バビニク・アイドル・コンテスト編《上》

一生擦りますよ


 

「――暇ぁッ!」

 

 静寂を切り裂くように、ジーニアスが突然天井に向かって喚いた。

 

 シノビマスルの里から帰還してしばらく経ったが、それ以来一件も依頼らしい依頼はなく、ジーニアスの天才的魔法の力を見る機会もなくなっていた。それもそのはずで、そもそもがジーニアスに届く依頼は高額な依頼料を必要とする。高額ということはどこからも達成困難とされ、たらい回しにされたような依頼ということに他ならない。そして、ジーニアスほどの魔法使いを必要とする依頼がそうそうあるはずもない。

 

 一時的とはいえ学校に行く必要がなくなって暇なのはプエルも同じだったが、プエルはその間にもC級の護人ガードとして妥当な依頼を受けていた。だがそれも、同伴したジーニアスが飽きて寝転がったままでも解決できるようなものばかりだ。他の護人ガードから眷属デーモンに関係する話を耳にしても、ジーニアスの意向を聞いた以上はそれも身を乗り出してジーニアスに報告するわけにもいかない。

 

「俺はやらねえ」と、ジーニアスは言った。宴の席で、ぐいと酒を飲み干した後、ジーニアスは確かに眷属デーモンを殺す気はないと告げた。周りの者たちは驚愕し、詰め寄ったが、ジーニアスの意向は揺るがなかった。


眷属デーモンだからって、全部殺すのかよ? それじゃあ、次の眷属デーモンはおまえらなんじゃねえのか?」

 

 ジーニアスの言葉に、皆が口を閉ざした。復讐すれば必ず遺恨が残る。何もしていない眷属デーモンからすれば、眷属デーモンにとっての〝悪〟は人間になる。知性がある以上は、それは人間同様に起こりうる。復讐の連鎖は止まらない。もちろん、眷属デーモンを滅ぼせば罪は罪ではなくなる。遺恨は存在しないものとなる。だが、それが知性ある生き物のすることなのだろうか。しかし、今も魔物や眷属デーモンによる被害報告は上がっている……シノビマスルの里から帰った後も、プエルはそのことが頭から離れず、答えが出ないまま今もジーニアスのもとにいる。

 

 眷属デーモンに対してどう対処するにせよ、実力が足りていないのはシノビマスルの里の件で分かっているのだ。あのとき、ジーニアスに〝魔法の保持〟を教わっていなければ、あそこで死んでいた可能性が十分にある。それを思えば、実力を磨く方法を探すのに余念はない。とはいえ、努力するのは苦手だ。頑張って何かを成し遂げたくはない。できればラクをしたい。可能な限りに簡単に早く強くなりたい。そう考えたプエルが見つけたのが、〝魔法少女養成所〟だ。

  

「ジーニアスさん、〝魔法少女養成所〟って知ってますか?」


「あぁん? なんだそりゃ?」

 

「小さい女の子ばかりを集めてるらしいんですけど……」


「ふーん、そう」

 

「なんか、あんまり興味なさそうですね。女の子集めてるんですよ?」


「ロリコンじゃねえって言ったろ! どんな変態だと思ってんだよ!」

 

「そんな変態だなんて……小さい子を自分好みに育ててお嫁さんにしようとか言い出しそうな人だな、とかくらいしか思ってないですよ」


「おまえ、それベストセラー作家シキ・ムラサキの〝ヒカリとゲンジ〟だろ。それは別に嫌いじゃないけど、あれ創作物だからな。現実でやったらヤバい奴だろ」

 

「真っ当な意見だ……」

 

「それで、その養成所がどうかしたのか?」

 

「なんでも、すごい魔法使いが運営してるらしいんですよ。魔法の素養がなくても魔法使いにしてくれるとか……僕は女の子じゃないから入校は出来ないにせよ、何かしらヒントになるようなものは得られるかもしれないな、と思って」

 

「まあ、うん。おまえなら入れそうだけど」と、ジーニアスはプエルの可愛らしい服装を見ながらつぶやいた。小さな背丈から見上げる潤んだ瞳にやられて、それまで普通だった男でさえ間違いを起こしてもおかしくはない。「でも、かなりすごいことだな。魔法が使えるかどうかってのは基本的に天性のもんだ――って師匠が言ってたからな」

