ロリコンロリジジイ
王都パルティーダを西に抜けると、ナリットという街が隣接している。ナリットは王都に比べれば小さな街だが、短い林道を挟んで王都と隣り合っていて、街同士の交流が深い。たとえばナリットで作られた工芸品は信用性が高く、ナリットの人なら信用できるという考えがある。絢爛豪華な王都に住むには収入が心許ないという人たちは、比較的住みやすく信用を得られやすいナリットに居住し、また王都側も他地域からの労働力を得られる上に住まわせるための土地を提供せずに済むなど、さまざまな部分で相互関係にあるといってもいいだろう。このナリットに、魔法少女養成所があるのだと地図上に記載がある。
「このあたり、僕の村が近いんですよね」
林道を抜ける頃、プエルはふと
「寄ってくか? 急ぎじゃないし」
ジーニアスは馬をまっすぐに走らせながら言った。今回は馬に魔法でターボ機能を搭載せず、ただの御者のようにのんびりとしている。
「うーん……」と、プエルは少し考える。村中から期待を背負って出てきたわりには、仮のC級
「ふーん、そうか。まあ、俺は別にどっちでもいいけど」
ジーニアスの興味無さげな返答を聞くやいなや、隣に座っていたマホがチラチラと目配せをした。「聞きなさいよ」と、そう言いたげな顔つきだ。プエルにとっては無意識だったが、故郷の話が出てきたのをチャンスと捉えたのだろう。もちろん、ジーニアスの身辺調査のチャンスだ。
「あー、故郷といえばー、ジーニアスさんってどこ出身なんですかー?」
「なんでそんな棒読みなの?」疑問を口にしながらも、ジーニアスはやや視線を斜めにやった。「うーん、俺は孤児みたいなもんだからな。出身らしい出身はねえけど……しいて言えば、師匠たちの家を渡り歩いてたから、世界中が故郷みたいなもんか。王都には来たことなかったけど、シビリザシオンとかロス・オプリミドスにもいたな。あとコルマクの近くとか」
「コルマクってエルフの里の一つじゃないですか! だから
「フッ、まあな……」と、ジーニアスはニヒルに笑み、それからすぐにバツが悪そうな顔でチラとプエルを見やった。「ごめん、インペデ麺……ってなに? ラーメン?」
「えぇ……?」
それはつまり、エルフの魔法である
「えーっと、ところでジーニアスさんの師匠っていったい……?」
これほどの才を持つ者にも、当然ながら師匠が存在する。その存在を隠すことなく、たびたびジーニアスは『師匠』と口にするが、これまでどこか恐れ多くてそれを聞き出すような真似はできなかった。しかし、マホに小突かれて初めてその存在に触れることに成功する。
「あたしも気になる! 紹介して!」
ここぞとばかりに、ガバッと前のめりになってジーニアスを見つめる。天才魔法使いジーニアス・ナレッジを育てた天才魔法使いなら、同じ天才である自分をジーニアスと同じか、それ以上の高みへと導いてくれるはず。そうした期待に満ちた、爛々とした目だ。
「魔法ならあのジジイだけど、マホを紹介すんのはちょっとな……」
「なんでよ! ズルいじゃない! あたしにも貸しなさいよ!」
「物じゃないんだから。いや、というか、そういうことじゃなくてだな……」
言いかけたところで馬車が止まった。安定して走っていたのを油断し、ジーニアスも目を離していたところへの急停止により、全員がその慣性に従って転がった。特にジーニアスは直接馬に乗っていたこともあり、馬上から地面へと頭から落馬した。滑稽にも頭が地面に突き刺さる。
「ジーニアスさん、大丈夫ですか?」プエルが打った腰をさすりながら荷台から顔を覗かせると、ジーニアスは「いてえ」と呟きながら地面から頭を抜いた。天才魔法使いジーニアス・ナレッジはこの程度のことでは擦り傷ひとつ負わない。「何なんだよいったい……」
