第8話 オマエが本当に殺したかったのは母親だろ

 オマエが本当に殺したかったのは母親だろ。


 山上徹也に一番聞いてみたいこと。A4のコピー用紙の真ん中にでかでかと一行、コンビニで買ってきた筆ペンで書いた。


 我ながら汚い字を、目の前にスフィンクス座りをしたねこ丸がじろじろ見ている。


 ついでに紙の裏の隅に小さい字で「鉄砲の作り方おしえてちょんまげ」と書いておいた。


 動詞のて形の後に「ちょんまげ」を付けるのが昭和の作法だ。相手に対する親しみと信頼を表す。


「連絡してちょんまげ」とも書いておいた。



 母ちゃんが統一教会にハマって家庭を崩壊させて恨んでるだろ。四十も過ぎた男にわざわざそんなあたりまえなことを聞いてるんじゃないんだよ。



 オマエが依存して、支配されて、殺される、ある種の力のことを聞いている。



 オレたちが生まれて一番最初に受けるマインドコントロールは、親を殺すな、だ。オレたちは昆虫とか魚みたいに生まれてすぐに一人で生きていけるようにはできていない。


 子供は、親に嫌われたり捨てられたらすぐに死んじゃうというふざけた宿命を背負っている。


「なぁねこ丸、つらいなぁ」


 話しかけるとねこ丸は毛繕いをちょっととめて「くるる」と返事をした。それからあごの下の長い飾り毛が舌に絡まって、かはぁ、と牙をむき出しにしてのけぞった。


 酒飲むたびにぶん殴ってくる父親とか、オマエのことが嫌いな情緒不安定な母親を、必死に好きになろうとする。


 そんなクズでも、オマエは好きになろうとする、死なないように。


 おもむろに立ち上がったねこ丸がオレの胸に頭突きをしてから緑の目で見上げてくる。


「こわい顔してたか?」


 しばらく見つめ合って、ゆっくりと一回まばたきを送ると、ねこ丸もまばたきで応えた。小さく鳴いてから机を飛びおりて、白い毛をふさふさと揺らせてうんこしにトイレにいった。


 母親は殺せない、なら自分を殺すか、別の誰かを殺すしかない。



 山上徹也の生い立ちは悲しい。


 オレには、現代にはびこる呪いを一身に引き受けたかんなぎのように思える。覡ってのは巫女みこの男版のことだ。



 撃たれた奴には同情しないのかって?


 政治の色がつくと面倒な奴が寄ってきそうだから一応言っておくと、いやもちろん誰も読んでねぇから余計な心配だってのはわかってるよ。


「先生」なんて呼ばれる立場の人間が刺されたり撃たれたりするのは最初から覚悟すべきことだ。嫌ならやめちまえ、権威からも特権からも降りればいい。まして撃たれたあいつは、その時点で事実上日本の最高権力の立場にあった。同情する義理はない。


 成功した暗殺、テロリズムってことでも日本史上屈指なのに、ウヨク教徒、サヨク教徒のみなさんはもう忘れちゃったのかね。


 サヨクは受験以外で輝けなかった無駄に本読んだ説教バカ、ウヨクはテメェの手柄でもないことで威張るバカ。そしてそんな卑しい振る舞いまでして上がりたがるのが人間の業だ。前に書いたろ。


 倫理もクソもないコイツらがにやけづらで正直者をバカにして道端で死にそうになっている人間を嘲笑って、上がったつもりになっている。


 撃たれて当然だろ。


 なめてんじゃねぇぞこのやろう!


 銃弾がオレたちに当たらなかったのはたんなる僥倖ぎょうこうだ。



 山上徹也は、オマエとオレの代わりに銃をぶっ放したんだ。


 彼一人だけ生贄いけにえにするわけにはいかないだろ。



 あれ? オレがオマエでオマエがオレで、徹也が誰で、みんな撃たれて当然で、呪いあれって話になっちゃったか?


 ならそういう話なんだろうよ。


 なに言ってんだこいつ、って顔してるなオマエ。


 オレにもよくわからないんだよ。そういうよくわからないなにかを表現したくて小説を書いている。

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