 

「行きますか?」

 

「うーん。養成所にはあんま興味ねーけど……そいつの顔くらいは拝んどくか」

 

「話は聞かせてもらったわ!」と、出入り口のドアをバンと開け放ちながら言ったのは、天才魔法少女の二つ名をほしいままにするマホだった。彼女はその場に立ち、腕組みをした。それは二人をここから逃がさないように、出入り口を封鎖しているようにも見える。

 

「マホちゃん、聞き耳立ててたんだ……」

 

「あたしも気になってたのよ、その魔法少女養成所っていうの。天才のあたしがもっと天才になれるかもしれないでしょ? 一緒に連れて行きなさいよね! 今度こそ!」

 

 シノビマスルの里へ行く際、一緒に行くつもりだったのを置き去りにされたことを根に持っているらしい。吊り目がちのその目からは何が何でも連れて行け、という固い意思を感じさせる。

 

 マホはプエルに手招きをして呼び寄せると、「このジーニアスとかいう変な人のことを徹底的に調べるわよ。協力しなさい」と耳打ちをした。プエルとしてもジーニアスの素性に関しては気になっていた。どこから来たのか、どうやってそれほどの魔法の力を手にしたのか――師匠がいることだけは分かっているが、詳細は全く本人の口から聞けていない。

 

「ジーニアスさん、マホちゃんも一緒にいいですか?」

 

「いいよ、別に」存外、ジーニアスはさほど事も無げに許可した。

 

「じゃあ準備してくるわ! ちゃんと待ってなさいよ!」

 

 よほど置いていかれることを危惧しているのか、マホはどたどたと飛び出して外の人混みを駆け抜けていった。静かになった室内で、ジーニアスは水晶魔法スマホで馬車を手配しはじめる。

 マホは美少女だ。街中ですれ違えば十人中九人は振り返るほどの特別さを感じさせる。それほどの美少女の同行が決まったというのに、ジーニアスはほんの少しも動揺していない。

 

「ジーニアスさん、マホちゃんには欲情しないんですね?」

 

「なんでキミは俺のことを獣みたいに言うの?」

 

「だって、僕と初めて会ったときに『俺の子を産んでもらおうカナ⁉︎』とか言ってたじゃないですか。マホちゃん、背丈もだいたい僕と同じくらいだし、年齢も同じだし……」

 

「いや、それは……ね? 忘れてください。あのときは切羽詰まってて……というか、切羽詰まってるって思い込んでて……サーセンッ! お子様は守備範囲外っす!」

 

「ふーん、そうなんですね」

 

「信じてない顔。まー、俺サヤって子ならイケるけどな」


「初めて会ったときに『俺の子を産んでもらおうカナ⁉︎』とか言ってましたからね」


「本日二回目! それ擦りすぎだよ! もはや持ちネタ!」

 

「一生擦りますよ」

 

「擦り切れて粉になるわ」


「サヤちゃんは確かに僕の二つ上で大人っぽいですし、結婚も出来る年齢ですけど……でもダメですよ、もう無理やり迫っちゃ。サヤちゃん何するかわかりませんからね」

 

「わかってるよ、俺は俺に興味ない奴には興味ないから……」

 

「まぁ、サヤちゃんは実質S級って言われるくらいの人だし、忙しそうなんで、たぶんジーニアスさんに会うことはないと思いますけど……」

 

 事実、サヤはここに顔を出していない。護人ガードとして依頼を受けているはずの協会で会う事もない。意外にも、こちらから連絡しない限り連絡をしてくる事もない。仲の良い幼馴染と自負するプエルとしては、少々寂しくもあったが、それだけ困っている人たちから必要とされているという事でもある。同じ村の出身として、そして同じ護人ガードとして誇らしくもあった。


「噂すると来ちゃうかもしれねえ。目の前でベタベタされてもウゼェし、見つかんねえうちに行くとするか。街の外で合流するってマホに連絡入れとけ」

 

「ごめん、サヤちゃん……」

 

 ジーニアスの言い分は酷いものだったが、暴走したサヤの厄介さは十分に身に染みている。そしてマホが一緒に来る以上、サヤの暴走は想像に難くない。初めから選択肢は一つしかないのだ。二人は急いで準備を済ませ、ジーニアスの事務所を後にした。

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