第11話 精霊使いと神殿の聖女

「私はラウリッツ辺境騎士団の隊長、ヒルデ・ブランドと申します。私のことはヒルデとお呼びください。こちらは私の従者のギルです」

「貴女が『赤眼の悪魔』の騎士ね。叙任式の事は聞いていますわ。そう、魔剣の……、だからなのね」

 

 ローザリンデ王女は納得したように笑みを浮かべた。それは、幼さなど微塵も感じさせない大人びた表情だ。美少女だけど、どこかかげのある王女様だわ。

 私がそう観察していると、王子の方をチラリと見て彼女は状況を把握したようだった。

 

「貴女がお兄様に頼んでわたくしを呼んだのですね。で、何を聞きたいというのですか?」

「王太子殿下が狩猟祭で竜に襲われたそうですが、その竜の行方を王女様がご存知だと聞きました。それは何処なのでしょうか」

 

 ローザリンデ王女は私の問いに姿勢を正す。

 

「ヴィクトールお兄様を襲った竜の事ですか? もう五年も前のことですが、なぜそのような事をお尋ねに?」

「王女様は精霊の声が聞けるとジークフリート殿下よりお聞きしました。もしや、王太子殿下を狙う者の正体をご存知なのではないかと思いまして。出来れば教えていただきたいのです」

「今更? わたくしの言葉など、誰も信じてくれませんのに」

「なぜ?」

「目に見えないものの言葉が聞こえると言っても、気味悪がられるだけですもの」


 なるほど、精霊が視える事を話して結構な辛酸を舐めたのだろう。それで、この王女は自分の能力を隠してきたんだわ。

 

「コルム王国の血は火の精霊を操る。俺もそれは信じている」

 

 ジークフリート王子の言葉に、王女は皮肉な笑みを見せた。

 

「信じてくれるのはお兄様達くらいよ。お母様ですら、コルムの神官以外は見えるはずがないとおっしゃっているんですもの」

 

 冷たさを含んだ声は王女が長く傷ついてきた事を示していた。

 ロイエン王国は魔術師も多く神を信じるわりに、精霊とは縁が薄い。なので、他国の精霊を操る能力にはあまり信頼がないのかもしれない。

 ギルの正体を一発で見抜いた王女の能力は疑うべくもないのだけれど。どう声をかけてあげたらいいんだろう。私が迷っていると、頭の上から王女に向けて声がかけられた。

 

「私も信じます」

 

 ギル?

 隣に立つギルが珍しく笑みを浮かべている。いつも無表情のくせに、なんだそんな顔もできるんじゃない。

 私がぽかんと見ているのに気付くと彼はすっと表情を戻し、また王女に向き直った。王女はしばらくギルの顔を見て、そして、ふふふと笑う。

 

「そうね、貴方にはわかるのね。でも……本当は自分のために隠していたいの。危険だから」

「危険?」

「お兄様、黙っていてごめんなさい。でも、わたくしがこれを話したという事は黙っていてください。お父様にも」


 ジークフリート王子が頷くのを見やり、王女は話しはじめた。

 

「わたくしの能力は精霊の目を通した景色を見て、その声を聞くこと。精霊はこの大地のどこへでも入り、そこに何があり何が行われているのかを知ることができます」

 

 おお、それはなかなかに知られてはまずい能力だわ。この王女様が相手ではプライバシーもへったくれもないってことよね。

 戦場でも、政治的にも、色々と利用できる能力であるとともに、彼女の命も狙われかねない能力でもある。第三妃は娘を信じていないのではなく、我が子を守る為にこの力を隠したのかもしれないわ。それくらい危険と言えるもの。

 

「その力で王女様は何をご覧になられたのですか?」

「五年前のあの日、わたくしはヴィクトール兄様が襲われた時、王家のテントでお母様と一緒にいました。騒ぎを聞き、わたくしは精霊達を使って何が起こっているのかを知ったのです。逃げた竜を追いかけるように頼んだのも……。そして、わたくしが竜を見失ったのは確かにこの王都の西のある場所です。精霊達が教えてくれました。でも、その場所の内部はわからない。今も竜がいるのかも」

 

 ローザリンデ王女は私の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「精霊が入れない場所がこの王都にあるのですわ」

「そこはどこです?」

「神の領域——神殿です」

 

 神殿?

