第7話 ポリティカルに(政治的に)、インコレクトな(正しくない)小説へようこそ
ポリティカルに(政治的に)、インコレクトな(正しくない)小説へようこそ。
夕食をすませたあと、オレは食卓を兼ねた大きめの作業机にのせたノートパソコンに向かう。
ねこ丸といつも取り合いになる座布団をのせた椅子は、今日はオレが先にとった。
うんこ姫は座布団をあきらめて、モニターの角へ横顔をこすりつけたり、キーボードに前足をかけて座り込んだりして、オレの視線をさえぎる遊びに興じている。
あの日から山上徹也のことをずっと考えている。
徹也についてのありったけの情報を集め続けているんだけど、だめだなインターネットは。使いものにならないじゃないか。
ヒツジだかヤギが人間に頭突きをする動画、アメリ人がすっころぶ動画、水着でサーフィンをするねえさん、猫がいたずらする動画で世界は埋め尽くされている。
そんなもんばっかり見ているからそんなもんしか表示されなくなってしまった。
くだらねぇ! でも見ちゃうんだ、オマエらもそうだろ。
パソコンやスマホは、オタクあがりの成金が送り込んできたトロイの木馬だ。オレたちの時間を無限に奪って広告屋に売りさばく。
このメディアも広告と資本に汚染されてイカれた奴しかいなくなってしまった。
活字媒体も似たようなもんだけど、鈴木エイトってやつが書いた山上徹也関連の新書を読んだ。
統一教会ネタを追い続けていたことは評価できるけど、オレが興味があるのは山上徹也であってエイトじゃない。感想は以上だ。
こいつに限らずメディアに出しゃばる連中は教室の隅っこ出身のやつが大半だから、なにを喋っても、ボクを見てワタシを見て、にしか聞こえない。
オレがオレがって自意識を垂れ流すってことではこの小説も一緒だけどさ。これは小説だから許してくれ。
それにこんな恥ずかしいこと小説以外でできるかよ。
まあいい、続けるぞ。それと今回も物語は進みそうにない。
フロイトはリビドー(性的な衝動)を人間活動を司る力の根源と想定した。マルクスはその具体的な表れとして階級闘争だと。
難しい風に言っているけど、びびることはない。誰でも経験している学校の教室の人間関係を思い出してもらえれば事足りる。
縄張りの中の序列争いだ。縄張りってのは人間関係(群れ)と生活の範囲(生存圏)で、序列ってのはどっちが上か下かって、オマエらもいつもやってるだろ。
逆上がりができるのかできないのか、育ちは、どっちが金持ってるのか、学歴は、皮膚の色は、有名人の知り合いは、職業は………。
上がるためならどんな卑怯なこともする。いじめ、悪口、論破、差別、権威。
元気で一人前でやっていける奴が、歴史的な被差別の要素でコスプレして上がろうとする、文字通りの人間のクズまではびこりやがる。
飢餓と戦争がない時代、人間の一番強い欲望は序列を上げること、群れに承認されることだからだ。
この小説は政治的に正しくないけど、偽善者はオマエらだ。
オレの仕事が警備員だと聞いた時にオマエはどう思った。氷河期世代で結婚もできない、病気で死にかけの猫と暮らすオレをどう思った。
序列が上がった気になっただろ?
手がつけられねぇほど俗物であるよキサマという奴は!
なんてもういちいち目くじら立てたりはしないよ、さすがにきりがない。
それは哺乳類由来の本能で、大脳新皮質の力を加えるとより複雑さを増して、オレたちに煩悩と原罪の地獄を巡らせることになる。
まあとにかくだ、偽善とポルノで世をしのぐオレたちは猿山の猿と変わらない。
でかい、つよい、美しい。シンプルな序列の獣たちの方がオレたちよりもいっそ
不快な小説だ、よくわかるよ。オレもまた体調崩しそうだ。
あんまり気分わるいようなら、長くてダサいタイトルのポルノか、ガキが教師に媚びた作文みたいな芥川賞先生のやつでも読んでこい、ちょっとだけなら許すから。
いや、だめだ!
いい加減にしろオマエら、呪いあれ!
もう少し付き合え。
21世紀になっても結局、当事者になるか当事者に会うか、そいつの単著にあたるか、それ以外にそこそこまっとうな情報は手に入らない。
山上徹也に関する情報は不自然なくらい少ない、オレはしょうもない陰謀論も信じないし。
だから会ってみたい、どうしても。
とはいえオレなんぞにろくなコネがあるわけもない。直接手紙を送るくらいの手段しか思いつかない。
であれば、まんいち山上徹也がオレの手紙を手に取ったとして、その時一発で彼の気を引く、力のある言葉をかますしかない。
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