第15話 教団の真実

 ゆるゆると意識が浮上する。

 目の前がぼんやりと霧に包まれたよう。

 私は一体どうなったの?

 

 王子を逃して、そして魔剣グラムを持っていられなくなって……。

 剣はどこ? グラムはどこなの!

 

「心配いりません」

 

 焦る私のすぐそばで男の声がした。

 すうっと身体が冷たくなる。

 

 ラグナル——神殿の司祭の声だ。

 

「薬が効いているので身体は動きませんが、聞こえているはず。もうすぐ貴女を探してあの赤い魔物が来るでしょう」

 

 赤い魔物ってギルのこと?

 

「世界は終焉の神によって生まれ変わるのです。貴女はその神の宿る大切な身体。ずっと……、ずっと待ち望んでいました。貴女に会える日を」

 

 終焉の神……ガルザ・ローゲ。

 私は神殿の聖堂の天井に描かれていた絵を思い出す。

 あの神は血のように赤い瞳を持っていた。そう、赤眼の悪魔と呼ばれる私と同じ。


 ちょっと待って。

 終焉の神に似てるから? それだけで私を捕まえたの?

 

 ラグナルは私の心を読み取ったのか、ふふふと低く笑った。

 

「貴女の持つ魔剣は、赤い魔獣を従える神のもの。この世を焼き尽くす炎の洪水を起こす赤い災厄。貴女のしもべは世界の終末に大地を飲み込む赤い悪魔そのものなのです」

 

 赤い災厄の魔獣?

 ギルはそんな変な魔物じゃないわ。

  

「神を下ろす儀式をせねばなりません。この王都を灼熱に投じて。もうすぐ貴女の意識は溶けてなくなる。そして次に目を覚ます時はガルザ・ローゲ神となった時。安心してお眠りください」

 

 安心? バカ言わないでよ。

 王都を灼熱にって、そんな儀式されてたまるものですか。

 そう思うのに、身体はピクリとも動かない。

 

「貴女は私のものです。ずいぶんと待ちました。さあ、新しい世界で私達の思いのままの聖国を作るのです。貴女をあがめる信者達の群れをご覧にいれましょう。きっと満足されるはず」

 

 ラグナルの笑う声が遠ざかる。

 眠りたくないのに、声が聞こえなくなっていく。眠いわけではないのに……。

 

 

 

     *********

 

 

 

「あら……?」

 

 次に目が覚めると白い天井がはっきりと見えた。

 ここはどこ?

 起き上がると、どこか知らない部屋だ。

 

「うーん、捕まってたはずよねえ」

 

 首を傾げてみるが、なんともないわ、私。

 縛られてもないし、ふかふかのベッドで寝ている。

 

 なんだろう、私、生きてるのかな?

 もう神の器ってやつになってしまったのかしら。……んなわけないか。

 

 よいしょとベッドから降りる。

 両手をにぎにぎと握ってみるけど、普通に動くわね。

 部屋を見渡してみると、ベッド以外には窓際に小さな机があるだけで、他には何もない。

 

「お腹すいたなあ……」

 

 ぺったんこになったお腹を押さえる。

 この感じでは絶対三日は食べてないわよ。

 

「グラム、どこに持って行かれちゃったのかしら」

 

 あんまり私から離すと困ったことになるんだけど。限界きてないといいんだけどな。

 

 ぐーきゅるる

 

 あ、だめ、私のお腹の方が限界。

 何か食べないと。

 

 誰もいないみたいなので、これ幸いと部屋の扉を開いて廊下に出てみた。見張りもいないし、鍵もかけずに放置って変ねえ。

 歩いてみると結構綺麗な建物だ。床は大理石で出来ていて、滑らないように薄い絨毯も敷かれている。ここ、忍び込んだ神殿の居住用の建物かしら。

 人が住んでいるのなら一階に厨房があるはず。何か食べるものないかしら。

 

 階段を降りると、探さなくてもわかった。

 おいしそうなご飯のにおいがする。

 

 誘われるように歩いていって厨房らしきところを覗くと、エプロンをつけたおじさんが大きな鍋をかき回している。

 

「あのお〜、何か食べるものいただいていいですか?」

「うわっ!」

 

 私が声をかけるとおじさんは飛び上がった。

 あら、ちょうど野菜スープが出来たとこ?

