第10話 オレの小説を読んでくれないオマエらを呪い殺す!
オレの小説を読んでくれないオマエらを呪い殺す!
崇高なる大義をもって書き進めた結果、呪いはオマエらではなくオレに跳ね返ってくる
よく地方で見たことあるだろ、放置されて無人で荒れ果てたマンションの廃墟みたいなのが。
雨風をしのごうと、勝手に入り込んで横たわる。
仕事もできなくなって、生活もできなくなって、福祉や行政にすがる知恵もとっくにない。
偏屈者だから、もともと誰にも相手にされていない。
家族や恋人や友達、そういうつながりを作ることはできなかった。
落ちていくオレをさえぎるなにものもなし。
荒涼としたフロアの隅に、他のガラクタと一緒に捨てられていた埃だらけのブルーシートの下に潜る。
なぜか生きている水道の水を飲んで、一週間ぐらいだろうか、しばらく呆然として過ごした。
自販機の釣り銭口にまめに指を突っ込んで集めた小銭は170円。
オレはネギトロ巻の次にホタテが好きだから、この廃墟にくる前に最後の晩餐にと、コンビニで貝ひもを買った。ネギトロ巻きもちゃんとしたホタテも高くて買えなかったから。
失敗だったのは、オレにはもう噛む力が残っていなかったことだ。ホタテの貝ひもはかたくて食べ切ることができなかった。
ブルーシートの隙間は体をどう動かしてもなくならない。そこから乾いた風がやむことなく吹き込んで、そのたびに全身が縮こまる。
コンクリートから伝わる冷気は痛いほどで、いくら体を丸めても凍える寒さで震えが止まらない。
もう起きあがることができない。
死ぬ前には走馬灯のように来し方を思い出すって話だけど、どうでもいいようなことを思い出すんじゃないかな。
子供の頃に捕まえたバッタとか、ピザトーストかじったときにチーズが熱かったとかそういう。
寂しいとか悲しいとか無念だとか、あるいはあるかもしれないけど、それよりも死ぬほど寒い。
大事な人のこととか、あまりなかったけど幸せだった時間とか、死ぬ間際ぐらいはそういうことを思い出したい、とは思うけど。
多分近所の公園かどこか、電線に区切られた赤い夕日、誰もいない広場に薄汚れたサッカーボールが転がっている。
それがオレの脳裏に浮かんだ最後の風景、とくに意味はない。
それから半年後か何年後かに、廃屋に遊び半分で忍び込んだ暇な学生あたりに発見されるんだろう。身元不明のかりかりになったミイラ死体として。
消防とか警察の人にめんどくさそうに処理される。事件性なしとして自治体の無縁墓地に入れられる。
それっきり誰からも忘れられて終わり。
自分がそうやって死んでいくイメージがやたらと鮮やかに浮かぶ。
惨めにすぎるけど、この幻想が脳裏で発火するとなぜか静謐で
わざわざこれ書いたのは、さっさとこの幻想から逃れたいと思ったからだ。
なんか実現しそうで怖い。
熱い、重い。
「いつまでのってんだ君は」
布団にぶっ倒れているオレの胸のうえにねこ丸がのっている。喉か鼻のあたりからゴロゴロ音をだしている。
「そんなに顔を寄せるな」
毛繕いのときにしくじったのか、鼻の頭にうんこをつけている。そういうの気にしないところは野生的で素敵だとは思う。
前足と言ったけど、猫族の前足はもしかしたら手なんじゃないだろうか。そしたら後ろ足はどうなんだ。後ろ足は後ろ足か。
それにしてもすべての猫が軽トラぐらいの大きさだったらどうしよう。
まずスカイツリーに登るやつがいるだろうな、あと地下鉄に潜る。ああいう場所好きそうだから。
だめだ、まともに頭が働かない。
昏い幻想と悪意を糧に小説を書き殴ったがために、免疫が落ちてインフルエンザになんかなるんだな。
オレは10年に1回しか体調を崩さないはずなのに、去年から今年にかけて3回も熱を出したことになる。原因はこのねこ丸姫のH爆弾としか思えない。
因果応報とはこのことだ。
この小説、まさかここまで読む奴がいるとは思えないけど、嫌な思いさせたならわるかったな。一旦終えることにする。
オマエらを呪い殺すつもりが、オレが死にそうだ。
字数も増えてきた。長くてダサいタイトルのやつばかり読むオマエらみたいなうつけは1話1200文字ぐらいが限界だろうと思って目安にしてきたけど、なに?
アンタの文章じゃ1200文字も読めねぇよ笑わせんな間抜けやろう、だと!?
怒らない。熱がすごいし、読み返してみたら確かにオマエの言う通りだ。
今日のねこ丸は比較的元気そうだ。緑の目がくっきりと光っているし、クルルクルルとなにかよく喋っている。
ねこ丸は毛が長いから一見もふもふだけど、おなかの方を触るとがりがりに骨張っている。
前の飼い主の家ではずっとケージに入れられていたみたいだ。そういう子は運動神経が発達しないらしい。
いつもおなかが痛いこともあって、確かにのろのろしていて鈍くさいことこのうえない。スズメにも負けるだろう。
「病気じゃなかったらなぁ」
初めて動物病院に連れて行った時、獣医の先生はものすごい形相でブチ切れてオレを責めた。
「こんなになるまでどうして放っておいたんですか!」
その頃から比べればずいぶん持ち直したけど、それでもふた月に一回は死にそうになる。
そういう時、ねこ丸は普段は入らないクローゼットの奥とか、玄関に置いてある爪とぎハウスに潜り込んで苦しみに耐える。
吐いたりお尻から血を流したりしながら一点を見つめてじっと耐える。
「なんでオマエがこんなに苦しまなくちゃならないんだ」
こんなに近くにいるのに、苦しみだけは共有できないことを獣が教えてくれる。
ねこ丸の心臓の音が聞こえる。
ねこ丸もオレの胸のうえでぺしゃんこになって耳を澄ませているように見える。
この毛むくじゃらは、なんとなくいつも近くにいてちょっと好きかな、ぐらいに想っている生き物の心臓の鼓動とか呼吸のリズムを感じるのは好きなんだと思う。
気持ちわるいこと言うけどさ、誰かの胸に耳を当てて心臓の音を聞いてみたい。安心するんじゃないかな。
そんなことを許してくれる人にはこの先もう出会えそうにないけどな、オレは。
日がな一日ごろついて、食べて寝て、安心できる人と一緒になるべく多く平和な時間を過ごす。ねこ丸にとってそれ以外はすべて余計なことだ、眼中にない。
オレは余計なことしかやってこなかった。
ねこ丸の寿命が伸びるならオレはなんでもやるのに。どのみち廃屋でくたばる身の上だし。
オレの顔を覗き込む巨大なアーモンド型の目がすっと細められて、月に関するなにごとかを伝えようとした。
氷河のように鋭く大胆な美しい顔。完璧すぎて刹那の先に崩壊の予感を孕んだ美しさ。
ねこ丸姫からは死の匂いがする。
実際はうんこの匂いだけど。
ねこ丸姫のH爆弾 外伝 ななじぬぅす @nanajinoos
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます