4 収穫作戦

ふたりは小走りで玄関を出ると、家の西側をぐるりとまわって、裏の木戸きどをあけた。


なかはうす暗く、すこしほこりっぽい。

そこは、アンナの家に三つある倉庫のうちのひとつで、おもに外作業をするための道具がはいっている。


「収穫用のナイフでしょ。カゴは、これでいいかしら?」


自分の身長よりも大きなカゴを背おったアンナに、「ちょっとまって」と、ニックが声をかけた。


「いつもみたいに、実をこまかく切って運んでいたら、日が暮れちゃうよ」


大樹の実は、大人が数人がかりでなければ持ちあげられないほど大きい。

そのため、ふだんは実を手ごろな大きさにカットして、すこしずつカゴに背おい、枝道えだみちをなんども往復しなければならないのだ。


しかし嵐がせまっているいま、のんびりと時間をかけてはいられない。


「じゃあ、どうするの?」


アンナがたずねると、たちまちニックの瞳に光がやどった。


「ぼくにひとつ、いい考えがある!」




   *     *     *




「ニックー、これでいいー?」


アンナは、大きなクヌギの木へのぼり、下からこちらを見あげる弟へむかって、声をはりあげた。


「もうちょっと、ぎゅっとしばって! そうそう、そんな感じ!」


ニックの指示にしたがって、じょうぶなツタのロープを、力いっぱい枝へむすびつける。

ピンッ、とはられたロープが、木と木の高い位置で一直線につながった。


「よし、じゃあ次はあそこの木へのぼって!」

「おっけー、まかせて!」


アンナはかろやかな身のこなしで、枝から枝へと飛びうつり、ロープをつぎつぎと巻きつけていく。


ニックはときおり、手もとの紙をながめては、周囲の木々と見くらべた。

紙には、大きくのびのびとした文字で『東の枝の地図』と書かれている。


これは、アンナとニックがふたりでつくった、冒険の地図だ。

大きな木やきれいな花、おいしい果実や鳥の巣の場所などが、ことこまかく描きこまれている。


いまはまだ、ふたりの家から風見台かざみだいへとつづく枝道えだみちしか記されていない。


しかしいつの日か、大樹のすべての場所を探検して、ふたりだけの地図を描く。

それがアンナとニックの夢なのだ。


「ふぅ、あとすこしね」


ツタをむすびあわせたロープは、家の前にたつコナラの木を出発点として、終着点の風見台かざみだいまで、あとひといきのところへきていた。


「アンナー、次はあっちだよ!」

「わかったわ!」


枝からたれさがるツタをつかんで、アンナはふりこのように空中へ飛びだした。

くるり、と一回転して、となりの木へと着地する。

まるでリスのような芸当も、彼女にかかれば、そうむずかしいことではない。


頭のいいニックと、運動が得意なアンナ。

なんともちぐはぐなふたごだが、ふたりの息はピッタリだ。


そしてついに、長くのびたロープの端が、風見台をささえる東の枝へとたどりついた。



ざぁっ、と風が走り、視界がひらける。


どこまでもひろがる青空が、アンナたちの視界に飛びこんできた。

早朝の薄明うすあかりの下でながめる景色よりも、ひときわくっきりと輝く大海原おおうなばらは、すいこまれそうなほど深い群青ぐんじょういろにきらめいている。


アンナは、胸いっぱいに、大きく息をすいこんだ。

潮風しおかぜにのって、甘くみずみずしい果実の香りが、ふたりを歓迎するようにただよっている。


あたりには、まぶしいほど赤く染まったポムの実が、いたるところですずなりになっていた。


その大きさといったら!

