第20話 そして再び王都で……

 帰郷後、王子の伝言と婚約はなくなったと父ディートリヒに伝えてから約四ヶ月、私は普段通りの生活に戻っていた。

 たまに王都から手紙が来て、陛下が私の具合はそろそろどうかと言ってきていたが、その度に怪我だ病気だとはぐらかしている。

 そのうちジークフリート王子が彼女を連れて行って、婚約は白紙に戻すよう陛下を説得するだろう。

 

 私が部屋で魔剣グラムを鞘から出して磨いていると、お父様が右手に手紙のようなものを握りしめて駆け込んできた。

 

「クリムヒルト、お前、王都で何をやったんだ!」

「はい? いきなりなんですか」

「陛下が婚約式を行うのでお前を連れて来いとおっしゃられている。ジークフリート殿下からもドレス一式を贈って来られているぞ!」

「なんですって?」

 

 慌ててお父様の手から奪い取った手紙には、確かに二週間後の王宮の宴の招待状が添えられていた。

 

「どういうこと? まさか王子、好きな子に玉砕したの?」

「そんなくだらん理由の訳あるか。神獣を従えるラウリッツ騎士団を持つ我が領は、どうしても無視できないとのことだ。お前、王都でギルを使ったのだろう! この婚約は前よりも政治的な意味合いが濃い。到底断れんぞ、どうする」

 

 それか! まさかギルに目をつけられるとは思わなかった。確かに王国騎士団が束になってかかっても敵わないような神獣を持っているラウリッツは、王家にとっても脅威だ。人質代わりに娘を嫁がせろと言ってきたわけね。

 私は頭を抱えたけれど、今更後悔しても遅い。


 そして急遽強引に王宮に招かれた私は、婚約発表の会場となる宴で、辺境伯令嬢のクリムヒルトとして王子と再会したのだった。

 

 

 

    *********

 

 

 

「俺から逃げられると思うなよ?」

 

 別れた時と変わらずイケメンぶりを見せつけながら宴の会場に現れた彼は、私の手を握ったまま不敵な笑みを見せる。

 

「殿下、なぜ私がヒルデだと?」

 

 私の背中を冷や汗が滝のように流れ落ちた。

 

「お前達がいなくなった後、ローザリンデが士官学校の学生をよく呼び出していると聞いてな。気になって調べてみると、ラウリッツ辺境伯の子息のアレクシスだったのだ。それで姉の事を彼に聞こうと俺も呼び出して色々話をしていたのだが、どうも内容がおかしい」

「おかしい?」

「アレクシスが言うには、姉は魔物退治が趣味のたいそうなお転婆姫で有名だと。絶対に王子妃にはしないほうが賢明だと言われた。それでヒルデの事を聞くと、冷静沈着で有能無口な騎士隊長だと言う。なんだか俺の印象とはだいぶんかけ離れていたのだ。まるでヒルデとギル殿のようではないか」

 

 くそうっ、そこか! アレクと話を合わせておくんだったわ。

 私はギリっと奥歯を噛んだ。


「それでローザリンデを問いつめたら、お前の正体を吐いた」

「そ、それで、ど、どうすると?」

 

 焦ってどもりまくる私の耳元に唇を寄せ、王子は小声で言う。

 

「心配せずともこれまで俺を騙していたことは不問にしよう。そのかわり……」

 

 そう言って、王子は私の腰に手を回し、ぐいっと引き寄せると私を腕の中に抱きしめた。


「俺との婚約を受け入れろ」

 

 

 蒼玉サファイヤの瞳がやけに色っぽく見えるのは気のせい?

 ギルのおかげで美形は見慣れているけれど、こんなに近くで見たらやっぱり王子は魔性だわ。思わず『はい』って言いそうになるじゃない!


 しかし、ここは冷静にいかなければ。

 

「殿下、好きな女性ひとがいるって言っていたじゃないですか! 私との婚約は断るって。彼女は一体どうなったんです」

「ヒルデがクリムヒルトだった時点で全て解決した」

 

 は? なんのこっちゃ。

 混乱していると、王子はほんのり顔を赤くして、そういう事だと言う。

 

 そういう事? そういう事ってどういう事?

