10 冒険手帳

通路は暗くいりくんでいたが、思っていたほど長くはなかった。


「なんだ、もう終わりなの?」

「……まって、ここに扉があるよ」


ニックのいうとおり、通路のつきあたりに、ちいさいが重厚な扉があった。


おそるおそるドアノブに手かかけると、カチャリ、とさびついた音がして、扉がわずかに動いた。

どうやら鍵はしていないらしい。


アンナとニックは、無言でおたがいの顔を見ると、覚悟を決めたようにうなずいた。

ゆっくりと、重い扉を開いていく。

そのとたん、木くずとホコリと油のいりまじった臭いが、アンナの鼻へなだれこんできた。


たて続けにくしゃみをしながら、ランタンをかかげると、空気中に浮遊するホコリが、キラキラと輝いて落ちてきた。


そこは、こじんまりとした奇妙な部屋だった。

壁には植物の標本や、鳥や動物の観察図などが、部屋を埋めつくすほどならべられ、床には、謎のガラクタが足のふみ場もないほど山積みになっている。


ふたりは、目の前の光景に、ぽかん、と口を開けてかたまった。


「……ここって?」

「……まさか……っ」


ドーム状の天井には、夜空の星の模型が飾られ、朝日がのぼる方角を季節ごとにしめした油絵が、色あざやかに描かれている。


部屋の中央には、古びた大きなテーブルがあって、そこには、ボロボロになった羽根ペンと何冊もの手帳がおかれていた。


「……まさか、おとうさんとおかあさんの、部屋?」


――まちがいない。

ここは、両親の秘密の部屋だ。


ふたりは、夢をみるような心地で、部屋のなかを歩いた。


ふと、アンナは、棚におかれていたナイフが目にとまって、おもむろに手にとった。

父の名前が刻まれたそれは、ずっしりと重く、しかし研ぎ澄まされた刃は、しずまりかえった冬の湖面のように美しい。


「……きれい」


そのナイフは、なんだかアンナの手に、しっくりとおさまった。


「アンナ! これを見てよ!」


ニックが、興奮したように頬を上気させて駆けよってくる。


「これ、おとうさんとおかあさんの――冒険手帳だ!」


そういって、日に焼けて古ぼけた本を、アンナの鼻さきへつきつける。


「ほんとう!?」


ふたりは夢中になって、本のページを開いた。

そこには、両親がたどった冒険の記録が、ことこまかく記されていた。


誰もいったことのない枝道えだみちのこと。

大樹のてっぺんにいる巨大な怪鳥のこと。

十年に一度しか咲かない、世にも美しい花のこと――。


(――本物だ。これ全部、おとうさんとおかあさんの字だ……!)


おばあちゃんが教えてくれた両親の話を、疑っていたわけではない。

しかしながら、いままでそれはどこか夢物語のような、遠いあこがれでしかなかった。


だがこうして、冒険の痕跡こんせきにじかにふれた瞬間――おぼろげなあこがれは、たちどころに色あざやかな現実へとかわった。


(――おとうさんとおかあさんは、本当に冒険家だったんだ!!)


興奮で、アンナは目頭が熱くなった。

心臓が、ドキドキと音をたてて高鳴っている。


こんなにわくわくすることが、いままであっただろうか。

ニックも、かつてないほど瞳をらんらんと輝かせて、一心不乱に冒険の記録を読みあさっている。


「アンナ、ここ! ここを見てよっ!」


とつぜん、ニックがあるページを指さした。

そこには、殴り書きのようなやや乱れた筆跡で、こうつづられていた。



『1285年 翠風すいふうの月 26日――嵐の夜、風見台かざみだいで不思議な光る玉を見た』



アンナは、ハッ、と顔をあげて、ニックを見た。


翠風すいふうの月の嵐の夜って、今日がまさにそうじゃない!」

「うん!」


ふたりはいきおいよくたちあがった。


「「行こう!」」

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