そして夏が去る

エピローグ

 ずっと嫌い、夏という季節。


 また一年して、季節は一周した。

 そして。


 今年も、、夏がやって来る――。



 あの日、確かに交わした約束。

 彼は言ったのだ。


「来年、あの花火見た場所で、また、会えるかな」と。


 私は信じているから。

 今でも、この想いは変わらない。


 ――会いたいです、悠河さん。

  想いはずっと、変わりません。

  

 来てくれるよね?

 そんな、私に何も言わずに、いなくなるなんてこと、ないよね?


 七月が過ぎ、盛夏がやってきた。

 今年の夏祭りは、去年とは違ったイベントをやるらしく、大盛況だ。

 朝顔の浴衣を身に着けて、あの場所に行く。


 ――いない。


 もう、花火は上がるっていうのに、なんで?


 遠くで、花火のカウントダウンが始まる。

 下に見える屋台の光すら、ぼやけて見える。


 なん、で。


 あの日、絶対に、来るって……。

 用事か何かで来れないんだ、と勝手に思い込んで、何とか最悪の考えから逃れる。


 でも、残りのカウントダウンが10秒を切っても、来なかった。


 もう勝手に、ぼろぼろと涙があふれてくる。

 私に、幸せは与えられないと、思っていた。

 でも、彼と出会って私の中に残る数々の思い出は、幸せにあふれていた。

 本当に、幸せだった。

 

 だからこそ、信じたくなかった。


 彼が、いなくなってしまうなんて。


 ドーン、と花火が上がる。


 何も考えられなくなった頭で、きれいだ、と思う。

 やがてそれは儚く消えて、夜空に散った。


 なんで来ないの……?

 もう、約束した時間なんてとっくに超えているよ……?

 そう思って、ずっと待ったけど、来なかった。


 手術は、失明するリスクはあっても、いなくなることなんて、ない……。

 そう考えて、ハッとする。

 それを自分で調べたかというと、調べていない。

 これはすべて、彼の口から聞いたことだから、本当は――。


 気付いてしまった。

 なんで、なんで本当のことを教えてくれなかったの……?


 まだにぎわっている屋台の前を通り過ぎて、別で来ている彩ちゃんと、陽向さんのもとに走る。


 二人はその賑わいから離れたところにいた。


「陽向さんっ!彩ちゃん!」


 知っているはずだ。

 彼の真実を。本当のことを。


 私の声に気づいた陽向さんが、ゆっくりこっちを振り返る。


「ごめん。ほんとに、ごめん」


 陽向さんが、私に向かって、頭を下げる。

 彩ちゃんもその隣で、涙を流して、私にあやまっていた。


 違う。

 私が欲しいのは、謝罪じゃない。

 彼が生きているという、証拠が、欲しかった。


「これ、今日、葵ちゃんに、渡すように、言われてて。読んで」


 そっと、何かが渡される。

 てが、み……。


 恐る恐る、中を開いた。


『葵ちゃんへ。

 今日は行けなくてごめんね。

 あと、隠しててごめんね。

 本当は、この手術が失敗したら、死んじゃうことも、あり得るって。

 心配させたくなかったから、言えなかった。

 ごめんね。

 あと、ありがとう。

 少しの時間だったけど、嬉しかったよ。

 楽しかったよ。

 幸せな時間をありがとう。』


 分かった。

 分かって、しまった。

 嘘だと思いたいのに、ここに書かれていることが、彼がいないということが、彼の時々見せた切ない顔が、全てが事実だと思い知らせてくる。

 

 彼はいつ知ったんだろう。

 自分が、いなくなってしまうかもしれないなんて。

 そんな残酷な未来に、彼はいつ気付いたんだろう。

 私と出会ったあの最初の日から?

 夏祭りに行った時から?

 それとも、もっと後から?


どうなんだろう、本当のことは分からない。


 「うわあああああっ……!」


 でも、その限られた時間で私といてよかったと、少しでもそう思ってくれたら幸せだ。


 途中から文字が全部ぼやけて、手紙の上にしみを作った。


 なんで、なんで。

 いなくなっちゃったなんて、そんなこと……。

 なんで教えてくれなかったの。なんで頼ってくれなかったの。

 もっと、一緒にいたかった。

 もっと、いろいろなことをしたかった。

 もっと、もっと……。


 ドーン、と大きな花火が上がる。



 好きだった。

 君となら、どんなことも乗り越えられる、そう思ったのに。


 ユリカさんたちに、どんな邪魔をされたとしても、いつの間にか引き込まれて、君の世界を知りたくなった。

 君が教えてくれた、明るい世界は、わたしの真っ暗な世界に光を照らして。


 ――希望を与えてくれた。


 そんな君と、もう会うことはできないんだね。


 不思議だ。


 1年前まで、一緒に笑いあっていた人が、いなくなって、もう二度と、会えないなんて。


 信じられない。

 信じられないよ……。


 転校してしまった、このたった1年の間に、君に何があったの?


 でもね、君がいなくなったとしても、変わらないものはある。


 君と過ごした時間。

 君と笑った時間。


 みんなとのその時間は、記憶になって残るから。




 君がいなくなってしまった今、ただ、一つだけ聞きたいことがあります。


 君は私と出会ったことを後悔していますか?


 もし君が、私との思い出を忘れても、私は絶対に忘れないから。


 もしも次、目を開けたら。

 君の瞳に映る世界が、優しさに包まれることを祈ります――。



 ――夏、全ての想いを君に。




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