3 どんぐりパンの朝ごはん
今朝の食卓は、どんぐりの粉でつくったパンに、キノコとタマネギのスープ、ふわふわのスクランブルエッグと、春みかんを砂糖で煮つめたママレードティーだ。
アンナは大きな丸太のテーブルについて、こげ茶色のパンをむんずとつかんだ。
大樹の枝はその巨大さゆえに、
春は、あまずっぱいイチゴに、香ばしいキノコ、フキやワラビなどのほろにがい野草。
そしてこれからの季節は、夏のみずみずしい果実が、かぐわしい香りとともに、枝がしなるほどたわわに実る。
一年でもっともいそがしい時季だ。
アンナは、パンに野イチゴのジャムをたっぷりとつけた。
そのままいきおいよくかぶりつけば、こんがりと焼けた皮はざっくりと香ばしく、中はふっくらとした生地に、あまずっぱいジャムがしみこんで、口いっぱいにジュワリと幸せの味がひろがる。
どんぐりパンには、やっぱり野イチゴのジャムにかぎる。
たちまち、からっぽだったおなかの底から、じんわりと元気がわいてきた。
おばあちゃんのいうことは正しかったのだ。
ほんのちょっぴり
そのとなりでは、ニックが、パンにハチミツをぬっている。
ふたごといえども、食べ物の
ニックは大のハチミツ好きだ。
彼いわく、場所によって、ミツバチが集めてくる花のミツがちがうらしいのだ。
「どんぐりパンには、やっぱりレンゲのハチミツにかぎるね」
「……そう」
アンナには正直、どれも同じ味にしか思えない。
しかし、のどまで出かかった本音は、キノコのスープといっしょに飲みこんだ。
もしここでポロッと皮肉でももらそうものなら、たちまち長くてこむずかしい『ハチミツ講座』がはじまってしまう。
ニックときたら、ことあるごとに、本で読んだばかりの知識をアンナにもひろうしたがる。
しかしこういう時の彼の話は、まるで呪文のように意味不明で、アンナには半分も理解できない。
こればっかりは、たとえふたごでも、永遠にわかりあえる日はこないのだろう。
しかしながら、ふたりのいちばん好きな食べ物――〝
大樹は、初夏になるとその枝にとても大きな実をつける。
ポコロ族は、この実を〝ポムの実〟とよんでいる。
アンナとニックは、この実でつくるお菓子が大好きなのだ。
ポコロ族にとって、ポムの実の収穫は、まちにまった一大イベントだ。
毎年この季節になると、中央の村では盛大なお祭りがひらかれ、はなやかな屋台にポムの実の料理やお酒が山もりになる。
そのなかでも、とくにおいしくて人気なのが、アンナのおばあちゃんがつくるパウンドケーキだ。
おばあちゃんは料理の名人で、ときおりジャムや保存食を多めにつくっては、村の市場におろしている。
最近は足がきかなくなってきたので、おばあちゃんのかわりにアンナとニックが届けにいくのだが、市場におばあちゃんのお菓子がならぶやいなや、すぐにお客さんがやってきて、あっというまに売り切れてしまう。
その光景を目にするたびに、アンナはとても
そんなおばあちゃんのケーキを、誰にもじゃまされることなく、おなかいっぱい食べられるのは、かわいい孫だけの特権だ。
今年もそろそろ、大きくそだった実がほんのりと赤く色づき、甘い香りがただよいはじめている。
ぼちぼち収穫してもよいころだろう。
そこまで考えて、アンナは「あれ?」と首をひねった。
なにか、大事なことを忘れているような……。
「あぁああーッ!」
とつぜん、大声をはりあげたアンナに、おばあちゃんとニックの体が飛びあがった。
しかしそんなことを気にしている場合ではない。
アンナはバンッと、力いっぱいテーブルをたたくと、いきおいよくたちあがった。
「たいへん! 嵐でポムの実が落ちちゃうわ!」
「あっ!」
ニックもハッと息をのみ、ふたりは同時に窓の外を見た。
家の近くになっている実は、まだほとんどが青くかたい。おそらくは、強い風が吹いても、もちこたえてくれるだろう。
問題は、
あそこは日あたりがよく、実もすっかり
へたをすると、今夜の嵐で、すべて落ちてダメになってしまうかもしれないのだ。
「ああ、そんなぁ……」
アンナはがっくりとうなだれた。
この一年、アンナは毎日笛を吹きにかよいながら、
というのも、まぶしい朝日をたっぷりとあびた風見台のところの実は、他の場所のどんな実よりも甘く、大きい。
おばあちゃんがつくってくれるケーキだって、あそこの実をつかったものが、一番おいしくできるのだ。
それなのに、いざ収穫できるという時になって、みすみす嵐なんかにうばわれてしまうとは……。
しょんぼりと肩を落とすアンナの姿に、おばあちゃんは「あらあら」と、ほほえましげに目もとをゆるめた。
「だったら、採っていらっしゃいな」
「「……え?」」
アンナとニックは顔を見あわせた。
「嵐がくるまで、まだ時間があるわ。すぐにいって戻ってくれば、だいじょうぶよ」
たしかに、いますぐ家を出れば、昼には作業を終えることができるだろう。
「やりたいことは、迷わずやっておしまいなさい」
そういって、おばあちゃんはふたりの背なかをやさしくおした。
「……ありがとう、おばあちゃん」
「そうと決まったら、善は急げよ!」
ごちそうさま、と両手をあわせると、ふたりはたちあがって、突風のようにキッチンを飛びだした。
「とびっきり大きな実を採ってくるからね!」
「いってきまーす!」
またたくまにちいさくなるうしろ姿へ、おばあちゃんはにこにこと、手をふりかえしてくれたのだった。
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