7 大空洞の村


ポコロ族の村は、大樹のまんなか、みきにぽっかりとあいた大空洞だいくうどうのなかにある。


アンナとニックは、荷車に焼きたてのお菓子をつめるだけつめて、ちいさな家を出発した。


枝道えだみちを西へ進むにつれて、しだいにあたりが暗くなり、緑のにおいが濃くなっていく。

みきの周辺は、いつもこんなかんじだ。

昼でもどこかうす暗く、じめじめとコケむしている。


日あたりのよいアンナたちの家のまわりとは、えらいちがいだ。

いくえにもかさなった大樹の枝葉えだはに、太陽がさえぎられ、空さえもろくに見ることができない。


しかしながら、そのぶあつい葉っぱのカーテンのおかげで、村はいつも、つめたい雨や風から守られている。

――だがしかし、嵐となれば話はべつだ。


「あ、いま、風笛かざぶえが鳴ったわ」


アンナの耳に、遠くで尾をひくような低い音が、かすかにきこえた。

風笛かざぶえとは、大樹のあちこちにつりさげられた筒状の笛で、強い風が吹くと、自然に音が鳴るようにつくられている。


重く大気をふるわすその音色は、嵐が近づいてくるまえぶれだ。

しかしまだその音は弱く、村の人たちには届いていないだろう。


「……いそごう」


ふたりは足をはやめて、荷車をおす手に力をこめた。



   *     *     *



しばらくいくと、目の前に巨大な壁が見えてきた。

いや、壁ではない。それは、あまりにも圧倒的な、大樹のみきだ。


そそりたつ絶壁のような幹のなかほどに、ぽっかりとあいた大きな穴。

あれこそが、ポコロ族の村の入口である。


そぼくな幾何学きかがく模様もようが彫りこまれた巨大な門をくぐると、なかは吹きぬけの大広間になっていた。


首が痛くなるほど高い壁面には、広間をぐるりととりかこむ回廊かいろうがなん層もかさなり、その奥からにぎやかな音や話し声がもれてくる。


回廊のむこうには、大小さまざまな横穴があいていて、そのさきに家や、お店や、図書館などがひしめくようにならんでいる。


横穴は迷路のようにいりくんでいるため、それぞれの通路のさかいには、あざやかな織り目の布が、空間を遊ぶようにたれさがっていた。


アンナは瞳をほそめて、ほう、とため息をついた。

壁や床は、ほとんどが光るキノコやコケにおおわれていて、大空洞だいくうどうの全体をほんのりと明るく照らしている。


そこはまるで、光と色の洪水のようだった。


「いつきても、ここはにぎやかね!」

「うん」


ふたりは足ばやに、大広間のまんなかにある市場へとむかった。

お昼すぎという、もっともにぎわう時間帯だけあって、市場へとつづく道はたくさんの出店で活気づいている。


にこやかに声をかけてくれる村人たちへ、手をふりかえしながら、ふたりは市場のはしに荷車をとめた。

そこには、大きなニレの切りかぶがあって、お菓子をならべるにはうってつけなのだ。


なれた手つきで、赤いチェックのテーブルクロスをひろげ、おばあちゃんのケーキやパイを荷台からおろしていく。


そうこうしているうちに、いつのまにか、ふたりの周囲には人だかりができていた。


「おや、東の枝のふたごじゃないか! 元気にしてたかね?」

「あらまあ! そっちの枝では、もうポムの実が食べごろなの?」

「焼きたてのいい匂い! おひとつくださいな!」


あっというまにお客さんが集まってくる。

アンナは、あわててたちあがると、両手をひろげて声をはりあげた。


「ま、まってまって! 順番にならんでくださーい!」


それからは、目がまわるような忙しさだった。


ちなみにポコロ族のお金は、特別な焼き印をおした〝どんぐり〟である。

パウンドケーキはどんぐりひとつ。パイもひときれ、どんぐりひとつ。焼きポムとコンポートは、どんぐりふたつと交換だ。


アンナが注文をうけてお菓子をわたし、そのうしろでニックが、せっせと切りかぶに商品をならべていく。


あんなに大量にあったお菓子の山は、みるみるうちになくなっていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る