第8話 王子様は竜でした
ジークフリート王子達に連れられてきたのは医務室と言っていたけど、ここはきっと蒼氷騎士団の本部の一室だ。なぜわかるかというと、外の廊下を深いネイビーブルーの騎士服を着た人がたくさんうろうろしているからだ。
ベルンハルト団長が歩いていた騎士の一人に声を掛けると、間もなく一人の団員が急いだ様子で部屋に入って来た。
「殿下、お怪我をされたとか」
「ああ、すまない。頼む」
「承知しました」
ベッドがいくつか並んだ部屋の窓際に、医療用具の入ったキャビネットと診察台と机が置かれている。
机の横の椅子に座る王子の前にひざまずき、彼は小さく呪文を口にした。すると手に青い光が灯り、『失礼します』と言って王子の腕にその手を押し当てる。
(治癒魔法の一種ね)
蒼氷騎士団は魔力を持つ騎士達の集団だ。治癒魔法の得意な騎士も多いと聞く。
私は他人の治癒魔法は初めて見るので、物珍しくてじっくりと見ていた。へえ、呪文ってこんなのね。結構時間かかるなあ。
しばらくして、光が消え彼の手が離れると、王子の腕の傷は薄い線を残すだけになっていた。
「助かる」
「いえ」
治療を終えると騎士は一礼して部屋を出て行った。
気がつけば、窓の外は夕暮れの赤に染まっている。私達は結構長く練兵場にいたみたいだ。
「殿下、申し訳ありません」
私はジークフリート王子に向けて深々と頭を下げた。
ここは謝っておくに限る。王子を傷付けたのは私の剣だ。普通に考えて牢屋行きもありうる。ラウリッツが処罰されるような事にならないよう、故意ではない事を強調しておかないと。
「まったく、魔剣の主人のくせにコントロールできないとは」
「返す言葉もございません」
ヴォルフガンク団長にぶつぶつ文句を言われるけれど、ここは反論すべきではない。
でも、なぜグラムが暴走したんだろう。
これまでどんな魔物が相手の時でも、私の手を離れてまで動くことはなかったのに。
そして、あの王子の変貌は?
「卿に責任はない。俺が魔剣の事を甘く考えていたせいだ。きっとグラムは俺に反応したんだろう」
ジークフリート王子は団長にそう言いながら苦笑いを浮かべた。
王子に反応したというのは確かだけど、一体どういう事?
黙って見つめていると、ジークフリート王子は『見られたからな』と呟き立ち上がった。
「もうすぐ日が落ちる。俺の部屋に行こう」
それから宮殿の棟を移動して案内されたのは、中央宮殿から西に位置する第二王子の宮だった。
その一室、王子の執務室であろう豪華な部屋に通され、私は向かい合ってソファーに座らされる。二人の団長は王子の左右に立ったままだ。
わざわざ部屋まで連れてきて、どういう話をするんだろうか。
「確か、魔剣グラムは魔竜を倒す為に暁の神によって与えられた剣だったな」
ジークフリート王子の質問に私は頷く。
「そうと言い伝えられています」
「竜に対して特に攻撃的になるものなのか?」
「それは、これまで実際に竜と出会ったことがありませんのでわからないのですが……」
私は隣に立っているギルを見上げた。
ギルが代わりに答える。
「竜はもともと数が少ない上に、本来は神に仕える神獣です。その昔、呪いによって神獣達が魔獣に堕とされた時代に、狂った竜を抑える為に
「竜が接してくることはない……か」
ジークフリート王子はふむと言って窓の外を見た。
何があるんだろう?
私もつられて見てみたが、窓の外には大きな満月がゆっくり空に出てきているのが見えるだけだ。
「もうすぐだな……、他言はしないと約束しろ」
静かな声で王子はそう言った。
「?」
首を傾げる私の前で、王子は破れた上着を脱ぎはじめた。と、思うとさらにシャツの首元のボタンを外し、その下の引き締まった身体が少し見える。
ちょっ、ちょっと、一体何?
何で服を脱ぎ始めるの。
私、一応女性なんですけど!
私は慌てて両手で目をおおった。
でも指の隙間から王子の大胸筋はしっかり拝む。いや、なかなか張りがあって綺麗よ。肩と胸の厚みもちょうど良くて、やっぱり身体のバランスって大事よね。
いやいや、そんなこと考えてる場合じゃないわ。
王子はふうと息を吐いて話を続ける。
「五年前、王家主催の狩猟祭において、その人間に接して来るはずのない竜が会場の森に現れた。そしてその竜は王太子に向かって襲いかかったのだ」
「竜が?」
「駆けつけた俺は王太子殿下を守り、すぐに竜に斬りつけ追い払うことが出来た。しかし……」
そこまで言って、ジークフリート王子はクッと胸元を押さえてうつむく。王子が苦しそうにしているのに、二人の団長は黙ったまま見ている。
「殿下?団長方、王子はどこかお悪いのではないのですか?」
なぜ助けないの?
焦って駆け寄る私に、ベルンハルト団長が見ているようにと手を挙げて制する。
王子は苦しげに床に丸くなった。
ちょっと! 本当に大丈夫なの?
すると、目の前で王子の輪郭がゆらゆらとゆらめいた。
横顔に見覚えのある銀の鱗がピシピシと肌を覆い始め、それが全身へと広がる。それとともに身体がなんとなく縮んで変形していっているようだ。
王子が何かに変化していっている。
異常な光景はほんの数秒だったのかもしれない。でも、私にはとても長い時間に思えた。
そして、かつて王子であった何かがそこに現れるのを確認した私は、思わず両手を胸の前に当ててふわあっと声にならない叫びをあげた。
「本物の竜!」
王子がいたはずのそこには、散らかった服とまるでぬいぐるみのような白い子竜がちょこんと座っていた。
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