第12話 夫婦に変装します
教団について説明し終えたジークフリート王子は、ローザリンデ王女に向けて部屋へ戻るようにと伝えた。
「お兄様、わたくし、もう一度精霊達を使って探りましょうか」
「いや、やめておこう。力の強い聖女であれば精霊の存在に気付くかもしれない。お前が危険にさらされるのは避けたい。間違いなく教団が関わっているのであれば、黒霧を使うという手もある」
黒霧とは、王国が抱える諜報機関だ。国家の命に秘密裏に動くため、誰もその実態を正確には知らない。でも、もし仮に彼等が竜を見つけたとしても所詮は人間だ。聖女と竜が相手ではきびしいんじゃない?
やっぱり自分で動く方が早いわよね。
「殿下、早速午後に外出許可をいただいても良いでしょうか?」
私がそう言うと、ジークフリート王子はぎょっとして目を剥いた。
「おい、さっき迂闊に近付けないと俺が言わなかったか?」
「私は王都を観光するだけですよ。ついでに有名な聖女様に一目お会いできないかなと思っているだけで」
近付けないのは神殿とのいざこざに関与している人物だけだ。私は遠い辺境からたまたま王都に来ているだけだもの。
「ヒルデ卿、よく無鉄砲だと言われないか?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、です。まずは行動あるのみ」
「準備なしでは危険だぞ?」
「兵は神速を尊ぶと言いますし」
「それは何の教えだ?」
「異国の兵法書です」
私がうそぶくと王子は呆れたような顔をして、そして気の毒そうにギルを見た。
「君も苦労するな」
「わかっていただけて大変嬉しいです」
二人は何か言ってるけど、これで了解は得たわ。
よしよしと部屋を失礼しようとすると、王子に呼び止められた。
「少し待て。俺も同行する」
え? 王子が来るとかえって邪魔なんですけど。
私の迷惑そうな顔を見た王子は心配するなと言って笑みを見せる。
「俺だとわからないように変装するから大丈夫だ。卿らは王都の地理を知らないだろう?」
そりゃあそうですけど。
戸惑っていると、ローザリンデ王女があのう、と私に声をかけた。
「それでしたら、ヒルデ様、お兄様が準備をする間にわたくしの宮においでください。ヒルデ様も変装しましょう。辺境の女性騎士は結構噂になっておりますのよ」
そう言って、王女はにこやかに私の腕を引く。
「変装?」
「ええ、任せてくださいな。さあ、ギル様も」
そして美少女に連れられて、私とギルは王女の宮へ行くことになった。
*********
王女の宮から迎えに来た馬車に乗り、大通りを抜けて街の中で降りた私達は、三人で連れ立って歩いていた。
「なかなか良い変装だ」
「そうですか?結構不本意なのですけど」
王子の言葉に私はぶすっとして答える。
ローザリンデ王女の宮の侍女によって、私は貴族女性の姿に変装させられていた。少し地味めの奥方様っぽい服装に髪も綺麗に結われている。
王子はといえば、こちらもさほど高位ではない貴族の服装だ。ギルも軍の服ではなく普段着に着替えさせられて、一見田舎から来た若夫婦と護衛の従者に見えるだろう。
まさかこんなことになるとは思わなかったわ。
もちろん
「こうしてみると、卿も普通の女性に見えるな」
「どういう意味ですか。私はもともと女性ですけど」
「いや、本来の姿も勇ましくて魅力的だが、こういう姿も似合っていて綺麗だ」
「お世辞は結構です」
「本心なのだが」
そういう王子は地味めにしていても、どこか一般人とは違う品格が滲み出ている。これバレないのかしら。顔が良すぎるのも目立ってしょうがないんだけど。
案の定、馬車を降りてからというもの、道ゆく人がずっとちらちらとこちらを見ている気がする。
王子もギルもやたら美形すぎるのよね。私一人の方が良かったのに。
「殿下、私を『卿』と呼ぶのは良くないです。ヒルデと呼んでください」
「それをいうなら『殿下』も良くない。俺のこともジークと呼ぶんだぞ」
「わかりました。ギル、貴方もね」
「承知しております、
ギルの返答にはわずかな皮肉が含まれている。