 近付いて鍋を覗き込む私に、おじさんはなぜかぶるぶるとふるえている。

 

「これ、もらっていいです? お腹すいちゃって」

「え、あ……、いいけど、ええ?」

「ありがとうございます♡」

 

 おじさんにお皿をもらって横のテーブルで食べる。

 うーん、しみるわ。薄味だけど、絶食後の身体にはこっちの方が優しい。

 ぺろりと平らげておじさんにお礼を言うと、まだびっくりした顔をしている。

 

「私の顔、なにか変です?」


 なんかおばけでも見るみたいにしてるけど。

 

「お嬢さん……、お嬢さんでいいんだよな?」

「はい?」

「黒髪とその赤い目、司祭様がガルザ神の生まれ変わりがいるって言っていたんだが、お嬢さんのことだろう? 中身はもう神様かい?」

「神様に見えます? あ、おかわりもらっていいですか」

 

 おじさんはお皿を受け取りながら、まじまじと私を見る。

 

「ほい、おかわりね。……じゃあ、どうして起きているんだ? 司祭様の毒薬は生きた人間も死人のようにしてしまうはずなのに」

「毒薬?」

 

 ははあ、なるほど、私は毒薬をもられて寝ていたわけね。

 あのラグナルって司祭、油断したわね。私が治癒師で自動解毒もするって知らなかったんだわ。


 そう言ったエプロン姿のおじさんは、どこから見ても普通の気のいいおじさんに見える。

 

「おじさんは神父には見えませんけど、ここで働いているんですか?」

「ああ、住み込みで料理人をしている」

 

 ふーん、なんだか内情をよく知ってそうね。

 毒のことも知っているみたいだし、ちょっと聞いてみよう。

 

「ここの教団のことは詳しいんです?」

「そりゃあ、ここに住んでるからな」

「じゃあ、どうしてここに皆礼拝に来るのかわかります? 普通、ガルザ・ローゲって破壊神でしょう」

「そりゃあ、聖女様のおかげさ。ここの神父達は皆、聖女様に心酔している。聖女様は死人を生き返らせることができるんだ。それで、大切な家族や恋人を生きかえらせてもらおうと色んなところから人がやって来る」

 

 マジ?

 あの聖女、そんなこと出来るの?

 

「生きかえるって、本当に?」

「ああ。でも、一度死んだ人間が元通りになるわけがないがな。動きはするが魂のない操り人形のようなもんだ」

 

 おじさんはそう言って、私にスープをよそったお皿をくれる。

 

「そして司祭様は生き返らせる代償に、家族の方には薬と偽って毒薬を飲ますんだ。司祭様の毒薬は強い麻薬のようなもので、飲むと生きたまま何も考えられない奴隷になる。すると生者も死者も教団の言いなりだ」


 私がお皿を受け取ると、あいた両手で腕組みして長いため息をついた。

 

「知らないからな、みんな」

 

 教団に雇われているけれど、この人は教団が嫌いなようだ。

 どうしてここにいるんだろうと不思議に思って見つめていると、おじさんは苦笑いする。

 

「わしの娘も病気で一度死んだが、聖女様のお力で生き返った。でも、それだけだ。娘も毎日神殿で働いているが、笑いもしない。話すこともな。わしのことも覚えていない。遊ぶこともできず、ずーっとタダ働きだ。今では後悔しているよ。かわいそうなことをしてしまったと」

「おじさんは毒薬を飲まされなかったのですか?」

「わしはもともと料理人をしていたんだ。流石に自我のない状態で料理はできないからな。毒を飲まされずにすんだ。娘と一緒にいる為にここで働いているのさ」

 

 おじさんはこれも食うかい、とパンをくれる。私はそれを受けとって、一口かじった。

 

 この教団はそうやって大きくなったのか。

 死者を生き返らせ、生者を操って。

 貴族からはお金を、平民からは労働力を奪いとって。

 

「ありえない」

「ああ、そうだな。こんなことがまかり通るんだから、この世は終わってもいいのかもしれんな。わしの娘のような人々が救われるためには」

 

 世界の終わりが救いだなんて、そんな悲しいことはない。

 人は誰でも希望を持って生きるべきなのに。

 


「おじさん、終わらせるわよ」

「え? お嬢さん、やっぱりガルザ様が乗りうつっているのかい? 終末を起こすつもりなのか」

「違うわ。教団と戦うの!」

 

 私はそう叫んでおじさんの背中を叩いた。

 


「死んだ者は還らないの。だから、みんな精一杯生きなきゃ。ラウリッツ辺境騎士団のモットーは『生きるために戦え』、よ」

 

 私がそう言って立ち上がった時、外で大きな爆発音が響いた。

 

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