第16話 教団vs騎士団

 びっくりするくらいの大きな爆発音に、私とおじさんは急いで建物の外へ飛び出した。すると、聖堂の屋根の上からモクモクと黒い煙が立ち上がっている。

 

「なんでしょう、あれは」

 

 もしかして……。

 心当たりのある私は急いで駆けだした。

 

「行きましょう」

「こっちだ!」

 

 おじさんの案内で、聖堂の袖廊にある扉から中に入る。ステンドグラスに照らされた袖廊を走り抜け、中央ドームへ着くと奥に祭壇が見えた。

 そこには終焉の神の彫像が立っていたはず。だけど、今は見る影もなく崩れ落ち、屋根まで吹き飛んでいた。

 

「グラム!」

 

 祭壇の前には彫像の代わりに、鞘を吹き飛ばし赤く刀身を輝かせる魔剣グラムが宙に浮いていた。

 

 キイーン

 

 私の頭の中に怒り狂った魔剣グラムの感情が流れ込んでくる。

 魔剣は私を見つけると、その切っ先を真っ直ぐ私に向けて飛んできた。

 

「お嬢さん、あぶない!」

 

 危険を知らせる叫び声に、私は動かず立っていた。

 ズブリ、とその刀身が私の胸に沈みこむ。

 

「ああ!」

 

 おじさんの悲鳴を聞きながら、私は半分以上刺さった魔剣グラムの柄を自分で押し込んだ。

 魔剣の刃は私を突き抜けることなく、すべてが身体に飲み込まれる。

 そして、私の髪は根元から毛先に向けて、一瞬で銀色に変化した。

 

「グラム、悪かったわね」

 

 私の身体の中で、魔剣グラムが泣いたり怒ったりしているのを感じる。

 ここの祭壇に何日も放置されて、かなりブチ切れていたようだ。抗議の声がうるさい。

 

「お嬢さん……あんた、何者だ?」

 

 おじさんが腰を抜かしているのを抱き起こして、私は柱の影に彼を連れて行く。


「本当の神様の使いよ」


 グラムは神様がくれた剣だから、その主人の私も神様の使いと名乗っても嘘にはならないでしょ。

 おじさんは目をぱちくりさせている。

 

 聖堂の裏から騒がしい叫び声が聞こえてきた。

 グラムの起こした爆発に神父達が気付いたんだわ。ドヤドヤと駆けつけて来る足音もする。

 

 それだけじゃなかった。

 聖堂の表の扉の方からも、馬のいななきと怒声が入りまじった音が聞こえる。



「ここの方が安全だと思うから隠れていて」

 

 私はそう言っておじさんを置いて、側廊を駆け抜け扉の横の鐘楼に登った。

 私のすぐ後からいれ違うように、聖堂の惨状に驚いた神父達がおもての騒ぎに気付いて正面扉の方へ走っていく。そして、彼等が閉じていた扉を開け放った時、聞き覚えのある声が重々しく聖堂の中に響いた。

 

 

「国王陛下の勅令がおりた。この教団はこれより解体される。司祭と聖女を捕らえよ!」

 

 私は登り切った塔の上から下を見下ろす。

 下ではずらりと並ぶ武装した軍隊が神殿を包囲し、聖堂の前の楕円の広場にあふれる信者達を威圧している。

 

 ジークフリート王子が騎馬に乗り、街を埋め尽くす王国軍の中心に立っていた。

 ヴォルフガンク団長とベルンハルト団長が、紅炎・蒼氷の二つの騎士団を従え王子の左右に控えている。

 

 

「司祭様!」

 

 司祭ラグナルが神父達を引き連れて、神殿の奥からゆっくりと歩いて来た。

 広場の信者達の間に歓喜のどよめきが走る。

 

「何事ですか。神聖な神のおわしますこの場所に、騎馬で踏み込んでこようとされるとは。王国騎士団はいつからこんなに野蛮な軍隊になられたのでしょうか」

 

 よく通るラグナルの声に、賛同する信者の声が重なる。

 王子は司祭の前まで馬で進み、彼を冷たい目で見下ろした。

 

