第5話 売られた喧嘩は買いましょう

 二日後の叙任式は朝から大勢の列席者に囲まれた中で行われた。

 

 辺境騎士団の制服に金の飾り紐のついた黒のマントを肩にかけた私は、我ながら凛々しい女性士官だ。長い黒髪は頭の後ろでまとめ上げ、金の髪留めで留めている。軍靴をカツカツと鳴らして歩くと、両脇で見守る人々がすうっと黙り静かになった。

 

 広間の中央を進む私を見て、貴族達が目を見開いている。

 

「この女性が本当に例の悪魔なのか?」

 

 ざわざわと小声で話しているのが聞こえてくる。

 ま、さもありなん。国王陛下と同じく、叙任式の主役であるラウリッツ辺境騎士団の隊長がまさか女だとは思っていなかったのだろう。

 私はことさら見せつけるようにマントをひるがえして、堂々と国王の待つ壇上に向かって歩いた。

 

 今日は王の左側にヴィクトール王太子、それから右側には先日はいなかった黒髪の青年の姿がある。

 あの人がジークフリート王子?

 

 初めて見る第二王子は、私を見ても眉一つ動かすことなくただ静かに立っている。

 国王と王太子を見た後だったから、そうヘンテコな顔ではないだろうとは思っていたけれど、意外や意外、これはなかなかの美形ではないの。


 男の癖にやたら綺麗な髪は黒曜石の様にツヤツヤで、彫刻の様に透き通った肌に通った鼻梁、黒々とした睫毛に縁取られた蒼玉サファイヤの瞳が印象的だ。

 女性よりも美しい造作なのに決して女性的な訳ではなく、軍服の上からもうかがえる鍛えられた体躯はしなやかな黒豹を思わせた。


 騎士団の総帥らしく軍の正装に白いマントを身につけている姿は、まさに本に出てくる女の子達の憧れの王子様そのものだ。

 

(容姿に問題はないわね)

 

 問題があるどころか、年頃の令嬢達がこぞって群がりそうな感じなんだけど。こっそりと周りを観察してみると、案の定、参列客の女性達はみんなぽーっと頬を上気させて彼を見ている。


(だとしたら問題は性格?)

 

 しかし、根性が曲がっているような雰囲気でもないけどなあ。

 長年、男の集団の中でまれてきた私は、外見にその人の性格が結構出ることを知っていた。

 王子の姿勢のよさと鍛えられた体付きは厳しい訓練をしている証拠だし、顔つきには真面目さがにじんで見える。

 おおよそ欠点らしきものは見えない。

 

(うーん、これは妃になれない身分の低い恋人でもいるのかしら?)

 

 それで縁談から逃げていたとか。だとしたら気の毒に、と思いつつ私は彼等の前まで進み、しきたりどおりに膝をついて頭を下げた。

 

「ラウリッツ辺境騎士団隊長ヒルデ・ブランド、そなたをシュゼーレ王国の侵攻を防いだ功績により王国騎士に叙任する」

 

 朗々とした宣言とともに、うつむく私の肩に国王陛下が剣を置く。ひんやりと冷たく硬い感触がして、私はうやうやしく答えた。

 

「拝命いたします」

 

 騎士位は一代のみの名誉爵位。

 それでも各領の抱える騎士団でそう呼ばれる騎士は、領主に任ぜられるとはいえただ馬に乗る兵士の事と考えれば、爵位として認められた王国騎士位は非常に名誉なものだ。

 

「この国と我等の為に尽力してくれるよう願う」

「命にかけて誓います」

 

 遠い辺境の地からね、と心の中で呟きながら私はしれっと答えた。

 領地を守ることは即ち国を守ること。嘘はついてないわ。

 お父様もありがたくいただいておけって言ってたし、くれるものは貰っておこう。

 

 形ばかりの従属の誓いがすんで顔を上げた時、ふと国王の隣の黒髪の王子と目が合った。

 そして彼の視線が私の腰の魔剣へと移る。

 

「……?」

 

 目の錯覚だろうか。

 一瞬、王子の頬が銀色に光を弾いたように見えた。

 でも、瞬きするとその光は消え、王子も何事もなかったように目をそらす。

 なんとなく落ち着かなくて魔剣の柄を抑えた時、私はそれがほんのりと熱を持ち微かに光っているのに気付いた。

 

(グラム……?)

