第2話 港には筋肉
客船からタラップが渡され多くの旅行客が桟橋に降り立っていく。
タラップに降りるパルテリースの手を取るウィリアム。
「あ……えへへ」
パルテリースがふにゃっとした笑顔で頬を赤らめている。
かくして2人はパリリンカ諸島最大の島ムラーク島に降り立ったのだった。
港があるのはムラーク島でも最大の港湾都市アンカー。この島を最初に発見したとされる大昔の冒険家が最初に碇を下ろした場所だというのが名前の由来らしい。
大型の客船が出入りするのは島でもこの街の港だけだ。
「相変わらず『ザ・観光地』と言った感じだな」
桟橋から街を見渡すウィリアム。
彼はここは初めてではなかったが最後に来たのはもう随分昔になる。
街は自分の知る頃とは色々と変化していた。
それもそのはずで以前に来たのは世界に蒸気機関が普及する前だ。
今では普通に大型蒸気バスが街中を走っているのだから。
物思いに耽っているウィリアムの袖がくいくいと引かれた。
見るとパルテリースである。
「先生、あっち何かやってるよ」
彼女の指差す方を見ると港の一角に何やら人だかりができているようだ。
────────────────
人ごみの後ろからウィリアムとパルテリースが覗き込んで見る。
港の人だかりの中心には2人の男がいた。
1人は筋骨隆々な巨漢だ。ぼさぼさの黒髪に精悍な顔立ちの若い男。
身長は2m前後はあるだろう。
彼は両手の力瘤を誇示するポーズを取りながら勝ち誇っている。
「がははは! 海の男ってなぁ大したことねえな!! どうした? もう俺と遊んでく奴はいねえのか!!?」
高笑いする男の前には船乗りらしい体格のいい男が右手を腹に抱え込むようにしながら中腰の体勢になっていた。
「くっそおお……バケモンがよお」
「よぉし、それじゃオレが遊んでやるよ」
右手を押さえて苦しげにしている船乗りを押しのけ別の船乗りが前に出てきた。
周囲の野次馬は盛り上がり手拍子や口笛が鳴り響く。
後から出てきた船乗りのむき出しの上腕部には人魚のタトゥーが入れてあり太さは赤子の胴ほどもある。
『腕自慢』という雰囲気を全身から出している男だ。
「へへっ、毎度どーもな」
黒髪の巨漢は出てきた男にニッと口の端を上げて笑いかける。
そして足元に置いてあるベコベコのバケツを視線で指した。
「1発銀貨一枚だ。俺は避けねえ。目ん玉と金玉以外ならどこでもアリだ。片膝でも地面に突かせりゃアンタの勝ち。それの中身は全部アンタのもんてわけだな」
バケツの中には既にかなりの銀貨が入っている。
パンチ1発でこの大男の体勢を崩せればこの銀貨が丸々貰えると言うゲームらしい。
「こんだけありゃ当分酒代には困らなそうだ」
バケツにチャリンと銀貨を1枚投げ入れてから船乗りが構えを取る。
素人の構えではない。拳闘を知る者の構えだ。
黒髪の大男も船乗りが見掛け倒しでない事を感じ取ったのか口元の笑みは崩さぬまま眼光が鋭くなる。
周囲の喧騒も止み人ごみの空間だけを凪の海のような静けさが包んだ。
「……フンッ!!」
鋭い呼気と共に船乗りが一撃を繰り出す。
ややアッパー気味の拳が大男の横腹に飲み込まれ……。
「ぐああッッッ!!!」
叫んだのは船乗りの方だった。
殴ったほうの拳を押さえて悶えている。
「くっそぉ! 痛ぇ!! 痛ええええ!!!」
「がはは!! またのチャレンジをお待ちしてるぜ!!!」
対する大男は余裕の大笑いだ。
こうして多くの猛者たちをその自慢の筋肉でひれ伏せさせてきたのだろう。
「先生、ねえアタシあれやってみたい!」
「……ォあ?」
びっくりしすぎて思わずヘンな声を出すウィリアム。
パルテリースは目をキラキラさせている。
「いや、ダメだよダメだ。危ないだろう」
必死に説得は試みる。もう内心ではダメだろうなと思いつつも。