「ねえ、なんか人がいるんだけど……」
マホの視線が向かう先は、先ほどまでの馬車の進行方向だった。同時に、馬が突然止まった理由もはっきりとする。ただし、不自然な集団だった。下は幼い少女、上は熟れた熟女といった美しい女性ばかりで構成されているが、その全員がめそめそと泣いている。着衣に乱れはなく、乱暴を働かれたというわけでもない。それでいて、何かから逃げているふうではあった。
「おいおいおいおいおいおいおいおい」
ジーニアスが人妻風の熟女を見ながら口をぱくぱくとさせる。彼女の金色の髪が風に揺れ、まるで輝く絹糸のように柔らかく、太陽の視線さえも釘付けにしている。青い瞳は澄み渡る空を映し、優雅で知的な光を放っていた。彼女の姿は、まるで古典絵画から抜け出したような、上品で華やかな存在感があった。程よく引き締まった肉体は女性らしいなだらかなボディラインを際立たせ、それと相反するような豊満なバストを併せ持ち、その姿は、一瞥しただけで誰もが心を奪われる、まさに夢の中の幻のようであった――と、ジーニアスの目が雄弁に語る。
「ジーニアスさんまたバグっちゃった」
「バグったって何よ。目がキモいんだけど……」
「おい、おまえら俺の子を孕みたくて泣いてるのか? そんなに悲観しなくても俺は博愛主義だ。みんな平等に愛してやるし、ちゃんと全員に子種を分けてやるぞ」
「キモすぎる……いきなり何言ってんのこいつ……」
「病気みたいなものだから気にしないで」
あまりの悍ましさに腕をさするマホを宥めると、女性たちの向こう側に何者かがふわりと降り立った。何の気配もさせず、ジーニアスにさえ接近を気づかせず。彼女はまばゆい太陽の光を浴びながら立っていた。その髪は陽の光に照らされて艶のある桃色に輝いており、光のヴェールに包まれているかのごとく柔らかに揺れる。彼女の瞳は澄んだエメラルドグリーンをしていて、神秘的な雰囲気が自然の美しさと調和していた。襟と袖口に淡いピンクのラインが入った純白のセーラーカラーのブラウスに、大きなリボンが誂えられている。足元は白いニーソックスに、ピンクのリボンが付いた白いブーツでまとめられている。そのブーツの踵部分には小さな花のモチーフが付いており、それが彼女の一歩一歩を華やかに彩っていた。彼女の姿は、まるで天から舞い降りた一瞬の奇跡のような、まさしく〝空想上に描かれる魔法少女〟そのものと言えた。
「その方らはウチの生徒になる予定じゃ」
魔法少女然とした可愛らしい服装とは大きく印象の異なる、どこか古臭い喋り方だった。
「あぁん……?」ジーニアスは片眉をひん曲げて彼女の方を見やる。「なんだこのガキ、何が生徒だよ。邪魔だ、どけ。この女には俺の子を産ませるんだよ!」
「どっちが悪いかっていうとコイツの方が悪いようにしか見えないんだけど」
「シッ、マホちゃん! 聞こえちゃうから!」
「なんじゃあ、おぬしは……?」謎の魔法少女は、やはり古風に言って顎をさする。あるはずのない髭を触るような仕草だ。「見る目のない阿呆じゃのう。わしの可愛らしさが理解できんとは。おぬしにはお仕置きが必要なようじゃ。逃げ出しおった生徒候補もろともなッ!」
ジーニアスに対して喧嘩を売る人間が存在するということに度肝を抜かれたが、即座に〝普通はジーニアスの魔力が大きすぎて視認することができない〟ということを思い出し、プエルは彼女を止めようと慌てて手を出した。しかし、その手はぴたりと止まった。それは、彼女の放出した魔力がジーニアスの巨大な魔力の中でさえ尋常ではなく、まるでその場で爆弾が炸裂したかのようだったからだ。目を覆いたくなるような魔力の輝きに包まれ――次第に光は収束する。
