21 紺碧の洞窟

満天の星空に、白い月がさんぜんと輝いている。


大樹の根っこがからみあった海辺には、たえまなく波がうちよせ、砕けたしずくがアンナの頬にかかった。


その水は、不思議としょっぱかった。

アンナは思わず腕をのばして、暗い海面に手をつっこんだ。


「……わっ、つめたい!」


毎日、風見台かざみだいからながめているだけだった大海原おおうなばらが、こんなにもすぐそばにある。

アンナは信じられない心地で、ふふふ、と笑った。


「アンナ、こっちだよ!」


ニックに案内されてたどりついた場所は、大樹の根っこが複雑にからみあい、ちょっとした洞窟のようになっていた。


ニックは、その細い根っこのすきまから、洞窟の内部へとはいっていった。


人ひとりぶんしか通れない、そのせまいすきまをぬけると、そこには光り輝く幻想的な水面みなもがひろがっていた。


「わあっ!」


アンナは思わず息をのんだ。


海のなかで青白い光を放っているその球体は、まさしくあの日、風見台へ飛んできた謎の光る玉そのものだ。


ふたりはならんで水面をのぞきこんだ。

透明な光る玉が、まっすぐのびる海藻の森に、ぷかぷかと浮いている。


よく見ると、ゼリーのような玉の下には、なん本もの細い触手があって、それらがふわりと動くたびに、光る玉は優雅に水中を移動していった。


「これって、海の生き物だったのね!」

「うん!」


ふたりはついに、謎の球体の正体をつきとめたのだ。


「……アンナ、ここを見て」


すこしはなれたところで、ニックがアンナを手まねいた。

そこには、ひときわ大きな結晶が、月の光をあびてそそりたっている。


アンナは、その表面に、文字のようなものが刻まれているのを見つけた。


『1294年 花雨(かう)の月 8日――海へ出る。さらなる一歩を踏み出すために』


「……ニック、これ!」

「……うん」


それはまさしく、両親が刻んだものだった。

冒険家だったおとうさんとおかあさんは、この場所から、海のむこうへ旅に出たのだ。


「…………」


かつての両親がいた場所に、ニックといっしょにたっている。

アンナは、なんだか目尻が熱くなって、あわてて上をむいた。


ぽっかりとあいた洞窟の天井から、美しい月の光が、アンナとニックをやさしく照らしている。


ふたりはかたく手をにぎりあい、しばらく無言で、輝く結晶の柱をながめていた。



   *     *     *



おだやかな波の音が、夜の静寂しじまに心地よく響く。

どれくらいそうしていただろうか。


アンナはふいに、大樹の幹で出会っためずらしい生き物や、美しい風景のことを思い出した。


あの時は、樹壁じゅへきを降りることに必死で、とくに興味すらわかなかったが、いまはちがう。


アンナは、となりにいるニックを、ちらりとぬすみ見た。


あの金色の鳥や、翼のはえた白いヘビのことを話したら、ニックはきっと目を輝かせて飛びついてくるだろう。


アンナは急に、自分が経験した数日間の旅の話を、ニックに語りたくてうずうずした。


「ねぇ、ニック」


アンナが手をひっぱると、ニックは不思議そうにふりかえった。


「じつはわたし、あなたに話したいことが、たっくさんあるの!」


ニックは一瞬、ぽかん、としていたが、すぐにアンナの意図をさっして、にやりと笑った。


「……じつは、ぼくもなんだ!」


ふたりは鏡あわせのように満面の笑みをうかべると、大樹の根っこに腰かけて、おたがいの冒険について熱く語りあった。


笑ったり、驚いたり、怖がったり。

おなかが減れば、おばあちゃんのケーキをふたりで食べて――。


最高に楽しいその時間は、夜がふけてもつきることなく、朝がくるまでつづいたのだった。

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