第7話 イケメン王子の秘密

 剣での試合と聞いて、私は腰のソードベルトから剣を外した。

 

「殿下、木剣を用意してください」

「真剣ではダメか? その魔剣でどのように戦うのか見てみたいんだが」

 

 なんでだろう、男の人って神剣とか魔剣とか大好きよね。男心をそそるらしいんだけど、みんな触りたがるの。

 ジークフリート王子も同じみたいで、じーっと魔剣グラムを見つめて興味津々だ。

 

 そんな目で見ても、イヤですってば。

 私は剣を抱えて、フルフルと頭を振る。

 

魔剣グラムは主人の意識を奪う事があるのです。試合には不向きな武器なので」

 

 この剣は敵から主人を護るだけでなく、血に酔い貪欲に犠牲を求める。ある意味この剣は『魔物』に近く、制御には魔剣グラムの欲求に飲まれないだけの精神力を求められるのだ。つまり、主導権を奪われると勝手に身体を操られる事がある。

 

「仕方ないな。機会があったら見せてくれ」


 私が断ると彼は残念そうに肩をすくめた。

 叙任式ではいかにも高潔な王族らしく見えたけど、なんだかのんきで思っていたのと違うわ、この人。

 わかってんのかしら。真剣で試合して誤って怪我でもさせたら、私、牢屋行きよ?

 まあ、負けない自信があるのかもしれないけれど。

 

 

「ギル、魔剣グラムを預かっていて」

「かしこまりました」

 

 この距離なら私から離れても、魔剣グラムも大人しく預けられていてくれるだろう。

 

「木剣を」


 ヴォルフガンク団長が指示をすると、騎士達が木剣を持ってきた。

 樫の木で出来た木剣は木の割に硬く重い。長いそれを片手で数回振って、その感触を確かめる。

 私のその様子を見ながら、王子は自分の木剣を私に向けて構えた。なんだかすごく楽しそうだ。

 

「さて、ヴォルフの敵討ちだ。女性だからと容赦はしないぞ」

「それはこちらの台詞です」

 

 半身に構えて答える。

 しかし、剣を構えて立つ彼の姿を見て、私は彼に対する印象評価が間違いだった事を知った。

 見た目が優雅で穏やかそうな感じだったので、騎士達の後ろで護られているだけの長官なのかなと思っていたけど、これは違う。


 試合場に立った途端、彼はガラリと身にまとう空気を変えていた。

 この王子……だいぶん死線をくぐってきている。死と隣り合わせの戦場を何度も経験している人の余裕と気迫だ。

 

(お飾りの総帥トップではないってことね)

 

 手加減出来る相手ではない。これはきっとお兄様よりも腕は上。

 私は木剣を構えなおした。

 

 

 

「いくぞ!」

 

 掛け声とともに王子が走った。

 一瞬で目の前に剣が迫る。瞬きすらする間も与えない攻撃は、さすがというべき?

 そして凄いパワーだ。彼の繰り出す斬撃は、軽い木剣とは信じられないほど重く、岩をも砕きそうな勢いだ。

 正面から受け止めようとして思い直し、私は弾いて大きく後ろへ飛んだ。二度、三度と斬り込む剣を、軽く流しながら避ける。


 

 どうして受けないか?

 幾ら軽い振りでも相手は鍛え抜いた男の腕だ。

 まともに受けると体重の軽い私は吹っ飛んでしまう。


 こういう時には流して突く。

 会心の突きをひらりと避けられて、私の唇に笑みが浮かんだ。

 

———楽しい。

 

 子供の頃、兄と一緒に稽古していた時、自分の動きを読まれて負けるのが悔しかった。でも、稽古を重ねるたびに、今度は反対に読ませて隙を突くのも上手になった。

 

 右に左に、踊るように地面を蹴って攻撃を仕掛ける。王子はその全てを見切って受けると、反対に私の思う先を突いてくる。

 

(強いわ! 戦い慣れてる)

 

 私の陽動など子供騙しに過ぎないみたいだ。

 そして早い。剣の振りも足のさばきも。

 

 でも、身体は鍛えていても、馬上訓練が多いのかほんの少し癖がある。それに普段使う武器より木剣が軽すぎるのだろう。大振りになり踏み込む足のつま先が微妙にぶれるから、体重が乗り切らず遅れる。

 身体に迫る剣を紙一重でかわしながらそう分析する。

 

 騎兵が基本とする武器はグレイブと呼ばれる長槍。きっと彼の得意とするのはそれだ。

 私の得手に合わせて敢えて槍にしようと言わなかったあたり、カッコいいことするじゃない?

 

 踏み込んでくる相手に合わせて後ろへ飛んで避け、前方に誘い出した相手が引く前に走る。すかさず次に突き込んだ剣は王子の脇腹に届く前に大きく弾かれた。


 ビイーン!


 木剣を持つ右手に痺れが走る。

 平気な左手を柄に添えた途端に相手の薙ぐような横払いが襲ってくる。

 それを軽く剣で受けつつ飛び退って避けると、ステップを踏んで相手の手首を狙う。

 

 バキン!