「な……なんだぁ? あ? これって……」
まばゆい光に目を閉じていたジーニアスは、その変化を感じ取って喉を触り、己の体をまさぐる。
「チ……チンコがねえ! 声たけぇ! おっぱいでっか!」
ジーニアスは、高い身長をそのままに美女へと変貌していた。大きく飛び出したような乳房と対照的な、きゅっと締まった腰から膨らんだヒップが美しいエックスのような流線型を描く。プエルの胴回りとも変わらない太さの太腿が綺麗なプロポーションを際立たせる。そこいらのスーパーモデル顔負けの肉体となったジーニアスは、顔立ちも声も女性そのものになっていた。同じく光を浴びたプエルの体も女性へと変化していたが、本人以外にその変化を感じ取ることはできなかった。
「むひょひょほ! このラブラブリィ・ナレッジの
「
「おほーっ! 可愛らしいお嬢さんもおるのう! 天然物らしいすべすべのまっちろいお肌が……こう、な! たまらん!」
「ちょっ、なんなのよ、この子!」
腕に頬擦りし、脚を絡ませてベッタリとくっつく魔法少女に緩い抵抗をしながら、マホは二人に視線を向ける。相手が自分より幼い少女なだけに、強く拒絶することもできないようだった。
「この魔法完成したのかよ……」と呟いたジーニアスは、なおもベタベタとする魔法少女をマホから引き剥がす。「おいロリコンジジイ! なんだラブラブリィって! リブラリィだろ!」」
「ン? なんじゃ、おぬしジーニアスか。相変わらずどこにおるかわからん魔力じゃのう」
「ジジイがそうするように教えたんだろ。俺の魔力は特徴が強すぎるから、いっそ薄く広く伸ばすようにすれば存在がわかりにくくなるって……」
「そうだったかのう?」魔法少女はとぼけながら言うと、ちょうど自分の頭の高さにある、ジーニアスのふくよかな乳房の中央に人差し指をつんと押し当てた。
「んっ!」自分でも想像だにできない、嬌声じみた高い声が上がり、ジーニアスは咄嗟に腕で胸を隠して顔を真っ赤にした。「あ、あ……?」
「かわゆい声じゃのう、ジーニアスちゃん! むひょひょひょほっ!」
「テメェこのロリコンロリジジイーッ‼︎」
紅潮した顔はさらに烈火の如く燃え上がり、手は自然と魔法少女の細い首へと伸びた。指が首筋に触れるやいなや、力を込めてギューっと締め上げる。
「うわわわ! ジーニアスさん落ち着いてーっ!」
慌ててプエルが腕にしがみついて二人を引き剥がそうとするが、微動だにしない。女性化したジーニアスの筋力は大きく落ちていたが、プエルはそれを上回る貧弱だった。「何やってんのよ、もう!」と助太刀したマホと二人がかりでようやく鎮めることに成功する。
「ねぇ」全員疲れ果てて息を切らすさなか、恐る恐るマホが口を開いた。「リブラリィって……あの、勇者御一行の? 同姓同名とかじゃなくて……?」
「ああ、リブラリィ・ナレッジ。俺の師匠だ」
「「師匠⁉︎」」マホとプエルは同時に声を上げ、互いに顔を見合わせる。それからおもむろにリブラリィ、ナレッジの顔を見やる。幼い――。せいぜいが一桁歳を越えたばかりといった容姿に、見るからに少女趣味の衣装で、伝承上にある〝魔法を極めし賢人〟の姿とは程遠い。ただし、よく見れば、異名である〝歩かない大書院〟の通り、地面からほんのわずかに浮いている。
「リブラリィ・ナレッジ改め、ラブラブリィ・ナレッジじゃ! ラブリと呼んでくれい!」
ぶい、と人差し指を中指で立てて、喜色満面と言った笑顔で彼女は名乗りをあげた。
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