第13話 聖女がいない間に

  

「ヒルデ様、少しお側を離れます。十日後までには戻ります」

 

 翌朝、ギルは私にそう言って出ていった。

 私の許可を得るのではなく、報告だけっていうのがギルらしい。まあ、私も止めたりはしない。彼が私から離れる時は、それなりの理由がある。

 彼には私の知らない交友関係も多い。きっとその辺りの誰かに会いにいったのだろう。

 

 

「おやヒルデ、いつもの赤毛の彼はどこに行ったんだ?」

 

 ジークフリート王子に挨拶に行くと、王子がさっそく尋ねてきた。昨日の変装以来、王子は私を名前で呼ぶことにしたようだ。また神殿に行くので慣れた方がいいだろうと言われたけれど、私はジークと呼び捨てには出来ない。

 

「昨日の件について調べに行きました」

「死者の声というやつか?」

「おそらく」

「ヒルデ、彼は何者なんだ? ローザリンデも驚いていたが、理由を聞いても彼については言えないと言われた。もしや彼は魔塔の関係者か何かなのか?」 

 

 この世界には魔力を持って生まれる子供がいる。貴族の子弟であれば家に守られるが、平民の子供はそうはいかない。そんな子供達を幼い頃から戦争に利用されないようにと、魔術師達は各国から独立した魔塔と呼ばれる魔術師の組織に引き取り育てているのだ。魔塔に所属する者には、国家といえど手は出すことは禁じられている。

 成人後に塔を去り魔術師として生計をたてる者は多い。しかし、あまりに強い魔力を持つ者はそのまま魔塔に残ることもある。

 

「ギルは魔塔の魔術師ではないのですが、とても強い魔力を持っています。それで私達には見えないものも感じ取れるのです。私が彼と出会ったのはラウリッツの神殿です。魔剣を抜いて以来、彼はずっと私の補佐をしてくれています」

 

 だから信頼してください、と伝えると、王子は頷いた。


「君がそう言うのであれば信じよう」

「ところで、ベルンハルト団長にお願いしたいことがあるのですが」

「ベルに? なんだ?」

「蒼氷騎士団は魔術騎士団なので、魔道具も取りそろえていますよね。少しお借りしたくて」

「魔道具? 何に使うんだ?」

「神殿の潜入に」

「潜入? 十日後ではなかったのか」

「私達の目的は聖女ではなく竜の捜索です。そんな先まで待つ必要はありません」

「一人で? 無茶苦茶だ。ギル殿も近づくなと言っていたはずだぞ」

「十日もあるんですよ。聖女がいない方が、邪魔がいなくて好都合です」

「お前……」

 

 空いた口が塞がらないといったふうの王子に、私はにっこり笑ってみせた

 

「道具が準備出来次第、深夜に忍び込みます」


 

 

 

   *********

   

 

 

 ベルンハルト団長に頼んだ道具がそろったのは、少し遅くて三日後だった。魔道具師に急いで作ってもらったものもあるので文句は言えない。

 

「で、なんで殿下もいるんです?」

 

 零時を回って神殿の裏に来た私の隣には、可愛らしい白竜がくっついている。夜は竜の姿になるのに、どうして来たのよ。

 

「団長には私だけで行くと言ったはずなんですけど」

『一人で行かせられるか』

 

 小さく文句を言う子竜はねた子供のようで可愛い。なんだかんだと心配してくれているのだ。でも、人間の時と違って子竜なのに大丈夫かしら。

 

「もう、殿下をお守りしながらなんて出来ませんよ」

『自分の身は自分でなんとか出来る。それより、また斬られたらたまらないのだが、魔剣グラムを抜くようなことになるだろうか』

「竜がいたら魔剣これで戦いますよ」

『俺の方には向けるなよ』

「そばに近寄らないでください」

『無理だろ』

「説得してみます?」

 

 ジークフリート王子は少し引いているけれど、案外魔剣グラムは大人しくしている。竜の姿の王子の側に寄っても、柄が熱を持つことはなかった。

 