「こちらに女性が監禁されているはず。彼女はどこだ」

「一体なんのことでしょう。我らは善なる神のしもべ。監禁など、そのような罪を犯すはずがありません」

「罪と認識していなければ、それは罪ではないと言うのか。それが通じると思うか?」

「証拠がございません」

「俺の目の前で彼女を襲ったと言ってもか」

 

 ラグナルの目がわずかに細められる。

 

「白い竜を見ただろう」

「さあ、存じ上げません」

 

 王子は、ならばよい、と言って別の質問をする。

 

「貴殿は西のワルファラーン島を知っているか?その島を守るのは精霊であり、その島をわける四つの国の神官達は精霊を使役する。我が国の王妃はその一国コルム王国出身だ」

 

 王子はさらに続けた。

 

「精霊によって、ヒルデ卿が神殿に入ったまま出てきていないことは確認できている。怪しい薬物を取り扱う業者の出入りもつかんだ。そして、この神殿の聖女が関与しているとみられる、多数の行方不明者がいるということもな」

「…………」

「申し開きは国王陛下の前でするがいい。捕らえよ!」

 

 総帥の命に騎士達が一斉に司祭とその信者達に飛びかかる。

 信者達は司祭を守ろうと騎士達をはばむが、武器を持たない身では抵抗にもならない。


 身をひるがえして聖堂に向かったラグナルが、奥に向けて叫んだ。

 

「フレイ、御使みつかいどもを出せ!」

 

 怪訝けげんな顔をする騎士団に向けて、ラグナルはゆがんだ笑顔を向ける。

 


 オオオオオオオオオオ

 

 地面の底から響くような唸り声とともに、聖堂の奥から幾人もの人間が吐き出された。百人以上は確実にいる。どの人も目は人形のようにうつろで、動きもどこか奇妙だ。


 これは……屍人?

 

 御使みつかいと呼ばれた屍人達が信者を押し分けるように広場へと出てくる。そして、彼等の奥から白い髪の女がゆっくりと歩いて来た。

 白いローブが風に舞い上がり、その闇色の瞳がきらりと光る。

 ラグナルは手に持った杖を高くかかげて振り下ろした。

 

「神の為に戦え!」

 

 その声に屍人達は目をぎらつかせて目の前の軍隊に向けて飛びかかった。

 屍人達は騎士達の馬にしがみつき、噛みつき肉を食いやぶる。落馬した騎士は上からのしかかられて見えなくなった。

 

「制圧せよ!」

 

 団長達の声に部下達は彼等を斬りつけ無力化しようとはかる。だが、剣で斬られたはずの腕から血が噴き出ることはない。そればかりか、腕を落とされても痛みも感じないようすで、化け物のような馬鹿力で襲ってきた。混乱した馬がいななきをあげて乱れる。

 

「なんだこいつらは!」

「魔物か?」

 

 百戦錬磨の騎士達がありえない怪物を相手にうろたえていた。信者達ですら、その人間に似た化け物を前にして恐怖に駆られ逃げ惑う。

 その光景を見ていた司祭は、はははは…と高らかに笑った。

 

「怯むな! 斬り捨てろ。首を落とせ!」

 

 団長の声に一人の騎士が剣を一閃させ首が飛ぶ。しかし、首を失った身体は、まだ平然とその騎士の脚にしがみつき馬から引きずり落とした。

 

「うわあっ!」

「化け物だ!」

 

(人の形をしているぶんだけタチが悪いわね)

 

 上から見ているかぎりでは、騎士団の方が数では断然優勢だ。だけど、相手が斬っても死なない、ていうかもう死んでるから倒れないのでは、戦うにもかなり消耗するだろう。

 

 ラグナルは聖堂の入り口で悠々とその様子を眺めている。

 

「フレイ、さあ、お前もだ」

 

 司祭の命令に聖女が前へと進む。

 屍人達と揉み合う騎士団の前で、聖女は無言で天を仰いだ。

 

(何が起こるというの?)

 

 塔の上から見ている私の真下で、聖女の姿が変化してゆく。

 人の形がゆらぎ、そしてふくらむ。

 両手を広げた彼女は白い光を発し、膨らみ続けるその身体は直視できないほど眩しい。

 

 そしてその光が消えた時、巨大な白い竜がその場に現れた。

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