3 これからも君と

「はあーお腹いっぱい……」

「そうですね……。海鮮丼はおいしかったですけど、お腹にたまりました……」


私たちがあの後訪れたのは、海鮮丼が人気のお店。

私はサーモンとマグロの2色丼を、悠河さんはマグロづくし丼を頼んでいた。

その後、ソフトクリームを食べたら、それがとどめとなったのか、お腹はパンパンだ。


「うわあ、きれいですねっ……」


しばらく歩いた先にあったのは、青く広がるきれいな海。

ざあっ……ざあっ……と心地の良いリズムで砂浜に波が押し寄せる。


思わず、うっとりと目を閉じて涼しい風に当たる。

すうっと吸い込むと、肺の中に新しい空気が流れ込んできてとても気持ちよかった。


「葵」

「え、あ、何か……」


急に名前を呼ばれて、私は目を開け、目の前に立つ悠河さんを見る。

すごく、真剣なまなざしで私を見つめてくるから、私もゴクリと喉を鳴らす。


「生きてて……よかったっ……」


「え……?」


彼が、かすれた声でそんなふうに言うから、驚いて目を丸くする。

急に、どうしたの……?


「あの時、もし、もし……成功していなかったら、俺が、俺が……っ」


彼は続きを言わなかったけど、私にはわかってしまった。

そんなこと、言わないでよ……。

ギュッと、カバンを持つ手に力が入る。


私に一歩近づいた彼が、そっと私の体を抱きしめた。


「もう一回会えて、よかった……」

「……っ!」


いつの間にか、視界が潤む。

そうだ、忘れちゃいけない。


もしかしたら、あの日彼ともう一度会うことができなかった未来があることを。

失敗した可能性があったことを。

忘れては、いけない。


会えたのは奇跡。

そう、本当にごくわずかな奇跡が、私たちを救ってくれたんだ。

身体が離れていく。

じっと彼を見つめると、彼がゆっくりと口を開く。


「葵、誕生日、おめでとう」


「う、そ……」


なんで、今日だと知っていたの?

今日は7月20日。

私の、誕生日。


「はは、実は彩ちゃんから聞いちゃった」

「あ、彩ちゃん……」


やられた。

私も、昨日誘われたときは本当に驚いたのに。偶然かなって。

でも、まさか。


胸に手を当てたところで、何かが手に当たる。

それを見ると、それを見るとシーグラスのネックレスが、そこにあった。


「これ……」

「あ、気付いてくれた?それね、水族館で買ったんだ、かわいいでしょ?」

「かわいい……!それに、透けて見えるからきれい……!」


これって、3000円とか普通にするよね……⁉

さすがにそんなことは言わないけど、高いやつだ。


「肌身離さず持ってないと……!」と思わずつぶやくと、それを聞いた彼がぷっと噴き出した。

それからお腹を抱えるようにして、笑っている。


「え、と……」

「ふふ、あははっ……葵、そこまでしなくていいよ?」


思いっきり笑って、ふうとため息をついた彼は、「あ、まだあるんだった」と言ってがさがさと紙袋をあさる。


「これだ、あった」

「え、もしかしてこれって、イルカの……」

「ふふ、葵ちゃんじーっと見てたから、ほしいのかなって。俺とおそろいでもいい?」

「も、もちろんですっ……!」


小さな袋に包装されているのは、私が泣く泣く諦めた、ペアのイルカキーホルダー。


かわいい。

つぶらな瞳に見つめられて、きゅうと胸が閉まる。

か、かわいいなあっ……。

どこにつけようかな?

あ、ちょうどこの白いバックに合いそうな青色だ!ここにつけようかな。


「ふふ、つけました。嬉しいです……!」

「よかった。葵ちゃんが喜んでくれたなら、俺もうれしい」


ふっと笑ってくれた悠河さんの笑顔に、胸がズッキューンと貫かれた。


「今日は、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました……!」


ペコリ、と礼をすると悠河さんふと、私の名前を呼ぶ。

ハッと振り返ると、真剣な目をしている悠河さんの顔がすぐ近くに見えて、顔が赤く染まる。


「葵、好きだよ」

「悠河、さん……私も、好きですっ……」


大人びて見えた彼の顔にどきりとしながら、私もつぶやく。

絶対にいなくならないで。

そう思えるような人は、家族以外で君が初めてだった。

本当に、心の底から好きだと想えたのも、君が初めてだった。

だから、これからも、ずっと。



夕日が沈みかけた静かな海に、二人の影が重なった。



もしも。


もしもあの日、あの場所で、二人が出会っていたら。


そう、これは奇跡が呼んだ、もう一つのラスト――。



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あの夏の終わり、夜空の下で 君と見た光を。 ほしレモン @hoshi_lemon

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