2 赤い屋根のちいさな家

ポコロ族の家は、みきや枝にぽっかりとあいたうろのなかにつくられる。


家の形にこれといった決まりはなく、それぞれが好みの枝を探しては、自由におもいおもいの理想の住みかをたてるのだ。


アンナとニックは、枝道えだみちをかけ走り、赤い屋根のちいさな家へと帰りついた。


青あおとしたツタにおおわれたくぼみに、こぢんまりとおさまった白壁しらかべ

そこには、大小さまざまな丸い小窓があって、そのうちのひとつから、とてもよい匂いがただよってくる。


「ただいまー! おばあちゃん!」


「たいへん! たいへん!」


ふたりは競うように玄関マットをふみこえ、細い廊下をドタドタと走りぬけた。


アンナたちの家は、ななめ上へむかってのびる枝のうろのなかにある。

けっして広くはないが、ちいさい部屋がいくつもあって、その数は両手の指よりも多い。

せまい廊下は迷路のようにまがりくねり、なかには、はしごを使わないとたどりつけない部屋もあるのだ。


アンナは、この冒険心くすぐるちいさな家を、とても素敵だと思っている。


おばあちゃんがいるキッチンは、東のいちばん奥にある。


開けはなった丸い窓から、さわやかな朝日がはいりこみ、かまどにかけた大鍋おおなべからたちのぼる湯気ゆげが、ゆらゆらといい匂いをはこんでくる。


いつもの、おだやかな朝の風景だ。

しかし、ふたりのそうぞうしい足音によって、その空気は一変した。


「嵐がくるわ!」

「嵐がくるよ!」


ふたりは同時にさけんだ。

あわただしい孫たちの登場に、大鍋をかきまわしていたおばあちゃんは、ゆっくりとふりかえった。


「あらあら、それはたいへんだこと」


のほほんとした声でこたえながら、ちいさなおばあちゃんは、かまどで焼けたどんぐりパンをお皿にならべ、ダイニングへもっていく。

ふたりの言葉に、あわてるそぶりはまるでない。


アンナたちは顔を見あわせた。

嵐というのがきこえなかったのだろうか?


いや、それはない。おばあちゃんはもともと、とてつもないのんびり屋さんなのだ。


アンナとニックは、バタバタとおばあちゃんのそばへかけよると、両わきから花がらのしゅうがはいったエプロンを引っぱって、かわるがわるに口をひらいた。


「ねぇ、嵐よ? 嵐がくるのよ!? いそいで家中の雨戸あまどをしめなきゃ!」

「外にほしているキノコや薬草も、とりこまないとダメになっちゃうよ!」


おばあちゃんは、そんなふたりの頭を、やさしくぽんぽんとなでた。


「そうかいそうかい。それなら、しっかりごはんをお食べ。ちょうど、おいしいパンが焼けたところなのよ」


「そんなひまないって!」

「いますぐ作業にとりかからなきゃ!」


せわしないふたりの態度に、おばあちゃんはすこし強い口調でいった。


「アンナ、ニック。たいへんな時ほど、おいしいものをたくさん食べなきゃいけないよ。それが、元気のみなもとだからね」


「「……元気の、みなもと?」」


ふたりはそろって首をかしげた。

おばあちゃんはたまに、こうやって、よくわからないことをいう。


「それにね」


おばあちゃんは、ふわりと笑うと、窓の外へ目をむけた。

開けはなった窓からは、そよそよと、ここちよい風が流れこんでくる。


「このぶんなら、夜まで嵐はやってこないよ」


なぜ、そんなことがわかるのだろう?

ふたりはますます困惑した。


アンナとニックのおばあちゃんは、うんと長生きしているぶん、とてももの知りだ。

もしかしたら風の声だって、きこえるのかもしれない。


とにもかくにも、こうなってしまったら、ごはんを食べおわるまで作業をさせてもらえそうにない。


アンナとニックは目くばせすると、大急ぎでスープを食器へよそうのだった。

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