 

 

 

     *********

     

 

 

 式を無事に終えて、私は別室で待機していたギルと一緒に王宮の廊下を歩いていた。

 王の近衛騎士が先に立って案内してくれている。

 

「どちらへ行かれるのです?」

「ん、せっかくだから王国騎士団を見せてもらうことにしたの」

 

 正騎士の証として渡されたロイエン王国の紋章である竜をかたどった勲章を胸に付ける時、私は国王にお願いして騎士団の内部を見せてもらうことにしたのだ。


 本来、王国騎士団に入るには士官学校に三年ほど通い、実技と学科の試験に合格して初めて騎士を名乗ることができる。この士官学校はかなりの難関だ。

 まあ軍人になる為の学校なのだから甘ったれた坊々ぼんぼんはそもそも来ないだろうが、王立士官学校に入学するのは成人前の貴族の子弟が多い。

 

 王国騎士団には主に白兵戦を得意とする紅炎騎士団と、魔術を得意とする蒼氷騎士団の二つがある。もう一つ、諜報機関として黒霧という軍があると言われているが、これは職務柄特殊なルートでしか入隊出来ない。

 地方から王都の士官学校に集められた生徒達は、将来紅蒼どちらかの王国騎士団に入隊するか、もしくは自領の軍の指揮官として活躍することが約束されていた。


 学校では、戦術学・兵器学・地理学・築城学・衛生学・算術・外国語等の座学の他、剣術・槍術・弓術・体術・馬術、そして魔術の訓練も行われる。

 魔術訓練は主に魔道具を用いて魔法を使う訓練だが、稀に強い魔力を持ち自身の力で魔法を使える魔術師もいた。そういう者は卒業後特別な試験を経て、優先的に蒼氷騎士団に配属されている。


 実を言うと私がめんどくさがりながらも叙任式を受けたのは、この蒼氷騎士団を一度見てみたかったのもある。

 ラウリッツ領では魔道具を使える騎士は数名いたけれど、本当の魔術師と呼べる人がいなかったのだ。

 ここには様々な魔術を使って戦う騎士達がそろっている。これは国中から才能ある者が集まる王都ならではのもの。

 魔術騎士団とも呼ばれる蒼氷騎士団の騎士達を間近で見てみたい。

 あわよくば戦い方を学びたい。

 それが王都に来た、もう一つの目的だったりする。



  

「お連れしました」

「入れ」

 

 中から声がして案内役の騎士は扉を開き、私達に入るよう促して下がった。

 

 ここは騎士団の執務室だろうか。開かれた扉の向こうには、ジークフリート王子と別の二人の騎士が立って私達を出迎えてくれた。


「ようこそ、でいいだろうか。ヒルデ・ブランド隊長と……」

「私の部下でギルと申します、殿下」

 

 ギルが胸に手を当てぺこりとお辞儀する。

 

「俺の事は知っているだろうから自己紹介ははぶく。こちらの二人は紅炎騎士団の団長ヴォルフガンクと、蒼氷騎士団の団長ベルンハルトだ」

 

 紅炎騎士団のヴォルフガンク団長は、頬に大きな切り傷のある赤毛の大男だった。もう一人のアッシュブロンドの髪の、騎士というより貴公子のような風情の人物が蒼氷騎士団のベルンハルト団長ね。

 

 真ん中の机に座る王子がじっと私達を見つめている。

 

「陛下から騎士団を案内するようにと言われたが、貴殿は何が見たい?」

「出来れば騎士団の訓練を見せていただきたいです」

「訓練?」

「はい。辺境騎士団の訓練の今後の参考に」

 

 私がそう答えると、ヴォルフガンク団長がぴゅうと口笛を吹いた。

 

「女のくせに真面目だな。しかし本当に隊長か?」

「ヴォルフ、失礼ですよ」

「いや、こんな可愛い姉ちゃんと、これまた人形みたいに綺麗な兄ちゃんの二人連れだろう?ラウリッツ辺境騎士団はどこよりも勇猛な兵士の集まりだと聞いていたんだが、どうにも信じられなくてなあ」

 

 ふーん……、紅炎騎士団の団長様は頭が固そうね。

 

「魔剣っていうのがその剣か?選ばれた人間にしか抜けない神様の剣っていうのが本当にあるのか?信じられんな」

「やめなさいと言っているのに」

「ヴォルフ、黙れ」

「殿下、我等は実際に見たものしか信じない。こんな華奢な女に王国騎士を名乗らせるのは、いくら陛下が許しても俺は納得がいかないですな」

 

 しかめっ面をしている王子に私は笑って見せた。

 

「見た目で侮ると痛い目を見ますよ」

「なんだと?」

 

 ヴォルフガンク団長の眉がぐっと吊り上がる。

 

「ジークフリート殿下、訓練は実地で参加させてもらうことにします。構いませんね?」

 

 久しぶりに楽しく遊べそうだわ。

 ギルがつんつんと袖を引っ張るけど、売られた喧嘩はきっちりケリをつけるのがラウリッツのやり方だ。

 重騎兵をまとめ上げる団長の腕前、とくと見せてもらうわよ!

 

 静かに怒る私の背後で、ギルが『またか』と呟き大きなため息をついた。

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