第18話 ラグナルとの対決

 倒れた竜に向かってとどめを刺そうと、魔剣グラムが私の手をひく。

 しかし、行こうとする私の身体を、ギルはくちばしで引っ張って止めた。

 

「どうして止めるの? ギル」

『頼まれているのです。救うようにと』

「竜を? あれを倒せば王子の呪いは解けるんでしょう?」

『いいえ、あれは竜ではありません。司祭の持つ杖の守護者フレイスベルク、私の眷族です。主人に操られている哀れな鳥。王子と同じように竜に変化へんげさせられているのです』

 

 何ですって?

 

『司祭の持つ杖レーヴァテインはガルザ・ローゲの作った災厄の枝。グラムと同じく主人次第で善にも悪にも転がる面倒な武器です』

 

 私は逃げた司祭を目で探す。

 すると、騎士団が逃げようとしたラグナルを包囲しているのが見えた。ジークフリート王子が彼の正面に立ち追い詰めている。

 

「司祭よ、観念しろ。おまえの手駒は全て使い切ったのだろう」

 

 周囲を固められ逃げ道を塞がれたラグナルは、それでも焦る様子もなく泰然としている。

 

「私を捕らえるとおっしゃるか、王子よ。真に神の使いである私を」

「神の使いが聞いてあきれる。死者を操り国家に反逆するなど、聖職者にあるまじき行為だとは思わないか?」

「それが新たな世界を創る一歩であるなら、恥ずかしいとは思いませんね」


 確固たる信念を持っての行動だとすれば、それはある意味敬意を感じる。

 

 しかし、彼はきっと気付いていない。自分のしたことが、あの厨房のおじさんが言ったように、誰かに世界の終わりもやむなしと思わせるほどの苦しみを与えていたことに。

 

「それはただの独善だ、司祭よ」

 

 王子も低い声でそう告げた。

 

「独善だろうと結果がよければそれで良いのです」

 

 ラグナルはにこりと笑って、手に持った杖を振り上げる。

 ゴウッと音をたてて、猛火が彼を守るように周囲に走った。

 

「まだ抵抗するつもりか!」

 

 叫んだ王子の手から冷気が噴き出る。そして白い氷がジュウジュウと煙をあげながら燃える炎を包み込んだ。

 しかし、炎はさらに勢いを増し、司祭を中心にして渦巻く。

 

「フレイ! 来い!」

 

 ラグナルが倒れた竜に向けてそう叫び、手に持った杖を振る。すると竜はみるみる姿を変え、白い羽が竜を包み込んだ。

 

 よろよろと立ち上がった竜はもう竜ではない。

 フレイスベルク——神のしもべの白い大鷲。

 翼を広げて、鷲はキュウと鳴く。そして傷ついた身体を起こし、鷲は力を振り絞って司祭のもとへと羽ばたいた。

 

 王子達が炎に対峙している隙に、ラグナルは上空から主人のもとに舞い降りた鷲の背にしがみつく。

 

「逃すな!」

 

 蒼氷騎士団が追いすがり、彼等を落とそうと魔法攻撃を続ける。

 紅炎騎士団は弓と槍とで鷲を射落とそうと攻撃した。

 しかし、天空高く舞い上がった鷲は血を流しながらも彼らを振り切り、地上の火事を映して赤く染まる空の向こうへ飛び去っていった。

 

 

「ギル、あんたが止めるから、あいつら逃げたじゃないの」

 

 どうしてくれるのよ。王子の呪いが解けないじゃない。

 文句たらたらで睨みつけた私に、ギルは人型に戻って仕方ないですね、と他人事のように言った。

 

「このまま結婚させられたらどうするのよ」

「嫌なら私が連れて逃げてあげますよ」

 

 誤解を生むようなセリフを吐いて、ギルは珍しく私に向かってにっこり微笑む。

 このやたら綺麗な顔でそんな事を言われたら、普通の女性なら腰くだけになるだろうが、ギルの正体を知っている私には通用しない。

 

「馬鹿言わないで。私は騎士団でいたいの」

「駆け落ちは嫌ですか。ヒルデ様」

「あたりまえでしょ」

「私がこんなに尽くしているのに。傷つきますね」

「冗談言っていないで、火を消してきて」

 

