2 伝えたい気持ち

 結果は負けてしまった。

 本当に惜しいところだったのに、やっぱり相手も強かった。


 さっき、山崎さんと軽くすれ違った時に、「入口で待ってて」と言われていたから、今は木の影に入って待っている。


 あれは……。

 はっと目を向けた先に見えるのは、いるはずの無かった、ユリカさん。

 な、んで……。

 確かに、ユリカさんは今日来るとか言っていた、ような……。

 見つかりませんように、とハラハラしながら行方を見ていると、入口から出てきた

 山崎さんに、声をかけていた。


 山崎さんに、何か用事、かな……。

 すると、ユリカさんは山崎さんの腕を取って、言ったのだ。


 そう、「好きです」と。


 気が付いたら、走っていた。

 やだよ。

 最後の最後で、こんなことって、やだよ……っ。


 そうして、しばらく離れたところで泣いていた。


 確かに、私なんか釣り合わないかもしれないけど。

 山崎さんみたいな人には、ああいう人が似合うのかもしれないけど。


 ——好きだった。


 彼の優しさに、強さに、明るさに、私は何度も助けられた。

 少しは私のこと見てくれてるかな、なんて思ってしまうほど、すごく特別だった。


「葵ちゃん。そんな顔して嫌なこと、あったの?」

「っ……え……っ!」


 そこには、ユニフォーム姿の、山崎さんがいた。

 その姿を見るだけで、涙があふれてくる。


「え、どしたの。大会負けたこと、そんなに悲しい?」



 それもたしかにそうだけど……。

 違うんです。

 胸が、張り裂けるように痛い。

 まだ、離れたくないよっ……。


「おれのあのスリー入っていたら、何か変わったのかな」

「そんなこと、ないです……!」


 そんなこと、あるわけない。

 私が一生懸命にそう言うと、彼はふっと微笑んで、私の目を見つめた。


「あのさ、伝えたいことあるって言ったよね」


 そういえば……。

 静かに、彼の言葉を聞く。

 そう言えば……というと彼はいきなり近づいてきた。

 そして、私の目にあふれた涙をぬぐってくれて、気が付いたら――彼の腕の中にいた。


 ……っ、え……?

 突然の彼の行動の真意が、読み取れないよ……。




「葵ちゃん。ずっと好きだった。ずっと、ずっと」




 そう、紡がれた言葉は、すごくあたたかくて。優しくて。甘くて。

 悲しげで。寂しげで。


 私は、目を見開く。


 それ、は……。


「友達としてっていうことですか……?」


 そんなふうに言われたら、期待してしまう。

 そんなはずないのに。

 0%だって、思ってたのに――。


「ううん。もちろん、一人の女子として」


 どこかでこの答えを待っていたのかもしれない。

 0%なんかじゃなかった。

 好きな人が、好きだと言ってくれる。

 これって、どんなに幸せなことなんだろう。


 一気に顔に熱が集まって、喜びがあふれる。

 

 でも。


 彼の言葉が、信じられない。

 だってさっき、告白されたはずじゃ……。


 私の心を読み取ったのか、彼がつぶやく。


「断ったよ?俺、葵ちゃんのこと、好きだし。ずっと、伝えたいと思ってた」


 その言葉を聞いて、思わず口を開こうとしたら、抱いていた腕をほどいて彼に口をふさがれた。


「今は返事言わないで。俺、手術の前に立ち直れないから」


 彼はそう言って、自虐的にふっと笑う。

 きっと、そんなことにはならないと思います。

 だって、私も好きだから。


 ずっと、彼を見てきた。

 彼に、希望をもらった。

 彼に、優しさを教えてもらった。

 彼に、生きる楽しさを教えもらった。


「俺が伝えたかったのは、これだけ。あのさ、また会えたら、返事、待ってるね。

 来年、あの花火見た場所で、また、会えるかな」


「会いたい、です……」


 そう返事すれば、嬉しそうに笑ってくれた。


「じゃあ、ね。また、来年」


 待って、待って。

 まだ、私にはやり残した事がある。


「待ってっ……くだ、さいっ……」


 私はすべての勇気を振り絞って彼をひきとめる。



「私もっ……!好き、ですっ……!」



 きっと、言おうとして言った言葉じゃない。

 ためていた気持ちが、溢れただけ。


「……え?」


 今度は、彼の瞳孔が小さくなっていく。


「好きだから、絶対に戻ってきて、ください」


 震える声で、そう言い切った私。


「っ……それずるすぎ。まだ、ここにいたかった。そんなの、手術成功させないとな」

「当たり前ですっ!……待ってますっ……だから、絶対にっ……」


その後の言葉は、怖くて出てこなかった。

――いなくならないで、ください。


その続きの言葉は言わなかったのに、彼には伝わってしまったようだった。

そして、一瞬、顔を暗くして、また、いつもの笑顔を浮かべて笑う。


「俺、今、超幸せ。でも、時間だから……」

「じゃあ……」


 ほんの一時でも、そばにいたかった。


「待っててね。俺成功させて戻って来るよ」

「……はいっ……」


 せっかくの最後なのに。

 涙で顔が見えない。


「じゃあ、行くね。またね、


 最後に呼ばれた名前は、とても特別で。

 彼が涙をぬぐってくれるけど、また新しい涙があふれてくる。


「がんばって、ください……、さん」


 そう言ったら、あの全開の笑顔を私に向けて、その場を後にしたのだった……。


 ――もうすぐ、夏が終わる。

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