 

 防御しながら下がった相手の剣の中心に木剣を叩き込む。

 軽々と受けた彼は、跳ね返してのけぞった私の胴の中心に突き込む。私は片手でバク転して、避けざまにその剣を蹴り上げた。

 腕よりも脚の力は何倍も強い。

 さすがに大きく腕を弾かれた王子が後退あとじさる。


「なんて奴だ。本当に女か?」

 

 ヴォルフガンク団長がぐうと唸った。

 ベルンハルト団長も椅子から立ち上がって見ている。


「殿下と戦ってこんなにもった相手はいない」

「なるほど、『赤眼の悪魔』と呼ばれるだけあるな」

 

 二人の声が聞こえてくるけど、王子もさすが王国騎士団の総帥。

 やっぱりお兄様以上だわ。一瞬の隙も与えられない。

 しかも、あれだけの動きをして、まだまだ余裕があるように見える。

 本当に勝てる?

 

 しかし、さらなる攻撃に備えて距離をあけて構えた私に向けて、意外にも王子は木剣を下ろし、『降参』と言って手を挙げた。

 

「木剣ではこれ以上は危ない。ほら」

 

 見れば彼の手の中の剣が欠けてボロボロになっていた。

 私の剣も似たようなものだ。

 最後の打ち合いでまともにぶつかったせいだろう。深く亀裂も入っていた。

 

「引き分けとしてくれないか? さすがにヴォルフも納得しただろう」

 

 殺気が消えたその顔は穏やかだ。


「魔剣に主人と認められるだけはあるな。女性ながら尊敬する」

「ありがとうございます」

 

 私が礼を言うと、ジークフリート王子は人好きのする笑顔で握手した。

 うーん、男前。

 これは団員にも人気ありそうだわ〜。

 いや、嫁にと言われたら王子の背景考えてお断りなのは変わらないけど、この好青年がどうして独身なの?

 

 

 

「ヒルデ様、グラムを」

 

 首を傾げる私にギルが魔剣グラムを差し出す。

 受け取る私の肩越しに王子が覗き込んできた。

 

「俺も魔剣に触れてもいいか?」

「抜く事は出来ませんが、つかを触るだけなら……」

 

 そう言って私が鞘に収まっている魔剣グラムを彼に手渡そうとした時、その異変は起きた。

 

「なに?」

 

 ジークフリート王子の手にほんのわずか触れた瞬間、私の手の中の魔剣グラムがぽうっと仄かに光り熱くなる。

 

「グラム、どうしたの?」

 

 私の手の中で魔剣がふるえている。

 なんだろう。戦場以外でこれまでこんなふうに光ることなんてなかったのに。

 

「王子、お下がりください。グラムの様子が変です」

「ヒルデ卿?」

 

 異変に気付き私に手を差し伸べた彼が、触れるなり痛みを感じたようにウッとうめいた。驚いて王子を見上げ、そのしかめた顔を見て私は立ちすくむ。

 

 叙任式の時のように、彼の頬が白く光っていた。

 白い……これはうろこ

 間近で見えたそれは、蛇のような鱗が頬から首筋に薄く浮かんでいる。

 何、コレ?

 

「キャア!」

 

 よろめいた私の手から魔剣グラムが落ち、はずみで鞘から抜けた。

 私の手から離れた剣が地面に跳ね返り、そばにいた王子に向かって飛ぶ。

 

 ザクッ

 

「ぐっ!」

 

 私の目の前で、魔剣グラムの食い込んだ王子の腕に白い鱗がピシピシと音を立てて生えた。そして、赤い血飛沫をあげてその刃をはじき返す。

 カラリと音を立てて剣が地面に落ちた。でも、まだその刀身は白く光りカタカタと揺れていた。

 

「殿下!」

「グラム!」

 

 慌てて拾い上げたグラムが、私の腕の中で暴れようともがいている。

 必死で押さえる私にギルが駆け寄り、魔剣ごと私を抱き締めた。

 

「大丈夫だ! 下がれ」

 

 ギルの肩越しに地面にうずくまる王子を見下ろすと、叫んだ彼の口の中に尖った犬歯が見えた。犬歯?いいえ、牙よ。

 

「嘘」

 

 異様な変化を遂げつつある彼の目が、私の顔を見る。

 ギルの腕の中で私はうめいた。

 サファイヤの瞳に細く縦に走る瞳孔。

 それは人間の目じゃなかった。


 膝をついたままの王子の肩に、ベルンハルト団長がマントをバサリとかけ、起こそうと手をかす。

 

「殿下、まず医務室へ」

「ああ」

 

 グラムに斬られた腕を押さえ、王子は部下に誘われて顔を上げる。

 立ち上がった彼の瞳は、元通り人のものに戻っていた。

 

「何なの……」

 

 今見たものは一体……。

 

 彼等は無言で私達も来るようにと目配せして歩き始めた。

 

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