1 光は差し込んだ
「きょうつけーれい、ありがとうございましたー」
そのかけ声で、土曜日の朝練が終わる。
そして、始まる。
「今日もお願いできますかー??葵?」
雑巾をもって、私に近づいてきたのは、ユリカさん。
私と同じ二年生だけど、権力の、すべてを持っている。
この言葉を聞いたら、私は首を縦に振る以外の選択肢はない。
ゆっくりと、うなずく。
「じゃあ、よろしくねー?ちゃんとやらないと、……わかるよね?」
そんなの、言われなくても……わかってる。
その時のことを思い出し、ぶるりと身震いする。
確か、あの時は……。
思い出すだけでも、恐ろしい。
あの時、本気で逆らわないと決めたんだ。
顧問の先生はいるけれど、気付いていないようだ。
私だけが何かやっていても、私のことをすごいという目でしか見ず、逆に私以外が何もやっていなくても、みんな忙しいんだろうと思う人だ。
しかも、あの先生はバスケのこと以外、気にしないような人で。
前の先生は、もうちょっと気にかけてくれるような人だった、けど。
みんなが帰って、私は水道へ向かう。
まだ夏だから……ちょうどこのくらいの冷たさが気持ちいい。
丁寧に雑巾を洗い、ついでに顔も洗って、さっぱりさせる。
雑巾をきれいに干して、部室の鍵を閉めて、いざ、帰ろうとなったとき。
あれ……。
体育館の鍵が、空いてる……?
まだ誰かいるのかな……。
あ、忘れるところだった……!
今日は女バスの鍵当番だから、やらなきゃ……。
持っていた荷物を下ろし、体育館のドアの隙間からのぞき込む。
ダン、ダン、ダン、とドリブルをする音が聞こえて、男バスか、と一人納得する。
待っていようかな……。
その人に声をかけることも考えたが、とてもそんな勇気はないし、何より、このことがばれた時、また何かしら言われるに違いない。
素直に待ってよう……。
そう考え、持ってきた本を読んで、待つこと30分。
まだかな……。
一応、男バスの活動時間も過ぎているから、もう少しで来ると思うんだけど……。
ちらり、と見てみる。
あ、あの人、確かキャプテンだった、ような……。
男バスの中でも一番うまいって噂の、名前は……山崎さん。
どうやらシュート練習をしているようで、とても熱心にやっている。
目の前のコートで、スリーポイントが入る。
続けて、二本目も、入る。
それを見ていると、目が奪われて、息ができなくなる。
――ただきれいだと思った。
フォームも、入ったときの、音も。
完全に目を奪われていた私は、無意識のうちに「すごい……!」と声を上げていた。
その声が、静かな体育館に響く。
そして、その声に気が付いた山崎さんも、私に気が付く。
何で声を上げたんだろう、えっと、どうすれば……?
「もしかして、鍵当番か?ごめん、待たせたよな」
「あ、いえ、全然待っていないので、安心して下さ……」
近づいてきた山崎さんが、私の言葉が言い終わらないうちに、手の中にある鍵を取る。
「まだやるから、今日は俺がやるよ。お疲れ」
「あ……」
重みの無くなった手を、見つめる。
そこには、わずかなぬくもりが残っていた。
忘れるはずがない日。
私の全てが変わり始める日。
今日、7月1日。
私の、14回目の夏が来る。
見上げた部室棟には、朝顔が咲いていた。
2週間後には……夏休みだ。
毎年、夏と聞くだけで嫌だった。
でも。
――今年の夏は、何かが起こる予感がした。
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