 

 何が『そういうこと』なのやらさっぱりわからないけど、王子はどうやら彼女に振られたみたいだ。さては竜では嫌だと言われたのかしら?

 まあ、そうかもしれない。ロマンチックに夜のデートがしたくても、子竜が相手では話にならないものね。接吻キスの一つもできやしない。


 事情を全部知っている私なら、気兼ねなく婚約できるというわけか。

 


「ヒルデ、なぜそんな憐れむような目で俺を見る?」

「そうですね……、殿下をだましていたお詫びです。呪いが解けるまで婚約者でいてさしあげます」

 

 私が腰にまわされていた王子の腕をそっとほどいて、ぽんぽんと王子の肩をたたくと、彼は怪訝そうな顔で私を見た。

 

「さっきの俺の話を聞いていたか? どうしてそうなる」

「はい、だから竜のままでは誰とも結婚できませんし、いつまでも独身では体面上良くありませんよね。国王陛下からも神獣ギルを手の中に置いておくために、私と婚約しろっていわれたんでしょう?」

「体面? おい、誰がいつそんな話を」

「わかっています。必ずラグナルを捕らえますから、呪いが解けたらちゃんと陛下を説得して婚約破棄してくださいね。夜会にも出られるよう解毒魔法もかけてさしあげますから、お嫁さんにふさわしい可愛い令嬢を探しておいてくださいよ」

 

 私がそう言うと、ジークフリート王子は絶句して、そして周囲も気にせず大声で叫んだ。

 

「お前、全然わかってないじゃないか!」

 

 

 わかってますって。それで王子達を騙していた罪がチャラになるなら安いものよ。

 周囲の招待客達が何事かと私達を見ている。私だけが王子と話しているとあんまりよくないわよね。みんなも王子と話がしたくて待っているだろう。


 

「おい、待て!」

 

 王子が背後から叫んでいたけど、私はさっさと宴の会場の端に用意されている飲み物を取りに行った。

 だって焦りすぎて喉乾いちゃったんだもの。

 そこでシャンパングラスを持って待っていたギルが、私にグラスを渡しながら変な顔をしている。

 

「どうしたの、ギル」

「いえ……、王子が気の毒すぎて」

「何でよ。期間限定でもちゃんと婚約者の役目は果たしてあげるわよ」

「変なところで世話焼きなんですから。クリムヒルト様、どうせ婚約を受けるなら、王子に素直に好きだと言ってさしあげればよいのに」

「んなっ! 何言ってんのよ、アンタ」


 私の反論にギルは知りませんからね、と言って行ってしまった。

 なんなの? あいつ。ヤキモチかしら。

 私は身体の中の魔剣グラムにどう思う? と尋ねると、頭の中に魔剣グラムのうきうきした感情が響いてきた。なんで楽しんでるの、この

 

 まあ、ジークフリート王子のことは嫌いじゃないし、ぷにぷにの子竜とまた遊べると思えば、偽の婚約者も悪くはない。

 妃教育も社交界も、期間限定と思えば耐えられるだろう。……たぶん。

 いや、牢屋に入る事を思えば、まあ耐えて見せよう。

 ローザリンデ王女もいるから、どうにかなると思いたい。

 アレクシスもいるけど、あいつは後で吊し上げてやる。

 色々不安はあるけど、きっとどうにかなるわ。


 

 そして国王陛下によって、この日、私とジークフリート王子の婚約は正式に発表されたのだった。

 




   〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ここまで読んでいただきありがとうございます。ヒルデとジークのラブコメディ、ちゃんとラブコメになっているでしょうか(汗)

ここで一旦この物語は完結いたします。

コンテスト終了後、第二章の連載を再開しますので、どうか忘れずにお待ちいただけたら嬉しいです。

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辺境伯令嬢は王子の婚約者になりたくない  藤夜 @fujiyoru

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