 私が指差す街の方向では、騎士達が飛び散った炎による火事の消火に駆け回っている。

 信者のうちラグナルの毒で操られていた人々が意識を失い地面に倒れ、街の人たちが必死になって火事から助け出そうとしていた。

 

「本当、ひと使いが荒い」

 

 文句を一つ残して、再びギルは鳥に戻って飛び立った。

 

 ピーッと鳴いた赤い大鷲が空を旋回する。

 その羽ばたきとともに冷たい風が舞い、息を吹きかけた蝋燭の火のように炎が吹き消されてゆく。

 瞬く間に火は鎮火し、プスプスと黒い煙が立ち上るだけになった。

 

 

「ヒルデ!」

 

 遠くからジークフリート王子が駆け寄ってくる。

 

「無事でよかった!」

 

 私の前に来るなり、王子は私をガバッと抱き締めた。

 そう来るとは思わなかった私は、あわあわと狼狽える。だって子竜じゃないのよ? さすがにまずいでしょ。


「すまない、俺のために……。捕まって何もされなかったか? 悪事の証拠をつかんで陛下の許可を得るのに五日もかかってしまった。遅くなって悪かった」

「だだだだ、大丈夫ですって。眠らされていただけで、何もされていませんから」

 

 嘘だ。

 毒薬を盛られたけど、説明してると私が治癒師なのがバレてしまう。クリムヒルトに繋がるようなことは出来るだけ避けないと。

 

 そこへヴォルフガンク団長とベルンハルト団長もやってきて、それぞれに私の肩や背中をたたいて無事を喜んでくれた。

 

「いやあ、さすが『赤眼の悪魔』だ。なんだ、あの馬鹿でかい鳥は。なんてものを飼っているんだ、お前は」

「魔剣グラム、竜殺しの剣と言われるだけありますね。ヒルデ殿の強さは別格でした。我々ではあの竜をあそこまで追い込むことはできません」

 

 二人が手放しで誉めてくれるものだから、もう気恥ずかしくていられないわ。

 思わず魔剣グラムを胸に抱き締めると、魔剣グラムの慌てたような声が聞こえた。

 あら、ごめん。鞘がないから私に吸い込まれるところだったわ。危ない危ない。



「殿下、竜を逃してしまってすみません。もう少しで呪いが解けるかもしれなかったのに」

 

 気を取り直してジークフリート王子に謝ると、王子は首を横に振った。

 

「ラグナルを捕らえられなかった俺の責任だ。ヒルデのせいではない。むしろ感謝せねばならない。王室を狙い、民の生命を脅かす邪教の解体に協力してくれたのだから」


 うーん、それは婚約回避のついでというか、たまたま私が狙われたせいでして……。

 

 そこへ空から赤鷲ギルが降りて来た。

 真紅の翼をたたんで、私に鎮火したことを報告する。

 

『ヒルデ様、火は全て消し終わりました』

 

 そう言って、ギルはまた人型に姿を変えた。

 

「ヒルデ……鳥がギル殿に……」

「おや、先程の戦いでご覧になっていたとばかり思っていました」

 

 驚いて固まった三人にむかって、ギルは飄々ひょうひょうとして言う。

 隠しもせずにいるってことは、私に説明しろってことでしょうね。

 

「殿下、こちらのギルの本名はニンギルス、暁の神の従獣で魔剣グラムの守護者です。今はグラムの主人マスターである私を守護しています」

 

 私の紹介に絶句したままの彼等に向けて、ギルは軽く会釈えしゃくをする。

 

人間ひとの王の子と、その側近の方々にあらためてご挨拶します。私は赤鷲ニンギルス。これまで通りギルとお呼びくださって結構です」

 

 その言い方、なんとなく圧を感じるわ〜。

 本当、性格悪いんだから。


 気位の高い神獣達は主人以外には従わない。ギルは自分もそうである事を暗に示したのだ。

 

 横目でちろりとギルを見ると、ギルは唇の端をわずかに上げて私に目配せをした。

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