第6話 いざ、勝負!

「うちの訓練の基本は体力訓練、それから実戦形式の白兵戦と騎馬での試合、それ以外に都外への行軍も行っている」

「都外では具体的には?」

「基本は魔物の探索と討伐だ。戦闘に慣れさせる意味でも魔物の相手は良い経験になる」

 

 そう語りながら意気揚々と歩くヴォルフガンク団長に連れられて向かったのは、王宮の敷地の端にある騎士団の練兵場だった。


 叙任式があったせいか人は少なくて、何人かの兵士達が訓練しているだけのよう。彼等はお互いに木剣で打ち合っていたり、遠くで走っていたりしたけれど、私達の姿を見ると一斉に駆け寄って来た。

 

「団長、殿下も、どうされましたか?」

「休みのところ邪魔する。ちょっとうちの訓練に参加したいという者がいるのだ」

 

 ヴォルフガンク団長が集まってきた騎士達に軽く手を振る。紅炎騎士団の制服であるカーマインレッドの軍服を着た十人ほどの男達は、団長の前に並んで互いに顔を見合わせた。

 

「場所をあけてもらえるか?」

「どうぞ」

 

 みんな現役の騎士なんだろうけど、まだ二十歳くらいに見えるので新人なのかもしれない。団長ほどゴリマッチョではないけど、ムキムキの筋肉が服の上からでもわかる。


 いいわねー、この鍛えられた身体。やっぱ脚の筋肉は大事よね。特にお尻から太ももの裏。みんなズボンがむちっとしてはち切れそう。残念だけど女の私はどれだけ鍛えても、ここまで厚みのある筋肉に育たないのよね。

 

 ジロジロ見てると、こっちをじーっと見てくるギルの視線に気付いた。見過ぎだろうとその目が語っている。ギルは私が筋肉フェチなのを知っているのだ。

 いけないわ。変態性癖がバレてしまう。私はあわてて男達のお尻から目をそらした。



「さて、さっそくだが、俺も近頃退屈していてな。ぜひラウリッツの騎士殿にも訓練に参加してもらえるとありがたい。さあ、ヒルデ殿、何から始める?」

「何からでもお好きなように」


 何でも受けてたってやる。私は上から見下ろしてくるヴォルフガンク団長を、キッと睨んで見上げた。


「ヴォルフ、大人気なくないですか?」

 

 ベルンハルト団長が苦々しげに言う。

 言われた本人は素知らぬふりだ。

 

「殿下、やめるようにご命令ください。どちらが勝とうと無意味な勝負です。私闘けんかは団で禁じているはずです」

「私闘ではない。訓練だ」

「ヒルデ殿もヴォルフの挑発など相手にしてはいけません。陛下がお認めになった、それでいいのですから」

「ベルの言う通りだ。二人とも落ち着け」

 

 ジークフリート王子はそう言うけれど、私はこれでも結構冷静だ。

 軍隊ではどっちが勝つかで全てが決まる。

 単純明快、強さは正義だ。

 

「ラウリッツでもよくありましたけど、一度戦えば互いの力量はわかるものです。辺境騎士団の名誉の為にも、私がお飾りの隊長ではない事を証明します」

 

 私の返事に王子は隣で黙っているギルを見遣る。ギルは首を横に振って止められない事を王子に伝えた。

 

「なんだか、ヴォルフの親戚みたいだな」

「感心している場合ではありませんよ、殿下」

 

 渋い顔のベルンハルト団長に言われ、むむむと腕を組んで唸った王子はしばらく何やら考えると、闘争心丸出しの私達に向かってニヤリと笑った。

 

「よし分かった。何をするかは俺が決める。二人とも頑張れよ」

 

 頑張れと言われて私と団長が初めにする事になったのは、ただの懸垂だった。平和的で気が抜けちゃうわ。

 ついでにその場にいた騎士達も一緒に参加することになった。


 まあ、私と団長を直接戦わさないようにという王子の配慮だろうな。




 体力訓練ってたいてい単純なもので、その一つの懸垂は身長より高く設置された鉄棒に飛びつき、ひたすら背中と腕の筋力で身体を持ち上げるだけだ。


 ヴォルフガンク団長は上着を脱いで腕まくりしている。ぶっとい腕は私の太ももくらいありそうだ。私がその腕に見とれているのに気がつくと、彼は優越感に浸るようにふふんと笑った。ふん、ヒョロくて悪かったわね。

 

