第5話 うんこまみれの白い妖怪と目が合った
うんこまみれの白い妖怪と目が合った。猫バッグの隙間から緑の目で覗いている、その毛の塊は素人のオレから見ても病気で衰弱していた。
その女は満面の笑みで「よろしくお願いします」と言った。結婚するから、というわけのわからない理由で三匹飼っている猫のうちの一匹だけ里子にだして、他の二匹は一緒に旦那の家で飼うということだ。そういうことあんの? 妖怪のお気に入りだという、猫の顔型の陶器の皿をくれた。
猫バッグから恐る恐る出てきたボサボサの毛むくじゃら妖怪は、はっきり言って死にそうだった。すぐに近くの動物病院に連れていったら、やっぱりすぐ死ぬって言われた。
人気の猫種を劣悪な環境で繁殖させて、病気になったり弱った子をのまま売り飛ばす業者が多い。この子の体内ではネココロナとかいう菌だかウイルスが強毒化して猛威を振るっているらしい。最近人間界で流行ったCOVID-19とは関係ないけど、治らない病気だってさ。前の飼い主は治療らしいことをしていない様子だったし、お腹がゆるいという話しかなかった。
とにかくうちにいる1ヶ月の間に少しでも元気になればと、一緒に暮らし始めてうんこの世話に明け暮れた。
真っ白い毛並み、長く大きい尻尾はどういう仕組みなのかその先端までが器用に動いて、よく感情を表した。口元と鼻と肉球が鮮やかなピンク、まんまるの目は緑。いわゆるもふもふもふもふだ。誤字じゃない、それぐらいもふもふだということだ。
稀代のうんこテロリストであり、いつも困り顔でお腹が痛そうな表情を浮かべているにしても、人を怖がったりしないところはよかった。心にひどい傷を負っていたり、いじめられて育った様子がないのが救いだった。そしてよく人に甘えた。一人で生きていけないことを知っている。
前の名前はオモチだった、白いからか。この子は「リュシータ・トエル・ウル・ウンコ」もしくは「うんこ姫」こそふさわしい名前だけど、一日中うんこうんこ言うのも嫌だから新しい名前は「ねこ丸」、メスだから「ねこ丸姫」にした。
犬とか猫の呼び名は短い方がいいと思う、でないと「あたしオモチだった気がするけど、ねこ丸なのかな、姫? やっぱりうんこなのかしら」って混乱する、たぶん。
動物病院の診察手帳には正式に「ねこ丸姫」、オレは「ねこ丸」って呼ぶことにした。
病院の注射と点滴と入院であっという間に警備員2ヶ月分の給料を費やした頃に、里親のおっさんがハーゲンダッツの盛り合わせを手土産にうちに来た。
点々とうんこがついたトイレシートのうえで弱々しく寝そべるねこ丸姫と相対して、1時間ぐらい悩んでいた。姫の美貌には惹かれても、うんこには引いている様子だった。
後日、里親のおっさんは、うちでは飼えない、と断りの連絡をよこした。一人だけ里子にだされて、その里親にも拒絶されてしまった。
オマエらわかってるな、言うまでもないな。このことはねこ丸には絶対内緒だ、傷つく。ねこ丸がこのことを知ったら喋ったのはオマエだ、だってオマエにしか話してないからな。
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