22 ふたりの冒険家
数日後の夜。
大樹の根の洞窟では、赤毛のふたごが、あわただしく駆けまわっている。
「アンナ、準備はできた!?」
「もうすこし!!」
たたきつけるような雨のなか、ふたりは手にランタンをにぎりしめ、ひとつの巨大な網を洞窟の水面にひろげている。
「本当にこんなのでだいじょうぶなの!?」
「たぶんね! そろそろくるよ!! のりこんで!!」
「わ、わっ、ちょっとまってーー!!」
ほどなくして、はげしい突風が吹き荒れた。
波がさかまき、洞窟の海面がぼこぼこと、沸騰したように泡だつ。
光る玉が、水をおしのけ、大気へと浮かびあがってきたのだ。
それらはすべて、巨大な網のなかにからめとられ、大きなひとつのかたまりとなって、ゆっくりと上昇をはじめた。
アンナとニックは、大急ぎで
直後、ひときわ強い暴風が、光る玉の群れを天空へとさらっていく。
たちまち、網にむすばれたロープがピンとのびて、ふたりをのせた袋は、ふわりと洞窟をはなれた。
「「飛んだーっ!」」
ふたりは、嵐の騒音にまけないくらい、大きな歓声をあげた。
袋から身をのりだして、下をのぞけば、結晶の森がみるみるちいさくなっていく。
頭上には、数百もの光る玉がよりあつまって、気球のようになった巨大な球体が、まばゆいばかりの光を放っていた。
その光景は、まるで巨大な満月が、夜空へと帰っていくかのようだった。
「忘れ物はない? おみやげは、ちゃんともった?」
「……おみやげって、たったこれっぽっちじゃないか」
心底がっかりした様子で、ニックはポケットから結晶のカケラをとり出した。
その言葉のとおり、彼らがもってきた荷物は、このちいさなカケラと、冒険手帳、そしてオカリナとナイフしかない。
「しかたないじゃない。重さで飛べなくなったら困る、っていったのはニックよ?」
「そうだけどさぁ~」
ニックは、なおも煮えきらない態度で、うじうじといいつのった。
こんな強攻策をとらなければ、大事なお手製の探検道具も、リュックサックごとおきざりにせずにすんだのだ。
本来であれば、アンナが降りてきた
しかしながら、大樹の根もとには、まだなん匹もの大蛇がうろついていて、それらとふたたび戦うリスクを考えたら、必然的に荷物を犠牲にせざるをえなかったのだ。
なごりおしげに、遠ざかる海岸を見つめるニック。
その肩を、アンナはポン、と軽くたたいた。
「また来たらいいじゃない」
「……それもそうだね」
ふたりは、おたがいの顔を横目で見ると、同時にニヤリ、とほくそ笑んだ。
彼らにとって、大樹の根もとは、もはや攻略ずみの場所なのだ。
ふたりの冒険手帳には、この数日で探検した結晶の森の記録が、びっしりと書きこまれている。
「家に帰ったら、さっそく地図を描かなきゃね!」
「これは骨がおれるぞー!」
ふふふふ、と、ふたりは楽しげに笑った。
ほんのすこし前まで、ふたりの冒険の地図は、家と風見台だけだった。
それが大樹を降りて、根の国までいってきたと知ったら、きっとおばあちゃんや村のみんなは、びっくりすることだろう。
「あ、そうだ。地図を描く前に、モニカとお茶会をしなきゃ」
そういって、アンナは首もとから、彼女にもらったお守りをひっぱり出した。
あの日、モニカはアンナのことを「勇気がある」といってくれたが、
「帰ったら、お礼をいわないとね……」
これすごい効力だったよ、と、ニックもおそろいのお守りを手にしていった。
ふたりはすこしのあいだ沈黙すると、まったくおなじタイミングで目くばせをした。
「……ニック、いまなに考えてたの?」
「……アンナこそ、いいこと思いついた、って顔しているよ」
ふたりは、ニッ、と口のはしをあげると、声をそろえていった。
「「結晶のカケラは、モニカへのおみやげにしよう!」」
勇気をもらったお礼に、これほどピッタリな物はない。
彼女なら、きっと素敵なアクセサリーに仕立てなおしてくれるだろう。
その時。ふたりの耳に、遠くで尾をひくような低い音がきこえた。
きょろきょろとあたりを見まわすと、東のほうの空が、うっすらと明るくなっている。
いつのまにか、嵐の渦を抜けたのだ。
眼下では、白い雲を毛布のようにまとった大樹が、朝の光をあびて、いままさに目覚めの時をむかえようとしている。
「「わぁっ!!」」
ふたりは感嘆の声をあげた。
大樹の全体像を見るのは、これがはじめてだったのだ。
雄大なその枝は雲をつき抜け、おいしげる深緑の葉は、天をもおおいかくさんばかり。
その大樹から、ふたたび重厚な音色が響いてきた。
「……この音って」
「
吹きつける風にその枝葉をゆらし、大気を震わせて、大樹が歌っている。
それはあまりにも、神秘的な光景だった。
「――……ねぇ、ニック」
雄大な景色をその瞳に焼きつけながら、アンナは胸をはった。
「さすがのおとうさんとおかあさんも、空から大樹をながめたことはないんじゃない?」
根拠などない。しかし、アンナには自信があった。
なぜなら、両親の冒険手帳に『光る玉をかき集めて、空を飛んだ』なんてムチャな作戦は、いっさい書かれていなかったのだから。
「――かもね!」
ニックも笑ってうなずいた。
その時、ふたりのちょうど真下を、バラバラになった
「「あっ!」」
だがしかし、嵐の渦を出ていきおいをうしなった光る玉は、ゆるやかな風に流されて、風見台の上空をとおりすぎていく。
このままでは、大樹からどんどんはなれて、海のまんなかで落下してしまうだろう。
もはや迷っている余裕はなかった。
「よし、飛び降りるよ、ニック!」
「えぇっ!」
とまどうニックの腕をつかんで、アンナはいきおいよく、大空へとジャンプした。
【了】
大樹の冒険 天川藍 @Amakawa_Ao
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