第9話 もしかして捕まった?
ジークフリート王子が倒れたはずの場所に、ぷくぷくとしたお腹に短い手足の、丸い顔のトカゲに似た生き物が服に埋もれている。身体はキラキラと光る真珠のような鱗に覆われていて真っ白だ。
呆然とする私の目の前で、その小さな白竜は
これが、王子?嘘でしょ?
なにこれ、どうして人間が竜になるの?
思わず両脇の二人の団長を交互に見るけれど、二人とも神妙な顔で黙っている。驚いた様子もないところを見ると、彼等はこの事を知っていたのだ。
『王太子を庇い竜の血を浴びた俺は三日三晩竜の毒に苦しみ、そしてようやく治ったかと思えば夜が来る度にこの有り様だ』
竜の姿になったジークフリート王子はすちゃっと立ち上がり、短い両腕を身体の前で組んでそう言った。
ううん、手が短くて組めてないの。
これはヤバいわ。きゅんきゅんしちゃう。
「可愛い〜♡」
『コラ、触るな!』
思わずその小さな頭に手を伸ばした私に、子竜は焦ったように後退って怒る。
いけない、ついつい手が。
中身は王子だ。人間なのよ、我慢しなくちゃ。
でも、少しくらい触らしてくれてもいいのにな。
そう思っていると、ギルが駄目ですよ、と私の肘をつかんでもとのソファーに戻らせた。
竜の王子もソファーにピョンと飛び乗って座る。うぷ、仕草がかわゆい。
でもまあこれで謎が解けたわ。それでこれまで婚約者がいなかったというわけなのね。夜が来る度に竜化するのではそりゃあ困るわ。
ベルンハルト団長が眉に皺を寄せて口を開く。
「王国の医学書を調べ尽くしても、この毒がどのようなものであるかは分かりませんでした。これまで蒼氷騎士団の幾人もの騎士が、この竜の毒による呪いを解こうとしましたがそれも叶わず……」
竜の呪い……? ん、どこかで聞いたぞ。
私はギルを振り返った。
「ギル、何か知ってるんじゃない?」
謁見の前に馬車の中でそれらしきことを言っていたような気がするわ。
私がギルを振り返ると、彼はいつもの無表情に少し困ったような色をのせて答えた。
「竜はその血によって他者の姿を変えることがあり、それを呪いと呼ぶことがあるとしか……。魔剣の主人はその呪いを受けずに竜を倒すことが出来るのだと。しかし、現代ではそもそも竜は基本的に人間には関わらないですし、人を襲う竜なんているはずが……」
「毒の解き方はわかる?」
「そこまでは。竜自身に聞ければ何か方策があるかもしれませんが」
子竜の王子はしゅんと首をうなだれた。
『
う、なんだか可哀想。
ヴォルフガンク団長が王子を元気付けるように声を張り上げる。
「殿下、大丈夫です。陛下がラウリッツ領から解毒魔法の得意な治癒師を呼ばれていると言っていたではありませんか!」
『ラウリッツ辺境伯の令嬢、クリムヒルト姫だろう?』
え、私?
ギョッとする私にベルンハルト団長がにこりと微笑む。
「辺境伯家のクリムヒルト嬢は、魔物によるどんな状態異常も治せる優れた治癒師であると聞きます。何度も試した結果、解毒魔法で殿下の竜化は短時間ですが一時的に阻止できる事がわかっています。ですが、現在この王都にいる治癒師の誰も、それほど強い解毒魔法は持っていません。クリムヒルト嬢ならば、殿下のこの呪いを解けるのではないかと陛下はお考えなのです」
ベルンハルト団長の話にのせて、ヴォルフガンク団長も拳を作って熱く語る。
「それにクリムヒルト姫は月の光のような銀色の髪、美しい
ブホッとギルが吹き出した。慌てて後ろを向いた肩がプルプル震えている。
(噂というのは怖いですね)
笑いをこらえてコソコソと私にだけ聞こえる声でギルが言う。その足をベシッと踏みつけて、私はどもりながら聞いた。
「だ、誰がそんな話を……」
『辺境伯だ』
お父様、盛りすぎでしょ!
絶句している私に、ギルは更に耳打ちした。
(ヒルデ様、癒しの聖女が悪魔の隊長と同一人物だと伝えたら一発で婚約破棄できますよ)
うっせーわ! 余計に言えなくなったじゃない!
『仮に完治は出来ずとも伴侶になってくれるのならば、その魔法で夜の公務も出席出来るかもしれない。そう陛下に言われたのだ。ヒルデ卿、卿は令嬢と親しいと聞いたが、彼女はどんな
え? どんなって、目の前にいますとは言えない。
「か、可愛らしい方ですよ。清楚で優しくて……」
隣でギルがみんなにわからないように
くそっ、後で覚えていなさいよ。
『そうか……彼女には無理矢理婚姻を迫るなどしたくはないのだが、この呪いが解けないことには』
そう言って王子は丸いほっぺたを膨らませて、ふうとため息をついた。
うーん、気の毒だなあ。
助けてあげたいけれど……、私の解毒魔法で完治するかどうかはわからないわ。
ヒルデの姿で魔法を使うわけにいかないし。クリムヒルトの姿でやっても、治らなきゃ結婚でしょ?
うんうん悩んでいると、ベルンハルト団長がさて、と言い出した。
「ヒルデ殿、ギル殿、お食事がまだですね。準備をさせていますので別室へ参りましょう。どのみちしばらくはここに滞在していただかなくてはならないのですから」
「はい?」
「ジークフリート殿下の秘密を口外されてはいけませんからね」
『すまないな。クリムヒルト嬢が王都に到着するまではここにいてくれ』
嘘でしょ?
しかし、頷く二人と一匹のさも当然といった表情に、私は当分ここから逃げられないことを悟ったのだった。
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