2 終わらない絶望

「俺さ、転校するんだ」


 その言葉は、どこか諦めを含んでいた。

 そして、悲しみも。


「どうして、です、か……?」


 あまりの事実に言葉がつまってしまい、そう聞くのがやっとだった。


「どうして、かあ。話すと長くなるから、中庭移動しよ?」


 その言葉に、小さくうなずいて、彼の背中を追っていく。

 どうして、この時期に、転校……。

 卒業まで、一緒にいられると思っていた。

 それが、できないなんて。


 静かにベンチに座って、彼が話しだすのを待つ。


「あのさ、俺、目、見えないんだ」

「え……」


 目が、見えない……⁉

 私の反応を見て、彼が笑いながら否定する。


「違う違う。生まれつきじゃなくて、ある事故が原因でさ、その日から、自分でもわからないくらい遅く、でも確実にだんだん視界が狭くなってくるんだ。で、最終的にはぼやけちゃうんだ」


 彼は、いつもの笑顔を崩さず、ただ私に語りかけている。

 衝撃的な事実に、目を見開く。

 そんなことになっていたなんて……。


「今は見えてるよ?でも、視界が悪い。なんか、霧みたいなのが漂ってる感じ?」


 それって、どんな感じなんだろう。

 わからない。分からないけど、そこで一つの疑問が生まれる。


「あの、バスケ、できるんですか……?」


 私のその言葉に、山崎さんが「うん」とうなづく。


「できないことはないけど、三年になってさらに見えなくなった。去年の春はそれほどひどくなかったんだけど、ひどくなり始めたのは、去年の夏かな」


 夏……。

 あ、だから、一緒に行った、夏祭りで……。


『くそっ……今日に限って、見えない……っ』


 あれって、こういう意味だったんだ……。


「治せるんですか……?」


 私はせめてもの救いを求めるために、そう尋ねる。


「うん。治そうと思えば、治せるよ」


 治せる……!

 私の目が輝きを取り戻す。

 でも、それを見て、山崎さんがまたも残酷な一言を告げる。


「治る確率は、10%……。ちゃんと治るのは、十人に一人だけ」


 その言葉を聞いて、目の前が真っ暗になる。

 そんな、そんなことって……。


「成功しても、治るかどうか……。失敗したときには、失明するケースもあるんだって」


 淡々という彼の意図が、読み取れない。

 どうして、そんなに冷静でいられるの……。

 そう思っていたら、彼の目から、一筋の涙がこぼれる。


 ――なんのけがれもない、透明な涙だった。


 うつ向いて、顔を手で覆いながら、それでも話してくれる。


「だから……っ。しっかりと治すためにも……っ転校しようって、なった……っ!」


 なんといえばいいんだろう。

 きっと、何を言っても……。今のあなたにはなにも届かない。

 すべて、跳ね返されてしまうから。

 せめて私の放つ言葉がとげにならないように、静かに見守る。


「でも、まだ、少しでも長くここにいたかったから……っ。大会が終わったら、転校するっ……」


 苦しそうに言う山崎さん。

 自分でも気づかないうちに頭に手をのばして、そっとひっこめる。


「山崎、さん……っ」


 一気に、私の中にあった想いが、溢れそうになる。


 ――あなたが、好きです。

 

 必死に、あふれ出す気持ちにブレーキをかける。


「なに……?」


 弱々しく言う君は、もういつもの君じゃないみたい。

 私が力になるよ。

 なんの助けにもならないかもしれないけど、私が、そばにいるよ。


「私はっ……信じてます……っ!」


 また、どこかで出会えること。


 自分の想いに蓋をして、ただ、精いっぱいの想いを届ける。


はたして彼にその言葉がどう届いたのかは分からないけど……。


「葵ちゃんに、話して、よかった……」


 そう、いつもの笑顔をわたしに向けてくれる君は。

 私のこと、少しでも覚えていてくれるかな。

 私は覚えているよ。


「かっこ悪いとこ、見せちゃったね。……あのさ、最後の俺の願い、聞いてくれる?」


 最後、の?


「あのさ、よかったら、大会、見に来て。伝えたいこと、あるから」

「分かりました……っ!」


 何も考えずに、即答する。


「じゃあ、引き留めて悪いね。今日も俺がカギ閉めるから、帰りな?」


 そう言われて、手から鍵の重みがなくなる。


 そして、全ては夏の大会に動く――。

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