13 嵐の暗闇へ

それは、ほんのつかの間の出来事だった。


天高く昇る光の玉は、瞬くまに雨雲のむこうへと飛びさり、あたりはふたたび漆黒の暗闇につつまれた。


まるで、夢でも見ていたかような、ふわふわとした感動にひたりながら、ふたりはしばらくぼうぜんとその場にたちつくした。


「……見た?」

「……見た」


にぎりしめた互いの手のひらは、じんわりと汗をかいている。

ふたりはゆっくりと顔を見あわせると、しだいに、噛みころすような笑い声をもらした。


「見たよね!」

「うん、たしかに見た!」

「光ってた!」

「すごい数で!」

「ぶわーって、飛んでったね!」

「あれは一体なんなんだ!?」


大興奮でまくしたてながら、ふたりは大声で笑いあった。


未知との遭遇――。これこそ、長年おいもとめていた冒険の醍醐味だいごみだ。

はげしく吹きつける風も雨も、もはやまったく気にならない。


ひとしきり語りあったふたりは、満ちたりた様子で、興奮さめやらぬ余韻よいんにひたった。


今日は最高の一日だ。

両親の秘密の部屋を見つけ、彼らの冒険が、現実のものだったと知ることができた。


奇跡のような光景は、あまりにも短い時間だったけれど、あの一瞬の出来事を、きっとこのさきも忘れることはないだろう。


アンナはふいに、ふわぁっ、と大きなあくびをもらした。

とたんに、ここちよい眠気と疲れがしのびよってくる。


思いかえせば、今日は朝から働きどおしだった。

くわえて、いつもならとっくにベッドで眠りについている時間である。

アンナは重たいまぶたをこすると、ニックへふりかえった。


「……帰ろっか」

「うん、帰ろう」


なごりおしさを感じながらも、ふたりは手をつなぎなおして、きびすをかえした。



――しかし、次の瞬間。


すさまじい突風の大波が、ふたりのあいだをかけぬけた。


直後、風見台かざみだいが嫌な音をたてて壊れ、バラバラになった破片が、ふたりの体へたたきつけられる。

足もとの床板が崩れさり、少女の体は、たちまち宙へとほうりだされた。


アンナは、声にならない悲鳴をあげた。

とっさにちかくの枝へすがりつき、からくも落下をまぬがれる。


しかしその時――少女の瞳に、信じられないものが映った。


「――……え?」


虚空こくうに、ニックの体がなげだされている。


「待っ――!!」


アンナはとっさに腕をのばした。

指さきに、深緑色の防水マントがかする。


しかしその感触を最後に、ふたごの弟は、みるみる木の葉のようにちいさくなって、暗い嵐のむこうへとみこまれていった。


「……ニックーーーッ!!」


意をけっして、アンナは風見台かざみだいから下へとのびる細い枝へ飛びうつった。


「あぁっ、そんな、ニック!? ニック! ニック!!」


枝から枝へ、なかば転がり落ちるように、不安定な足場をおりていく。

しかしそれは、すぐに終わりをむかえた。


風見台かざみだいがある場所は、大樹のもっとも下層に位置している。

これより下には枝はなく、断崖絶壁だんがいぜっぺきともいうべき大樹のみきが、奈落の底までつづいているのだ。


アンナは、細い枝に宙ぶらりんになって、行き場をうしない、とほうにくれた。


その時――突然、下から突きあげるような風が吹き、少女の体は後方へと吹き飛ばされた。

枝道えだみちにたたきつけられ、アンナはなすすべもなく、体をまるめながら転がった。


たてつづけに、稲妻が天を割るような音をたてて落ち、黒々とした雲海に光が走る。

まるで、この世の絶望をかきあつめたような情景に、アンナはしばしぼうぜんとした。


「――……ニックが、落ちた」


そうだ、落ちた、落ちたのだ。

アンナの頭は、ようやく目の前でおきた現実を理解した。


「どうしよう、どうしよう……」


考えても考えても、よいアイデアなどうかばない。

こんなとき、知恵をかしてくれるかしこい弟は、たったいま目の前で消えてしまった。


ニックはもう、いないのだ。


アンナは枝さきへにじりより、はるか下をのぞきこんだ。

とぐろをまいた黒雲が、ときおりするどい閃光を放ち、さかまく突風を吹きあげている。


とたんに、ぞくり、と背筋に震えがはしった。

腹の底が凍りつくような恐怖が、少女の手足をしばりつける。


――大樹から落ちて、生きていられるわけがない。


万が一、運よく助かったとしても、大樹の下には〝根の国〟という死者の国があって、怖ろしい怪物が待ちうけているという。


それでも――、アンナはたちあがった。


「……助けなきゃ」


大樹をおりて、ニックをさがしにいかなければ。

もはや選択肢など、ひとつしかない。


アンナは全速力で、もときた道をひきかえした。


たとえ望みがほんのわずかだったとしても、この目でたしかめるまでは、絶対にあきらめない。

そう胸に誓って。

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