潮干狩りするの!?」


 涎を垂らして寝ていたパルテリースもいきなり元気に跳ね起きた。


「むぅッ!! 潮干狩りか!! やむを得ん……行ける者は行ってくれ!!!」


 演説台上のエンリケ総督がマイクを掴んで叫んだ。


「フフ、潮干狩り……久しぶりだぜ」

「ああ。腕が鳴るな」


 会場からも大勢浜辺へ向かっているようだ。

 何故か異様に強そうな……腕自慢と見てわかる者たちばかりが。


「ええええ……潮干狩りってこんな重大な式典ぶった切ってやるイベントか?」


 呆然としているウィリアムの肩をトントンと隣のエトワールが突く。


「センセ、これ」


 式典のパンフレットを見せてくる。

 その一番最後のページに……。


『海妖怪「潮干シオヒ」にご注意!!』という記載があった。

 その生物?のイラストも添えられている。

 身体が砂色をした巨大なウミウシのような絵だ。

 全長は3~5m かなり大きい。


「『たまに集団で浜辺に上陸してきて水着の女性を凝視してきます。気を付けてください』……なんだこりゃ」


 またも愕然とするウィリアム。


 浜辺では上陸を試みる大量の潮干とそれを阻止せんとする夏の浜辺の狩人ハンターたちの乱戦が巻き起こっている。


「オラオラーッ!! 俺こそが潮干狩りキングだ!!」

「ソルティーッッ!!」


 大剣を振るって潮干を薙ぎ倒す戦士。

 ヘンな断末魔を上げてしおれる潮干。


「びええええええええん!! これ……アタシが聞いてた潮干狩りと違うよおおお!!!」


 そんな中で、可愛い熊手とバケツを手にしたパルテリースが泣いていた。


 ────────────────


 ウィリアムたちが島を去る日が近付いていた。


 もう身体の調子もすっかり元通りになったウィリアムが名残惜しむかのように街を散策する。

 そして、彼はふと足を止めた。

 いつぞやのカレー専門店「やたらナマステ」の店の前だ。

 最後に来てからもう10日が経過している。


(思えばあの奇妙なメイドと初めてまともに言葉を交わしたのがこの店だったな)


 その事すら既になつかしいような心地でウィリアムが店を見る。


「…………………………」

「なんですか」


 カウンター席でカレーを食べていたカルラと目が合った。


「いたあああああああああ!!??」

「いるに決まっているでしょう。お昼時ですよ? 私が他にどこで食事を取るというのですか」


 そういう意味ではなく、まだこの島にいたのかという意味だったのだが……ともあれ、立ち去り辛い雰囲気になってしまったのでウィリアムも店内に入る。

 するとカルラも自分の皿を持って立ち上がりテーブル席に着いて手招きしている。


「ここにしなさい、ウィリアム」

「あ、ああ……」


 椅子を引いて腰を下ろし、彼女の正面に座る。


「ヴェゼルザークの家に帰ったものだと思っていたよ」

「いいえ。折角このカレーを食べにこんな所までやってきたのだからそう簡単には帰りません」


 そう言うと彼女はどこから取り出したのか1冊の雑誌を手にする。

 タイトルは『パリリンカを食べ尽くそう! ここは押さえておきたい絶品グルメ20店』となっている。

 付箋が貼ってあるページがあり、カルラがそれを開いてみせるとこの店を取り上げたページだった。


「まさか、君は……」


 ページを示してどことなく自慢げにしているメイド。


「ここでカレーを食べるためにこの島に来たのか?」

「そうですよ。それ以外に何があるというのですか」


 大半、というかほとんどの者は観光や海の娯楽を楽しみにここを訪れるのがあって、カレーを食べる事……しかもそれのみを目的としてやって来る者は他にいないのではないかと思ったが、面倒な事になりそうなので口には出さないウィリアム。


「主人の黒色卿の意向で来ていたのだと思っていたよ」

「逆ですね。私がこの島に用事があったので急遽ご主人様が必要になり、手の空いていた黒色卿あれを指名してやって来たのです」


 ウィリアムの脳内を無数に「?」が飛び回っている。

 話せば話すほど理解から遠ざかっている気がする。


「つまり彼は君の本当の主人ではないと……?」

「どうやら色々と誤解があるようですね」


 カルラはゆっくりと椅子を引くと立ち上がった。

 そして彼女はメイド服のロングスカートの裾を摘んで一礼する。

 優雅で品のある所作である。


「まずご存知の通り、私は『有能で可愛らしいメイドさん』なわけですが」

「う、うん……?」


 ウィリアムの認識では彼女は可愛らしいというか美人なのだが、やはりここも口にはしないでおく。


「固定の誰かにお仕えしているわけではありません。その為に私は何かする度に誰かをご主人様にしなくてはならないのです」

「いや別に、単独行動をすればいいのではないのか?」


 するとカルラは「困った人だ」とでもいうように半眼になった。


「何を言っているのですか。それだと私は野良のコスプレ女になってしまうでしょう。私はメイドこの服が大好きでこの服を着たくてメイドをしていますがコスプレがしたいわけではありません」


 自分の胸の上に手を置くカルラ。


「『有能で可愛らしいメイドさん』です。私は有能で可愛らしいメイドさんなんです。だから全てのメイドの業務は120%こなせますし、何かするとなればご主人様が必要になります」


 ……なんという事だ。

 確かに彼女の言うとおりウィリアムはカルラに対して大幅な誤解があった。

 何故そもそもヴェゼルザーク最強と言われている彼女がメイドをしているのか疑問だったのだが、答えがわかれば単純明快……彼女はのだ。


「ですが、失敗でした。他にいなかったのでやむを得ないとはいえ、調子に乗って貴方のような雑魚ぴっぴと戦えとか命令してくるし……」

「雑魚ぴっぴ!!!??」


 屈辱的過ぎる言われように思わず口内のカレーを噛まずに飲み込んでしまうウィリアム。


「そもそもが奇人変人揃いのヴェゼルザークでどうにかしようと思うからこういう事になるんです。……そういうわけなので私はこれから貴方の所でお世話になる事にします。有能で可愛らしいメイドさんですよ。よかったですね」

「は!!??」


 にこりともせずにいつものポーカーフェイスで言うメイドにすっとんきょうな声を上げてしまうウィリアム。


「……い、いや、いい! 結構だ!! 間に合っている!!!」


 我に返って必死に拒否する大作家。

 メイドはそんな彼を冷たく光る視線で射抜く。


「何を言っているのですか。有能で可愛らしいメイドさんですよ。貴方には感涙に咽び泣いて喜びを表現する以外のリアクションは必要ありません。地方まで蹴り飛ばしますよ」

「ほらぁ!! それえ!!! それだよそれ!!! イヤだもん!! なんかある度に隣町まで蹴り飛ばされそうなメイドとか怖いもん!!!」


 ぎゃあぎゃあとやり合う2人。

 そんな2人を厨房から眺めるマスターとウェイター。


「マスター……」

「我慢スルネー。オトクイサマダカラネー」


 マスターはそう言い残して調理に戻っていくのだった。




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