第3話 王子妃なんてゴメンです

 困ったことになった。

 私を含め、夕食時に集まってテーブルに着いた家族全員が、サーブされた温かいスープやお肉の乗ったお皿を前に黙っている。

 重苦しい空気が漂う中、沈黙を破り重い口を開いたのは父だった。

 

「とにかく叙任式は避けられん。ありがたく騎士位をいただいてすぐに帰って来ればいい。幸い魔剣のおかげで姿が変わる。クリムヒルトとヒルデは別人だとシラを切り通せばいけるだろう」

「叙任式はいつですか?」

「来月だ」

 

 私の隣の席で、兄のローレンツが大きなため息をついた。

 

「ヒルデがグラムを抜いた時から、いつかこうなるのではないかと思ってはいたけど、まさか王子妃としても目をつけられるとは思わなかったよ」

 

 ロイエン王国はシュゼーレ王国とメルコム王国とに挟まれている。我がラウリッツ領はそのうちシュゼーレ王国と国境を接している。軍事的に重要なこの辺境領の次代の辺境伯として、兄は王都の士官学校を卒業した後、父の代わりに辺境騎士団の団長を務めている。その力量は後継として申し分ない。

 

 この少し気弱な父も政治の場では、多少の小競り合いはあれども隣国との経済交渉でここ何年も平和を保っており、辺境領の主としてはなかなか有能な方だ。王家としても姻戚関係を結ぶ事によって手綱をとっておきたいと考えたのかもしれない。我が家にとっても光栄なことではある。

 

 普通であれば諸手を挙げて喜ぶところなのだろうが、私は嫁に行く気はさらさらない。

 私の後ろから困ったような声が聞こえてきた。


「貴方、どうしてそんな話を受けたのですか?無理に決まっているでしょう」


 おっとりとした母が頬に手をあて、溜め息をつきながら父に言う。弟のアレクシスも首を振りながら呆れたように重ねて言った。


「ガサツな姉さんに王族の妃がつとまるわけないじゃないか」

「アレク、聞き捨てならないセリフね!」


 王子妃になんぞなる気はないが、こう見えても辺境伯の令嬢として一通りの事は習っているのだ。

 だけどそれとこれは別。


「お父様、以前から言っているように、私は誰にも嫁ぐ気はありません。私は騎士団で将来辺境伯となるお兄様を支え、生涯独身を貫くつもりです」


 ざけんなよ。なんで好きでもない奴の所に嫁に行かねばならないのだ。

 心の中で毒づきながら、私はプイとそっぽを向いた。父はそんな私を見て、やっぱりか、と溜息をつく。


「父上、アレクが言うのはもっともです。どこの世界に魔物退治が趣味の王子妃がいるんです。こいつが絶対大人しくしているわけがないでしょう。勇猛と評判の辺境騎士団うちの中でも敵なしと言われるヒルデを、王宮の貴婦人達の間に放り込んだらどんな騒ぎになることか」


 兄が憤慨する私の肩を軽く叩いて援護する。

 ……援護よね?なんか、けなされている気もするけど。

 

 ラウリッツには魔獣達が闊歩する広大な森が広がっており、男達は度々危険な魔獣の討伐に駆り出されなければならなかった。魔剣の主人になる前から兄と共に度々魔獣討伐に参加していた私は、領内ではお転婆姫で有名だ。


「領内の男達は誰も姉さんに手を出そうなんて考えないよ。怖いから」

 

 家族はお互いに顔を見合わせ頷き合っている。


 えらい言われようだが、確かに領内で私に言い寄る男はいない。

 でもそれは私だけが原因ではない……と思う。

 

 実際、剣の腕前だけならローレンツ兄様の方がずっと上だし、女である私はさすがに辺境騎士団の団長を務める兄には敵わない。実力主義の騎士団の中で皆が自分を畏れ尊重してくれるのは、魔剣の力ととんでもなく強くて綺麗な顔の護衛騎士がそばで守っているからだ、と思っている。


「ギルがいつも一緒だからでしょ。それに別に魔物退治が趣味なわけじゃないわ」

「いや、趣味だろ」

「あそこまでくればねえ」



 ドレスを嫌がり淑女レディの嗜みである刺繍にも興味を示さず、幼い頃から兄弟達と一緒になって剣を振り回す私を、両親は呆れながらも笑って許してくれた。おおらかすぎるようにも思えるが、育った土地が王都から遥か離れた田舎だったのと、私がこの辺りでは珍しい魔法の使い手だったせいもあるだろう。


 私は怪我の治療から解毒までカバーする治癒魔法を得意としている。魔物の討伐では、怪我や状態異常を瞬時に癒せる魔術師は非常に重宝されるのだ。魔力の強い魔術師は性別関係なく、そして多少幼くても騎士団に所属が許されている。

 初めは騎士達の怪我を治療するという大義名分のもとに従軍していたのだが、魔剣グラムを手に入れてからは攻撃側にも回り、つい一年前に兄の推薦と父の許しを得て隊長となった。

 はじめは嫁に行かないと宣言する娘に困惑していた父も、娘の活躍を聞くにつれ、これは仕方がないとすっかり諦めていたのだ。


「ヒルデの口癖は自分より弱い奴の嫁にはならん、だろ?」

「兄さん、ジークフリード王子って強いんですか?」

「知らん。同い年だが、士官学校にはいなかった。王子だから騎士団で特別な訓練を受けていたんだろう」

「姉さんより強い人って……」

「並の男では相手にならんぞ。大丈夫か?」


 頭を突き合わせて相談していた彼等は、くるりと父を振り返って結論を出した。


「父上、ここは穏便に辞退するのが賢明だと思います」

「お断り出来ませんの? ヒルデも嫌がっていますし」


父は腕組みしてうーんと唸る。


「陛下が仰るには、クリムヒルトが高度な治癒魔法の使い手であるというところが一番の決め手であるそうなのだ。殿下が軍人であるからなのかもしれんが、是非その癒しの力を殿下に欲しいと言われた」

「王国騎士団にも治癒魔法の使い手は沢山いると聞きますけど」

「どんな理由にせよ、こちらから断ることは難しい。我々が王家に離反すると疑われる元にならないとも限らない」

「どうしましょう」


 正式に申し込まれれば断る事は難しい。それまでに王子本人から断らせる事が出来れば良いのだが。

 第一、二十四歳にもなって恋人の一人もいないはずがない。王族の一員のくせにこれまで婚約者がいなかった事も不思議なくらいなのだ。

——これは何かある?

 

 じっと考えていた私は、席から立ち上がって部屋の扉へ向かう。


「わかりました、お父様。おっしゃる通り、叙任式にはヒルデ・ブランドとして出席します。クリムヒルトは病気で寝込んでいるとでも伝えるわ。しばらく滞在する予定ですので、王都のタウンハウスを使わせてくださいね」

「滞在?一体何をするつもりだ?」

「王子がどんな人か見極めてきます」


 冗談だろうと父がポカンと口を開けている。

 そこへギルがカスタードパイの乗ったワゴンを押して入って来た。パイには私の好きなさくらんぼのコンポートがのっている。どうせ私のご機嫌取りの為に作らせたに違いない。


「ギルも連れて行くから大丈夫」


 何のことかわからないギルがきょとんとしている。


「それで、もし気に入らなければどうするつもりだ?」

「そんなの決まっているわ」


 私はパイの乗ったお皿をギルから受け取ってパクリと一口食べた。


「この縁談をぶち壊すのよ!」

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