第4話 玄関を開けて「ただいま」と言ったのは何年前のことだろう
玄関を開けて「ただいま」と言ったのは何年前のことだろう。そういえばオレは、ただいま、なんて口にしたことがあったのかな。もう思い出せない。
白い毛むくじゃらが小走りに寄ってきてオレの足もとをすり抜ける。集合住宅の廊下にしばらくたたずんで夏の夜風にその長毛をなびかせた。
はじめは帰宅を歓迎してくれているのかと思ってたけど、まいど
ねこ丸姫、ノルウェージャン・フォレスト・キャット。大した意味は含まれていないのに長くて大げさな猫種名ですこと。でか猫族だけど、姫は生まれつき病弱だからふつうの半分くらいの大きさまでしか成長できなかった。もうすぐ4歳で3kgぐらい。
今日も疲れた、肉体労働の疲れじゃない。見境のない怒りとオマエらへの罵倒が自分に跳ね返ってきて、魂とか寿命とか内臓とか希望とか、そういう抽象的なものが削りとられたことからくる疲れだ。
オレの心身に
仁王立ちで虚空をにらみつけてピンクの鼻先をかすかに動かしている。名のある禅
異常なし。
ふり向いてオレの顔を見上げる。かん高い声で「みゃ」と言って先に部屋にもどっていった。なに言ってるのかわからないけど、いまのはたぶん「いいわ、入りなさい」だろう。
うちにきたばかりの頃は、衰弱したしょんぼり顔のぼさぼさモップだったけど、最近は本国での異名どおり森の妖精に回復してきて、よく喋るようになった。
その友人には前に、ムツゴロウと川端康成は人外の天才だという話と、NHKの『ダーウィンが来た!』はオレが唯一見ているテレビ番組だ、という話をした記憶がある。友人はとても退屈していた。
まあそんな用でもなければ、マルチの勧誘か公明党に投票しろぐらいしか、オレには人から連絡はこない。めずらしく人に相手にされたのが嬉しかったのかもしれない。よく考えもせずに引き受けてしまったのだ。
ちなみにオレは動物が好きなわけじゃない、逆上がりができない人間が嫌いなだけだ。とくに小さいモコモコの犬に服を着せて抱いて歩いているババアを見ると惨殺したくなる。飼い主の死体の横でオロオロと震えるその犬っころの服と首輪をむしりとって「サバンナに帰れ」って言ってやる。
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