このパターンで彼女を止められた事はほとんどないからだ。
彼女の心配というのはウソではないものの、それ以上に彼は今目立ちたくないと思っている。
それでなくとも自分たちは『色々と』人目を引きやすいのだから……。
「大丈夫だって! なんかアタシ勝てそう!」
そんなウィリアムの気も知らずにはしゃぐパルテリース。
「いいじゃねえか! やらせてやんなよ!」
「そうだそうだ! 行けエルフの姉ちゃん!!」
2人のやり取りに気付いた周囲の見物客たちが無責任に野次る。
「がははは! お嬢さんの挑戦を受けるのは久しぶりだしエルフの挑戦は初めてだぜ!」
黒髪の男の耳にも騒ぎは届いていたようだ。
その彼に向かって勇ましくパルテリースがシャドーボクシングのようにシュッシュと拳を突き出す。
(……お)
男の口から笑みが消えた。
一瞬の間を置いてその口元には再び笑みが浮かんだが、それは先ほどまでの余裕の笑みとは別種のものだ。
「
飛び切りの獲物を見つけた狩人の笑みでトウガが名乗る。
「アタシはパルテリース・アーデルハイド。スイカ割りに来たんだけど、先に君を割っちゃうかな!」
「遠慮しとくぜ! 生憎ともう腹筋なら割れてるもんでよ!」
ちょっと怖いパルテリースジョークにも動じずにトウガは先ほどまでは取っていなかったやや腰を落とした姿勢を取った。
より真剣な防御体勢だ。
目の前の女性が強敵だと理解しているが故の。
「よーしいっくぜ~! ひっさつ! 食らったら翌朝お布団の中で死んでるパーンチ!!!」
……技名が酷い。
パルテリースのやや捻りの入った拳がまっすぐ緒仁原トウガの腹筋のど真ん中に突き刺さる。
ガギイイイイン!!!!!!!
その時周囲に響き渡ったのはまるで金属同士をぶつけ合わせたかのような音だった。
「いったたたたた!! いったい!! 先生! めっちゃ痛い!!!」
そして先ほどまでの船乗りたちと同じようにパルテリースは右手をぶんぶん振りながら飛び跳ねている。
「ふッッはーっ……がはは、どうよお嬢さん」
そしてトウガはやはり不動のままだった。
勝負は彼の勝ちである。
だが、ウィリアムだけは見抜いている。
痛がるパルテリースの拳はリアクション程は傷付いていない事と、そして見た目以上にトウガはダメージを負っている事を……。
まあ。無理もない……とウィリアムは思う。
見たところトウガ・オニハラは普通の人間だ。
対する自分たち2人は
2人とも人間ではない別の存在。
人を超えた恐るべき力を持つ『
元々は2人とも人間だった。
それが様々な運命の悪戯により人を捨てる事になった。
両者共に常人を凌駕する存在なのだ。
「先生~カタキを取って~アタシはすっごい悲しい!」
「……ホむ!?」
またびっくりし過ぎてヘンな声が出てしまったウィリアム。
パルテリースが彼の服を掴んでゆさゆさと揺らす。
「おねがい~先生なら勝てるでしょ? ひっさつの食らったらおトイレ行った時に内臓が全部お尻から出ちゃって死ぬパンチで」
最悪に人聞きの悪いパンチの持ち主に勝手にされている。
「……いや、まあ、何とかなるとは思うが……」
それは十分に声量を抑えた一言だった。
それでも発言してすぐにウィリアムはしまったと激しく後悔する。
「お。いいねぇ兄さん。強気じゃねえかよ! 嬉しくなるぜ!!」
ギラリとその目を獰猛に輝かせてトウガ・オニハラがウィリアムをロックオンした。
まさかあの喧騒の中で自分の小声を拾われるとは……ウィリアムが奥歯を噛む。
「1発俺のおごりにしとくぜ! 遊んでいきな、兄さん!!」
そして黒髪の大男は親指で自分を指し、『来い』とウィリアムを挑発するのだった。
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