 なぜ神殿が王太子を狙うの?

 一番政争から遠いところにいそうなんだけど。

 

 私が驚いていると、ジークフリート王子が小さくそこか、と呟いた。

 

「ローザリンデ、話してくれてありがとう。これは迂闊には動けない。今聞いたことは口外しないと誓う」

「お兄様、黙っていてごめんなさい。どうしても、怖くて」

 

 どういうこと?

 私が不思議そうにしているのがわかったのか、王子が説明すると言ってくれた。

 はい、教えてください。話が見えません。

  

「ヒルデ卿はガルザ教団を知っているか?」

「ガルザ教団?」

 

 なんじゃそれ。

 私がふるふると首を横に振ると、王子はどこから説明しようか、と首を傾げた。

 

「我が国に伝わる神話は多神教だが、一般に主神とされているのは誰だかわかるだろう?」

「もちろん、創世の神アルカ・エルラです」

「そうだ。混沌を光と闇に分け、神々とこの世界を作ったのはアルカ・エルラだと言われている。だが、もう一柱、アルカ・エルラと対になる神がいる」

「終焉の神ガルザ・ローゲですね」

「そう、王都の西の神殿とはガルザ教団のものだ。ガルザ教団は終焉の神を主神とする教団なんだ」


 ガルザ教団のガルザって、ガルザ・ローゲからそのままとってるのね。


 ガルザ・ローゲは神ではあるけれど破壊を司るので、一般的には邪神で通っている。人の闇から魔物を創り出し、神々が地上に降りられなくなったのも、この終焉の神のせいだと言われている。

 そんな神を祀る教会なんてないと思っていたわ。



 ラウリッツ領にも教会はあるが、国の保護を受けた創世教会だ。

 光から生まれた人間は、死ぬと神々の住む天空へと導かれ光へと戻る。生前に悪い事をすれば、神々の怒りをかい空へ戻れず地下へ落ち消滅してしまう。だから神に認められるよう正しく生きましょう。

 そんなごく一般的な説教を聞かされた記憶がある。


「王都の東にある教会の主神はアルカ・エルラだ。ガルザ教団はその教会の教義を否定する教義を唱えている。『終末の予言』と言われているものだ」

 

 王子の説明によると、ガルザ教団は終焉の神ガルザ・ローゲを主神とする教団で、世界に悪が蔓延はびこった時、破滅の神が世界に終わりをもたらすという教義なんだそうだ。


 そこの司祭は終末論を主に説き、神に選ばれし者達だけが白き翼に乗り世界の終末を越えて、アルカ・エルラの創造する新しい世界に飛べると信じているらしい。

 そして、数千年前の神々の戦いの再臨を予言し、来たる終末とその先の千年王国を説いて信者を集めているのだという。

 

「それが『終末の予言』ですか?」

「そうだ。その中には当然、王国の滅亡も含まれている」


 つまり、ガルザ教団は邪神を祀るカルト教団で、その教えの通りの破滅を起こそうと王太子の暗殺を企んでいるって事か。

 

「どうしてそんな危ない教団がのさばっているんですか?」

「表向きは危険ではないんだ。あくまでも、破滅を起こさないよう悪事を抑制するという立場をとっている。それに、教団には聖女がいるんだ」


 聖女?

 

「白き聖女、当世最高の浄化の力を持つと言われている。彼女が民衆の心を集めているから、手を出すのは難しい」

 

 なんともまあ、精霊使いの王女に聖女ときました。私が悪魔で王子は竜。ギルはアレ・・だし、もう賑やかだわ〜。

 感心していると、ギルがまた能天気な顔をしていますよと私に向かって憎まれ口をたたいた。えい、うるさいな。私が睨みつけると、ギルはそっぽを向いて知らんふりをする。

 ふと気がつくと、王女様がこちらを見て目を丸くしており、私と目が合うとにっこり笑った。

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