第4話 敵に勝つにはまず敵を知ること


 数日前から王都のタウンハウスに来ていた私は、叙任式の二日前となった今日、ギルと一緒に王宮へ向かっている。式の前に国王陛下に謁見しておかねばならない。もう夕方も過ぎて、空は深い藍色に染まっていた。

 

「ああ〜、めんどいな〜」

 

 馬車の中でブツブツ文句を言う私を、ギルが無表情で見つめてくる。

 

「王国騎士に叙任というのは名誉なのではないのですか?」

 

 ギルは私が嫌がっているのが不思議らしい。

 

「そうなんだけど、結局のところ正式な騎士にしてやるから国に従えっていってるようなものなのよね。犬に首輪つけるのと一緒。呼べば来いって言われる飼い犬になりたくないでしょ?」

「そういうことですか」

「そう。権力闘争に使われる王子妃なんかよりはマシなんだけどね」

 

 王の周辺には、中央貴族の野心が黒々と煙になって取り巻いている。王族に嫁ぐ女性なんて地位は高くても自由もなく、家門の為に使われるのだ。その筆頭の妃候補に中央を差し置いて私みたいな田舎の貴族を引っ張り出すなんて、何か問題があるに決まっている。

 

「まあ、第二王子も絶対来るだろうし、どんな奴か見てみようと思うの。令嬢達が逃げるくらい性格悪いのか、見るに耐えないくらい不細工なのかもしれないし」

「だったらどうなさるのです?」

「ずーっと病気のままでいようかしら」

「治癒魔法が使えると知られているのに通用しますかね?」

「魔物の呪いとでも言っときゃいいでしょ」

「呪いですか……竜の呪いなら聞いたことがありますが」

 

 そんなことを話しているうちに、王宮の入り口に着いた。馬車を降りて門番にお父様からもらった手紙を見せる。それを見た兵士は私達を見て一礼し、丁寧に中へと案内してくれた。

 

「陛下からこちらの控室でお待ちくださるようにと仰せつかっています」

「剣は預けなくても良いかしら?」

「魔剣ですので特別にお持ちになって構わないと聞いております」

 

 グラムにはもともと鞘がない。しまう時は私自身の身体に吸い込まれる。これが魔剣と呼ばれるグラムの特徴の一つだ。

 剣をしまうと銀髪に戻っちゃうからどうしようかと思っていたのでひと安心。腰に下げたままなら姿は変わらないから、領でグラムに合う鞘を見繕って来たのだ。

 

「準備が出来ましたらお呼びいたします。しばらくお待ちください」

 


 それからしばらくして、私達は謁見の間に通された。

 広い広間の正面の壇上に豪華な椅子があり、王様はそこにデデンと座っている。深い茶髪に髭を蓄え、いかにもな感じで威厳たっぷりのおじさまだ。でも意外とその目は優しそうでもある。若い頃はかなりかっこよかったんじゃないかな。

 

「そなたがラウリッツの魔剣の主人か。遠い所をよく来た」

「王国の沈まぬ太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。私はラウリッツ辺境騎士団のヒルデ・ブランド。隣は私の従者ギルでございます」

 

 片膝をつき礼をとる私達に立つように伝え、国王陛下はふむと言って笑った。

 

「ディートリヒめ、さては儂を驚かそうとわざと言わなかったな。魔剣グラムの主人が女性だとは」


 私の赤い目をじっと見つめて、国王は感心したようにふっと息を吐く。

 

「まだ若いが肝も据わっておるようだ。なあ、ヴィクトール」

 

 国王はそう言って自分の隣に立つ青年に同意を求めた。

 そうですね、と頷いているあれは王太子かしら。確かそんな名前だった気がする。王と同じ茶髪でどことなく王とよく似た美男子だ。

 見たところ周りにも何人か護衛らしき人はいるけれど、王族はこの二人だけみたいね。第二王子はいないようだ。ちょっと肩透かしを食らって私はがっかりした。

 

「辺境騎士団の隊長だと聞いていたが、本当か?」

「はい。昨年、辺境伯より任ぜられました」

「その腰にいているのが魔剣か?」

「そうです」

 

 私は鞘ごと腰から剣を引き抜く。

 

「これがラウリッツ領に伝わる魔剣グラムでございます」

「剣に認められた者でなくば触ることも許されぬ神の剣と聞くが、これがそうか」

 