 私が鞘ごと差し出すと、王子はおずおずと触れてみる。

 ぽうと夜闇の中で魔剣が光り、子竜はあわてて小さな手を引っ込めた。

 

『だ、大丈夫か?』

「今は大人しいですね。ここ数日一緒にいたので慣れたんじゃないですか」

『そうだろうか』

 

 王子は魔剣グラムを受け取って、それが動かないことを確かめる。しばらくして大丈夫そうだと思ったのか、剣を抱えてペタリと地面に座った。

 

『俺は本物の竜ではないんだぞ。わかったな? 俺に向かって来たらダメだぞ』

 

 短い両手で剣を縦に支えて、何やら言い聞かせている。

 グラムはなんだか戸惑っているみたいで、王子が何か言うたびにぴこぴこと光が瞬いていた。

 なに? 可愛すぎるんだけど、この光景。

 

「仲良くなれました?」

魔剣グラムが真実神のつかわした剣であるなら、俺が敵ではないと理解してくれたはずだ』

 

 それを聞いたのか、魔剣グラムは一際大きく光って、そしてすうっと静かになった。

 

「納得したみたいですよ」

『よし、さすが魔剣だ』

 

 これで襲い掛かられる心配はない、と王子はふうっと息をつく。

 私は笑ってベルトに魔剣グラムを戻した。

 

 

 先日中に入った神殿の正面の聖堂は、人の出入りが多くさすがに何もないだろう。探るのはその奥に隣接する神父達の居住区だ。

 この神殿は全てが城塞のように壁で覆われていて、その白い壁はそそり立つように高い。中の建物も窓は壁の上部にあるだけで、外から内部をうかがうことは出来ない。

 

「さて、と」

 

 私は腰の袋から鍵爪を引っ張り出して手にはめた。

 これで壁石の隙間に爪をひっかけながら登るのだ。

 

 ひょいひょいと登って行くと、王子はぱさぱさと背中の翼で羽ばたいて飛んでいた。あら、結構便利なのね。

 壁を乗り越えて建物の扉を見つける。私はさっと駆け寄ると、懐から団長に借りた短い棒状の魔道具を取り出した。それを鍵穴部分に当てると、かちゃりと音がして鍵が外れる。これを作るのに少し時間がかかったのだ。

 黒のマントのフードを被り、空いた扉から中へすべり込む。

 このマントも私の気配を消してくれる魔道具だ。音を立てない靴もそう。間諜スパイ用の魔道具を私は準備してもらっていた。


 中へ入ると目の前に長い廊下が続いており、両側には扉が並んでいる。

 

『どこを探る?』

「都合の悪いものは 地面の下に隠すものです。地下を探りましょう」

 

 廊下の端まで走ると階段があった。上下に繋がり隠れるところのない階段は早く過ぎる必要がある。私はたたた、と急いで駆け降りた。靴のおかげで石の階段でも足音が響かないのは助かる。

 王子は私のフードの端をつかんで離れないように飛んでいた。

 

『天井が異常に高いな』

「そうですね」

 

 階段が長いなと思ったら、たどり着いた地下の廊下は一階よりもずいぶん天井が高くつくられている。普通は地面を掘り起こして建築する都合上、地下の天井は低くなっていることが多い。

 一つの扉の取手に手をかけてみる。鍵はかかっていないようだ。人の気配もない。

 キイ…と開けてみると、そこは薬品庫のようだった。三方の壁に設置された棚に、よくわからない薬草のようなものが瓶に入れられて並べられている。中央の机には調合するための道具が綺麗に整理されて置かれていた。

 

『ガルザ教団が治療院を経営しているとは聞かないが』

「でもこれは薬ですよね。かなりの量と種類ですよ」

『聖女の浄化を求めた病気の信者に分けているのか?』

「どうでしょう」

 

 首をかしげた私に、突然王子がフードを引っ張る。

 

(ヒルデ、誰か来たぞ!)

 

 コツコツと足音が聞こえてきて、慌てて私達は薬品庫の中に隠れた。

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