今年はとくに豊作で、アンナたちの身長よりも巨大な実が、いくつもあった。


アンナはにんまりと笑って、意気ようようと弟をふりかえった。


「さーて、ニック。次はなにをすればいい?」

「ちょっとまって」


そういうと、ニックはリュックサックに手をつっこんで、がさごそとなかをあさった。

デコボコといびつにふくらんだリュックサックには、ニックお手製の秘密道具が、ぎっしりとつめこまれている。


「これだ!」


とり出したのは、がんじょうなあみ

それを風見台かざみだいにひろげると、ニックは得意げな表情でいった。


「ポムの実をこれでつつむんだ!」


ふたりは、たくさんある実のなかから、いちばん大きくて熟した実をひとつ選ぶと、網の上にのせ、すっぽりとおおった。


網の四隅よすみには、かぎ状のフックがついており、ニックはそれを大きな滑車かっしゃへつなげた。

そこまで見たところで、ようやくアンナもピンときた。


「まさか、ここまで引っぱってきたロープで、ポムの実を丸ごと運ぶつもり?」

「ご名答!」


そんなこと、本当にできるのだろうか。


「ほら、アンナもつかまって。出発するよ!」

「う、うん!」


ふたりは、家までつづく長いロープに滑車かっしゃを設置すると、網でつつんだ巨大なポムの実に、両側からしがみついた。


「「せーのっ!」」


タイミングよく枝をけり、滑車をロープの軌道きどうへのせる。

とたんに、いきおいよく車輪がまわりだした。


ロープは、進行方向へむかってゆるやかなくだりになっており、車輪がまわるたびに、どんどん速度をましていく。


風が耳もとを駆けぬけ、周囲の景色が、ものすごい速さでうしろへと流れていく。


「すごいっ、すごいわ!」


アンナは、歓声とも悲鳴ともつかない声をあげた。


「ニック、あなたって天才ね!」


これなら、あっというまに家までたどりつけるだろう。

しかし、そう喜んだのもつかのま、アンナはふと、ささいな違和感をおぼえた。


そういえば、ゴンドラのルートは一本の長いロープではなく、いくつもの短いロープをむすんでつなげたものではなかったか……。

つまり、このまま進んでいくと――。


その瞬間、少女はハッとした。


まっすぐはられたロープのさき、その進行方向に、大きなクヌギの木がたちふさがっている。


「ニック! このままじゃぶつかるわ!」

「…………」

「ねぇ、きこえないの!? はやくとまらなきゃっ!」


さけびながら、アンナは嫌な予感をおぼえた。


「……アンナ、落ちついて聞いて」

「いいから、はやくいいなさい!」


ニックはもごもごと、消えいるような声で白状した。


「ブレーキのこと、考えてなかった……」


木にぶつかるまで、のこり三秒。


「ニックのうっかりものぉおー!」


どーん、とけたたましい騒音とともに、ふたりは宙へ放りだされた。

頭からハギのしげみへつっこみ、目をまわすアンナ。

しばし放心状態で横たわる少女のまわりを、小鳥たちが迷惑そうに飛びまわっている。


「……ニック、だいじょうぶ?」

「な、なんとか……」


となりでは、同じようにニックがひっくりかえって、ぼうぜんと晴れわたった空をあおいでいた。

その横顔は、こころなしか落ちこんでいる。


「……ごめん、ぼくの考えが甘かったよ」


作戦が失敗したことを、気にやんでいるようだった。

アンナはいきおいよく体をおこすと、ニックの腕をつかんで、ハギのしげみから助けおこした。


「元気だして! はじめての挑戦に、失敗はつきものよ!」

「……そういうものかな?」

「そういうものよ!」


アンナはからりと笑うと、服についた葉っぱをはらって、いさましく腕まくりをした。


「まだ時間はあるわ。絶対に成功させて、おばあちゃんをびっくりさせましょう!」


アンナの前むきな言葉に、ニックはしばらくあっけにとられた様子だったが、やがてまゆをたらして苦笑した。


「……かなわないなぁ、アンナには」


「なあに?」

「いいや、おかげで新しいアイデアを思いついたよ」

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