それもそうよ、なんで婚約破棄しようとしている相手と夫婦ごっこしなきゃなんないのよ。
王子はといえば結構楽しそうだ。街並みの中を歩きながら、王都の地理や産業について私達に説明してくれる。
「殿……じゃない、ジーク、それで神殿はどこなんですか」
「もうすぐだ。ほら、見えた」
その言葉通り、道の角を曲がると、大きな尖塔のある神殿が現れた。
「あれがガルザ教団の神殿ですか?」
思ったより大きいわ。
太い柱が幾本も並ぶ真っ白な大理石造りの壁に、円錐形の屋根が幾つも並んでいる。
石畳が敷かれた神殿の前の広場には、たくさんの露店が出ており、人々が賑やかに行き交っていた。
「ガルザ教団は十年ほど前から少しずつ信者を増やしていたようなのだが、ここ数年で急に大きくなった。有力な貴族の後ろ盾も持っていて、国も無視できなくなっている」
神殿の入り口は扉が開かれていて、信者らしき人が何人も出入りしていた。あんまり怪しそうには見えないんだけど。
「行こう」
扉の横にいる神父らしき人に声をかけてみると、お祈りは自由ですよ、と言われた。誰でも中へ入って良いらしい。
「ご夫婦でお祈りですか?仲が良いですね」
「そう見えるか?」
「ええ、お綺麗な奥様で羨ましいです」
「おほほほ……」
そんな会話を交わして扉の奥へと進む。
「意外と簡単に入れたな」
「そうですね」
中へ入ると青いステンドグラスに照らされた広いアーケードがあり、天井には長い黒髪の男神と白い大きな鳥が羽ばたく姿が描かれている。
奥に進むと大きな祭壇が見えた。蝋燭台が幾つも並べられたそこには、実際の人間の三倍程の大きさの美しい神の彫像が立っている。
私達はその前まで進んで像を見上げた。
「これは……」
「見事だな」
芸術には疎い私でも、この彫像の凄さはわかる。誰が作ったのか、きっと素晴らしい彫刻家なのだろう。髪の一本一本が彫り込まれ、筋肉の筋や血管までうっすらと見えるくらいで、その躍動感はまるで生きているようだ。
「これはガルザ・ローゲ神のお姿です」
背後からかけられた声に振り向くと、そこには一人の人物が立っていた。
深い金髪に紫色の瞳、白いローブに身を包んだ背の高い男性だ。歳はまだ若い。三十歳くらい?でも、見た目よりずっと落ち着いた雰囲気を醸し出している。いかにも聖職者らしい人物、そう私には見えた。
でも……。
(ヒルデ様……)
ギルが小さく警戒を促す。表情には出していないが、かなりピリピリとした空気が放たれている。
「おや、従者の方、そう驚かれなくても。私はこの神殿の司祭、ラグナルといいます。あなた方は王都の方ではないようですが、どちらから来られたのですか?」
彼はにこやかに笑みを浮かべてそう問いかける。
「隣のヒューイット領からです。聖女様にお会いしたくて」
「聖女様に?」
「実は私の夫が医者にも治せない病気なのです。こちらの聖女様になら治していただけるのではないかと藁にもすがる思いでやってきました」
私の言葉に王子はわざとらしく咳き込んで見せる。
私は夫を気遣う妻のフリをして、いたわるように彼の背中を抱いてさすった。
「おや、病気とはそれはお気の毒に。しかし、残念ながら聖女様は十日ほど神殿を留守にしているのです。申し訳ないのですが、日を改めておいでください」
ラグナルと名乗った司祭は少し王子を見て、そして私に向けて再び微笑む。
ギルからは相変わらず張り詰めた気配が漂って来るが、気付かないふりをして私も笑みを返した。
「わかりました。また十日後に伺わせていただきますわ」
「是非。聖女様にもお伝えしておきます。私の名前を出していただければ面会できるようにしておきますね」
「ありがとうございます」
くるりと背を向けて、私達は神殿の出口へと向かう。
扉の外に出て神殿から離れると、私はギルを振り返った。
「ギル、あいつは何者?」
私の問いに、ギルはその漆黒の瞳にあからさまに嫌悪の色を浮かべる。
「死者の叫びが聞こえました。あれの周囲から」
王子と私は顔を見合わせて、そして白い神殿を振り返った。
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