1 大きな悩みとは
【悠河side】
7月19日。
土曜日の練習にて。
体育館にある、ぬるくなったスポーツドリンクを飲みながら、ぼーっと体育館の天井を見つめる。
そばに置いておいたボールがころころと転がり、足でこっちに寄せる。
普通の練習の後、残って自主練をしていいことになっていて、1時間くらい自主練をしてから帰るのが最近のルーティーンだ。
……いや、女バスの練習が終わる時間が1時間後だから、と言うのもある。
着替えて、バックを持ち、隣の体育館の方へ向かうと練習が終わったあと、残って話をしている声が聞こえてきた。
ちらり、と見てみると残っていたのは葵と、友達の彩ちゃん。
俺の視線に気が付いたのか、葵が嬉しそうな顔をしてこっちに向かってきた。
その様子にふっと笑いがこみあげてきて、思わず笑ってしまう。
「まだ練習していたんですか……お疲れ様です」
「うん、大会前だしね」
女バスが終わるのを待っていたんだよ、なんて死んでも言えない。
だが、言わなくても友達の彩ちゃんには伝わってしまったようだ。
俺のことを見てにやにやとしている。
「なーるほど。事情は察したよ、悠河君」
「黙っておいて。もし言ったら、分かるよな?」
「うんうん、りょーかい」
面白そうに言う彩ちゃん。
こっちだって、弱みは握ってるんだからな。
二人でバチバチと見えない光線を放っていると、横から「あのう」と遠慮がちな声が届いた。
いけない、葵のこと忘れてた。
「葵は知らなくていいことだから」
「あ、悠河君が葵って呼び捨てにしてるー!へえ、なんか進展してるね?」
「彩ちゃんは余計なこと言わないでね?」
「ええー私、知ってることあるからあとで話そっかな~」
「あ、そう言えば前、陽向とデート行って、その帰りに……ふがっ」
「黙っておいてって言ったでしょ!」
俺がこの前ちらっと聞いたことを話そうとすると、あわてて彩ちゃんが俺の口をふさぐ。
もう帰るよ、と言って彩ちゃんが部室に行こうとしたとき、あ、そう言えば、と大きな声を出して俺の腕を引っ張る。
「葵ちゃんは行ってて、あとで行くからね!」
彩ちゃんがそう言うと、葵は不思議そうな顔をして部室に戻っていった。
「で、なんだよ」
「なんか機嫌悪い?めっちゃいいこと教えてあげるのになあ……」
さっきから、からかわれ、腹が立っているのはそうだが、いいことというフレーズに惹かれ、続きを急かす。
「で?」
「ふふっ、実はね、7月20日、葵ちゃんの誕生日なの」
7月20日⁉
が、葵の誕生日……⁉
「明日……⁉なんでもっと早くに言わなかったんだよ……」
「えへへ、知ってるかなーって思ったんだけど」
へらへらと笑っているが、俺はそれどころじゃない。
恋人同士になって、はじめての誕生日に何もないとか可哀想だよな。
と言うか、何あげたらいいんだ?
完全に動揺している俺に、彩ちゃんは顔を近づけてこそっと耳打ちしてきた。
「だーかーら。デートしちゃいなよ、デート」
「っ!!???」
デート。
「デ、デ、デートっ……⁉って何すれば……」
「は、まさかまだ行ったことないとか言わないよね⁉」
「行ったことない、かも」
「はあああっ⁉」
俺が思い出しながらそう言うと、彩ちゃんが俺の耳元で叫んだ。
それから「どうしていってないの」「恋人同士で逆に今まで何をしたんだ」とか、「恋人いて1年たったんだよ、1年!」とか、とにかくいろいろ言われた。
まあ、誘えばいいってことだよな、明日のデートに。
確か女バスも明日はないはず。
誘おうか。
実は行きたいところがあったんだ。
デート、それも誕生日という特別な日なのだから、しっかり考えないと。
そして、部室から出てきた葵に話しかけ、誘ったところ内心驚いているようだったが、喜んで応じてくれた。
第一関門は突破したが……。
次は、どこへ行くか何をするか、何を渡すか。
その夜、俺は明日のことで頭を悩ますことになったのだった。
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