第17話 竜と戦います
「竜だ!」
屍人と戦っていた騎士達の間に、明らかな動揺が走った。
竜は高位の神獣。鱗は硬く巨体の生み出す破壊力も魔力も、その強さはその辺の魔物など比較にならない。
広場の信者達は悲鳴をあげ、クモの子を散らすように逃げだす。
(これは、まずいわね)
私は
出ておいで————その一言で私の手のひらから切先が現れ、するりと刀身が出てくる。
柄をぎゅっと握った瞬間、声にならない怒声が頭に響いた。持っている手が、すぐにも飛びかかろうとする魔剣に細かくふるえる。
「グラム、待ちなさい。……思い切り暴れさせてあげるから」
そう告げて、私は急いで階下へと走った。
蒼氷騎士団の魔術攻撃が竜を襲う。
幾人もの騎士達の手から放たれた雷撃が、竜の鱗の上を走りバチバチと火花をあげた。
しかし、魔物を焼き尽くす雷も、竜の鱗を焦がすことはできない。首の一振りで放たれた衝撃波に、騎士達は馬ごと吹き飛ぶ。
「フレイ、今回は止めない。全て潰せ!」
そう叫んだラグナルの背後から、塔を駆け降りた私が襲いかかる。
「誰だ!」
(チッ、気付かれた!)
素早く振り向いたラグナルが、魔剣の一閃を杖で止めた。
やっぱりこの杖、ただの杖じゃない!
二太刀目も弾き返して、三太刀目を受け止め、ラグナルは目を見開いて私を見た。
「なぜ、起きている!」
「残念だったわね。私に毒は効かないのよ!」
私から引き離された恨みか、
ラグナルはただの司祭とは思えない動きで攻撃をかわしていくけれど、所詮は軍人ではない。私の次の攻撃で浅く肩を斬られた彼は、杖を振り炎の塊を私に向けて放った。
ボフッ
渦巻く炎は私に届く前に、間に飛び込んできた赤い髪の青年が受け止める。彼の挙げた手のひらに触れた瞬間、炎は黒い煙となって消えうせた。
「ギル、遅い!」
その隙に、ラグナルは人混みの方へ駆け去っていた。敵を見失い、
「ヒルデ様……、あいつに近づくなと言いましたよね?」
「文句はあと! ギル、あんた屍人と生きてる人間の区別つくでしょ。さっさと全部片付けて私を手伝いなさい! 竜を倒すわよ」
私の指示に、ギルはギロリと広場の方へ向く。
「全部ですね」
そう言って彼は、騎士団と揉み合う屍人の群をじっと見つめた。
その次の瞬間、
ボウッ
騎士達と戦っていた屍人達が一斉に天に向かって火を噴いた。
教団に操られた死者達を炎が飲み込む。メラメラと火柱をあげながら、屍人達は次々と地面に崩れ落ちていく。
屍人に応戦していた騎士達は突然の事に立ち尽くし、何事が起きたのか理解できない人々が慌ててその炎から逃げてゆく。
「これでよろしいですか」
淡々としたギルの声に、私はオッケーとだけ返して頷いた。
死んで更に教団の道具にされることなど、彼等も望んではいるまい。
浄化の炎は彼等への救済だ。
私は視線をうつした。
広場の中央では竜と騎士団が睨みあっていた。
紅い軍服の騎士達が剣を抜き竜に斬りかかり、蒼い軍服の騎士達は呪文を詠唱して竜を攻撃している。
しかし、竜の鱗は鋭い剣の攻撃も弾き返し、魔法の炎も雷も傷ひとつつけられないようだった。そればかりか気まぐれのように吠える竜の衝撃波は、広場の端まで彼等を吹き飛ばす。
遊んでるのかしら?
その
「グラム、行くわよ!」
右手の魔剣が私にこたえるようにポウと白く光る。
タッと私は駆け出した。
側面から竜の脇腹を狙って私は飛び込む。竜殺しの異名を持つ魔剣が、ズブリと深く竜の肉に食い込み下へと斬り裂いた。
赤い鮮血が噴き出すが、魔剣の光がジュウといって飛び散った血を焼き尽くす。
「ギャアーッ!」
怒った竜は私に向けてその爪を繰り出してくる。しかし、簡単に避けた私は、またその胸元へ飛び込んで剣を突き立てた。
この間の恨みよ!
何が聖女だ、ふざけんな。
女の子だと思って遠慮していたけれど、竜ならば手加減なんてしてやらないわ。
そう思って次の一撃をくり出そうとした瞬間、竜が口を開き吠えた。
「げっ、ヤバッ!」
それまでとは比較にならない、とてつもない重力波が私を襲う。
コイツ、やっぱり今まで遊んでいたのね。
魔剣で受け止めながらなんとか堪えた私は、避けれる位置まで飛んで下がった。こんなもの、何回も受けてはダメだ。
竜を相手に高揚していた
巨体な分動きの遅い竜は攻撃しやすい。しかし、大きいだけに一撃で倒すことは難しい。どこがこいつの急所だろう。
竜が次の重力波を放つ。
私は斜めに飛んで逃れた。聖女と対面した時の三倍はあるような穴が、土煙をもうもうとあげて轟音とともに地面に刻まれる。
「私を置いていかないでください」
ギルが文句を言いながら私の隣にくる。
「手伝うつもりがあるなら、早くもとに戻りなさいよ」
「人の話を聞くというのも大事な事だと言われたことありませんか?」
「うっさい、今はあんたの話をのんびり聞いてる場合じゃないって、見りゃわかるでしょ!」
ギルはせっかく調べてきたのに、とぶつぶつ言いながら竜を見やる。
「哀れな同族だが、仕方ない」
そう言って、ギルは赤い髪をかきあげた。
その姿が溶けるように揺らぐ。そして、赤い塊となって膨らみ、空中高く飛び上がった。
「行くわよ!」
思い切り叫んだ私に呼応するように、上空で羽ばたく赤い大鷲が吼える。
「赤い魔物!」
「終わりだ……世界の終末が訪れた」
教団の説く終末の予言、それに出てくるという世界に炎の洪水を起こす赤い災厄の魔物。それそのもののような真紅の巨大な鷲が空を舞っている。
それを目にした信者達は呆然と空を見上げて恐れおののいていた。
ガルザ・ローゲに姿の似た私が、赤い魔物を連れているのだ。さぞかし驚いているだろう。
さしずめこの白い竜は、新しい世界へ信者達を連れていくという白い翼とでもいうつもりだったのか。
私は空を飛ぶ
「キーッ!」
人々の視線を集めながら、赤い巨鳥が鳴いてこたえた。
そして、上空から羽ばたきとともに放たれた無数の火球が竜を襲う。
ギルがいれば、聖女などなんでもない。竜など速攻で倒してやるわ。
手の中の
竜の急所が視えた。
前脚の間、そこがアイツの力の源ね。
降り続く炎の塊を避けながら、白い竜に向かって走る。火球に視界をはばまれた竜の動きが止まっている。
————今だ。
斜め右から走り込んだ私は、竜の膝を蹴り胸部を狙う。
竜の爪が私の脚をかすったけれど、勢いをそがれることはない。
ズブリ
魔剣が竜の胸を貫いた。
「ギャーッ」
悲鳴をあげて私を弾き飛ばした竜は、ふらふらと身体を揺らす。
私を受けとめた
そして、私が土に足をつけると同時に、竜はズシンと大きな音を立てて倒れた。
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