 私のかかげる剣を見て、数人がため息を吐く。その顔を見回して視線で了解を得た私は、剣を鞘から抜いた。白銀の刀身がキラリと輝く。

 

「鋼より硬い竜の鱗を斬り裂くと言われる伝説の魔剣か……。触れられぬのが残念だ。しかし、本当に美しいな」

 

 しばらく興味深そうに眺めていた国王は、満足したのか私に剣をしまうように言った。

 

「女の身でシュゼーレ王国と戦い見事に打ち破ったそうだな。『悪魔』と呼ばれるその剣技を直に見てみたいものだ。どうだ、王国の騎士団の者と手合わせして見せてはくれぬか?」

「お望みならばいつでも」

 

 私が怯むことなく答えると、国王陛下は目を細めて顎を撫でた。何となく楽しそうだ。小娘が自信たっぷりに返事をするのが面白いのだろう。生意気かなと思ったけれど、どうやら気に入ってくれたみたいだ。

 

「ところでそなたは何歳いくつだ?」

二十歳はたちでございます」

「クリムヒルト嬢と同い年か……ディートリヒには令嬢も共に来させるようにと言っておいたのだが、ヒルデ、辺境伯の令嬢はどうしたのだ」

 

 私はそれ来たとばかりに大袈裟に頭を振って残念そうに言う。

 

「申し訳ありません。クリムヒルト嬢は体調が悪く伏せっておりまして、今は領から王都までの長旅に耐えうる状態ではありません。陛下の命にそむくことになり苦しく思いますが、どうかご容赦くださりたいと辺境伯から謝罪の言葉を伝えるよう申しつかっております」

 

 私がついた白々しい嘘に、国王は疑う様子もなくふむふむと頷いた。

 

「何と……病気とは気の毒に。まあ良い。今回は卿の騎士叙任が目的だからな。彼女は病が癒えてから改めて呼ぶことにしよう」

「ご厚情に感謝いたします」

 

 私はうつむいたままニヤリと笑った。ふふ、ちょろいわね。

 

「残念です、陛下。私は陛下がわざわざジークフリートの為に選んだという令嬢にお会いしたかったのですが」

 

 なぬ?

 残念そうにそう言ったのは王太子だ。

 

「聞けば、クリムヒルト嬢は癒しの魔力を持つとのこと。なのに伏せっておられるとは治癒魔法も効かない重い病気か、それとももともと病弱な方なのでしょうか」

 

 言われるかもとは思っていたけれど、なんか嫌味っぽくて棘のある言い方だわね。

 私は王太子をちろりと上目遣いで見てみた。

 どうもこの人、クリムヒルトわたしが王子妃に選ばれるのが不満みたいだ。弟の妃候補がそんなに気になるんだろうか。辺境伯が弟王子の後ろ盾になったとしても、王太子にとって大して脅威になるようなものではないと思うのだけど。


「ラウリッツ領には魔物が多く、治療にあたる治癒師の魔力切れはよくある事なのです。無理をすると命取りですので、どうかご理解いただきたい」

 

 私がそう言うと、彼はぐっと言葉に詰まったようだった。王国騎士団にも治癒魔法の使い手がいるのだから、その辺はよく知っているはず。

 しかしまだなんだか不満そうだ。

 私が小首を傾げていると、国王陛下が苦笑する。

 

「気を悪くしてくれるな。ヴィクトールは弟王子と仲が良いので、王子妃となる令嬢が気になって仕方ないのだ。しかし、ヒルデ、そうやって庇うところを見るとそなたは令嬢とかなり親しいようだな」

「……はい」

 

 う、ついムキになってしまったけど、まずかったかしら。

 婚約を断わるなら身体が弱いってことにしていた方が良かったかも。

 

「明後日はジークフリートも叙任式に立ち会う。ぜひ、王子に令嬢の事を教えてやってもらえるとありがたい」

「かしこまりました」

 

 さて、王子がどんな男なのかよーく観察してやろうじゃないの。

 戦いの第一手はまず敵を知ることなのだ。

 そして、令嬢は妃になる気はないと伝えてやろう。


 私は胸に手を当てて一礼しながら、明後日の対面に向けて戦いにゆく時のような高揚感を感じていた。

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