18 結晶の森

その日の昼すぎ。

永遠につづくかと思われた樹壁じゅへきの斜面が、ふいにその雰囲気をかえはじめた。


ある地点をさかいに、大樹のみきが、白くかたくなっている。

しかもその変化は、根もとへちかづくにつれて、だんだんとあきらかになっていった。


アンナはものめずらしげに、大理石のようにすべらかな白い壁面をあおぎ見た。


「……不思議、まるで植物じゃないみたい」


さらにくだると、白い壁はじょじょに透きとおった虹色をおびていき、しまいには透明な結晶へとかわった。結晶の壁からは、するどいトゲのような柱がつきだし、枝葉のようにのびた突起が、森のようにおりかさなって、アンナの頭上をおおっている。


「……綺麗」


太陽の光が結晶のなかをキラキラと反射して、まるで巨大な宝石箱のなかへ迷いんだみたいだった。


神秘的なその光景に、アンナは、ほうっ、とため息をこぼした。

こんな風景、樹上のどこにもない。


天へとそそりたつ結晶は、かたくツルツルしていて、鋭利な断面はとぎすまされた刃物のよう。

ためしに、そっと手でふれると、指先が切れて血がにじんだ。


「――痛っ!」


その瞬間、アンナの脳裏で、ひとつのうわさ話がうかんだ。


「……針の森だわ」


根の国にあると伝わる、生者をつらぬく恐ろしい針の森。

まさしくこれが、その場所なのではないか。


「……噂は、本当だったんだ」


だとすると、大樹の根は、もうすぐそこにちがいない。


ドキドキと、胸がはやがねをうつ。

アンナは、なかば駆け足になりながら、鋭利な結晶を器用にくぐりぬけ、下へ下へと降りていった。





そしてついに、目の前がひらけた。


黄金色の夕日にいろどられた平地が、視界の果てまでひろがっている。


そこは、虹色の結晶でおおわれた、ひどく無機質な世界だった。

大地には、針の森とおなじく巨大な結晶の柱がたちならび、草も木もまったく生えていない。


アンナがいる場所は、結晶が崖のように崩れていて、地面まではまだだいぶ距離がある。


「どうしよう……」


かろうじて跳べない高さではないが……、問題は着地点だ。

あそこへ落ちたら最後、全身くまなく串刺しになって、まず無事ではすまないだろう。


「あとすこしなのに!」


アンナはきょろきょろと周囲を見まわした。


大樹の根は、どうやら結晶のなかをはって、海までつづいているらしい。

遠目にわずかな海面と、巨大な根っこがちらついている。


ニックがいるとしたら、きっとあのあたりだろう。

どうにかして、あそこまでたどりつかなければ。


その時、アンナは自分の真下に、黒い倒木が横たわっているのを発見した。


「あれだわ!」


アンナは荷物を放りなげ、倒木のそばへ落とすと、身をかがめていきおいよく跳び出した。

垂直の崖をななめに蹴りつけ、転がるように倒木の上へと着地する。


「わわっ!」


しかし、うまく跳び降りたはいいものの、その枯れ木はぬるりと粘着質な液にぬれていて、奇妙な弾力があった。あきらかに、樹木のたぐいではない。


アンナが疑問を感じた、その直後――。


突然、大気を震わす咆哮ほうこうとどろき、黒い倒木がずるりとうごめいた。


「きゃあっ!」


アンナはとっさにそれ・・へしがみついた。


驚いたことに、その正体不明な物体は、まっすぐに天へとたちあがり、没する太陽の金色こんじきの光で、ぬらぬらと不気味に照り輝いた。


アンナは声をうしなった。

それは、巨大なヘビのかまくび・・・・だったのだ。


「――……大蛇ナーガ


うわさは、迷信などではなかった。


根の国の番人――。

死者の国に、生者が足を踏みいれたとき、大蛇ナーガはその命を狩りとるという。


よりにもよって、その番人の真上に、少女は降りたってしまったのだった。

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