 いざ、勝負だ。見ていろよ。

 


「はじめ!」

 

 王子の掛け声と共に鉄棒に飛びつく。

 単純な運動とはいえ、全体重が腕にかかるのでかなりきつい。えっちらおっちら無言で懸垂していると、百回を過ぎた辺りで私の隣の人が落っこちた。

 そこからぱらぱらと限界を超えた者から落ちていく。

 二百を超えるともう私と団長の一騎打ちだ。


 実のところ私は昔から身軽さが売りで、こういうのは得意だ。ラウリッツ領でも懸垂は騎士達が休み時間にちょこちょこやっていて、私もよく一緒にしている。

 でもさすがに団長は強い。いつもより長いから手が痛いな。マメが出来てる気がする。いい加減終わらないかしら。


「くそっ!」

 

 そう考えていると隣から悔しげな声がして、最後まで残っていた団長も落っこちた。よしよし。

 

「く〜っ」

 

 地面に突っ伏して悔しがっている団長を見ながら、私はぐりんと鉄棒を回って上に座った。懸垂で私に勝てる騎士はラウリッツにもいないんだよね。団長は結構もった方かしら。

 私はすとんと鉄棒を降りてぺんぺんと手をはたく。こっそり掛けた治癒魔法で、両手に出来ていたマメも一瞬で消えた。振り返ると、周りで座り込んでいた騎士達が口を開けてポカンとしている。

 

「体力お化けだな」

 

 王子とベルンハルト団長もまさか私が勝つとは思っていなかったようで、目を丸くして感心している。

 

「戦場では体力が勝負ですから。三日は寝なくても戦えます」

 

 いい感じにパンプアップした腕をさすりながら私は答えた。

 私は疲れたら治癒魔法が自分の身体へ無意識に発せられる自動回復機能付きなもので、魔力が尽きない限り延々と体力が回復する。ちょっとズルいが、懸垂くらいやろうと思えば何時間でも続けられるのだ。

 

「くそう!殿下、次をお願いします」

「え、ヴォルフ、まだやるのか?」

「もちろん!」

 

 がうがうと食いつくヴォルフガンク団長を面倒そうに見ながら、王子はそれではと種目を挙げていった。

 弓で的を射抜く、手綱なしで馬を乗りこなす等々。私は勝ちすぎると厄介かなと思いつつ、手を抜くのも失礼だろうとこてんぱんにしてやった。

 ベルンハルト団長とギルは、騎士達の用意した椅子に腰掛けてのんびりと観客を決め込んでいる。

 

 

「クアッ、脚がつった!」

 

 最後の持久走で団長は足を押さえて転がった。


「こんな小娘に俺が負けるなど……」

 

 なんか負け犬が小さな声でぶつぶつ言っているわ。

 

 団長が負けたのが相当珍しいのだろう、王子はずっと楽しそうに見ていたのだけれど、にこやかに私に賞賛を贈った。


「さすがラウリッツだな」

「日頃の訓練が大事ですから」

 

 うちの騎士団は田舎だけに筋肉バカばっかりだから、こういう勝負もたまに楽しんでやっているけど、これまで誰も私に勝てた奴はいない。

 

「我々も見習わなければな」

「……ありえん……これが悪魔か」

 

 苦笑する王子の向こうで地面に突っ伏していた団長が何か言っていたが、私にはあんまり聞こえなかった。

 ふふふ、ざまあみろ。



「殿下、最後に……、最後に剣の勝負をさせて下さい!」

 

 脚を引きずりながら団長が王子に懇願している。

 

「お前、その足ではもう無理だろう」

「このままでは俺のせいで王国騎士団のメンツが潰れる」

「そんなもの気にするな」

「あの化け物娘をぎゃふんと言わせねば騎士団の名が折れます。陛下にも顔向け出来ません!」

「よその騎士団の隊長を化け物娘呼ばわりするなよ」

「ですが、殿下」

「しつこいな」

 

 あきれ顔の王子は、足元に泣きついてくる部下の頭を押さえながら仕方なく頷いた。

 

「あー、わかった、わかった。剣の勝負だな。しかし、次はお前ではなく俺が相手をしよう」

 

 それでいいだろう? と王子は私に同意を求めた。

 え、いいの?

 私の剣は魔剣よ?

 

 ちょっと、王子が負けたらそれこそ騎士団のメンツがヤバくない?

 これ、勝ったらいけないやつでしょ!

 すんごいめんどい〜。

 

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