12 光る玉

しかし、そうやって軽口をたたいていられたのも、はじめのうちだけだった。

道をすすむにつれて、だんだんと枝が細くなり、ゆれがひどくなっていく。


ときたま、ゴゴゴゴ、と腹に響くような重低音がするのは、すさまじい横なぐりの風が、大樹全体をゆらしているのだ。


めちゃくちゃに吹く風で、枝道は生き物のようにうねり、ふたりは泥だらけになりながら、すべり落ちないように、枝へしがみつくだけで精いっぱいになった。


しかしそうやって、なんとかぬかるむ枝道を歩きつづけていると、ついに視界がパッとひらけた。


ようやく、東の枝のいちばん端っこへたどりついたのだ。

とたんに、下からつきあげるような猛烈な風に襲われる。


「「わぁあっ!?」」


アンナはニックを、ニックはアンナの腕をつかんだ。

突風であおられそうになる体を、たがいにつなぎとめながら、しんちょうに風見台かざみだいへと降りていく。


あたりは、はてしない黒の暗幕におおわれていた。


「なんにも見えないね!」

「うん、なんにも見えない!」


不思議な光る玉はおろか、美しい空も海も、そこにはなかった。

ただ、息つくまもなく下から吹きあがる暴風が、このさきに底なしの空間がひろがっていることを、あんにふたりへ教えている。


「アンナ、残念だけど、今日のところは撤退てったいしよう!」

「えぇっ!」


風見台かざみだいへしがみつきながら、アンナはいやいや、と首を横へふった。


「せっかくここまできたのよ! もうすこしねばりましょう!」

「気持ちはわかるけど、これ以上はムリだよ!」


ニックのいうとおり、すさまじい嵐の渦でもみくちゃにされた風見台は、いまにもバラバラに壊れてしまいそうだった。


「でも……ッ!」


あきらめたくない。アンナは唇をかんだ。

ずっとあこがれていた両親の冒険が、けっして夢物語ではないのだと、この目でたしかめられるチャンスなのだ。


その時――。


曇天どんてんに稲妻がはしり、一瞬、周囲が真昼のように白く光った。

たてつづけに轟音が鳴り響き、ふたりはたまらず悲鳴をあげた。


雷が、すぐちかくに落ちたのだ。

まばゆい閃光で目がくらんだアンナは、恐怖で身をちぢこまらせながら、チカチカとかすむまぶたをこすった。


「二、ニック、だいじょうぶ!?」


とっさに、となりにいる弟の手をつかむ。

しかしどうしたことだろう。ニックは返事をしなかった。


「ニック……?」


アンナがうながすように肩をゆすっても、彼はこちらへふりむきもしない。

けげんに思ってとなりを見ると、ニックは無言で、暗闇を凝視していた。

その横顔は、ロウソクでかためたように、硬直している。


アンナは胸さわぎがして、彼が見ているさき――風見台の下をのぞきこんだ。


――なにか、ある。


視力が回復するにつれて、しだいにニックがなにを見ていたのかがわかった。

それは、光の粒だった。

とてもちいさな無数の光のカケラが、暗闇の底にまたたいている。


まるで、曇天の夜空から、星ぼしがすべて海へ落っこちてしまったかのようだ。


「なに、あれ……?」


ニックは首をふって、無言のまま、アンナの手を強くにぎりかえした。


光の粒が、だんだんと大きくなる。

ちがう。こちらへむかって、昇ってきているのだ。


おぼろな青い光をまとったその球体は、風にまかれ、宙を旋回しながら、舞うようにこちらへせまってくる。

そしてついに、ふたりのいる風見台を、謎の物体がとりまいた。


「―――!」


アンナは、言葉をうしなった。


――光る玉だ。

それは、にごった透明のゼリーみたいなものだった。


大きさはちょうどアンナの頭くらいで、形はマッシュルームのカサのよう。

丸くふくらんだ表面には、青白いスジが幾何学的きかがくてきな模様を描き、あやしげな光をおびている。


「……わぁっ!」


数えきれないほどたくさんの光る玉が、暗い嵐の夜空をいろどり、踊るように舞いあがる。


それは、あまりにも幻想的な光景だった。

ふたりは息をするのも忘れて、その美しい輝きに魅了された。


(――本当だったんだ。おとうさんとおかあさんは、本当に、冒険家だったんだ!)

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