正論ムカつくッ!
天才魔法使いジーニアス・ナレッジの資格
王都パルティーダ随一の人気カフェ・オイシーゼのテラス席に座ったプエルは、昼下がりの陽光に包まれながら、色とりどりのパフェを手に笑顔で頬張っていた。その瞳には、甘美なスイーツと穏やかな午後のひとときから生まれる喜びが宿っている。道ゆく人々の賑やかな雑踏に取り囲まれながらも、プエルは自分だけの幸せな世界に身を委ねていた。
「んーおいしぃ〜! 学校帰りに一人で食べるパフェは最高だなぁ」
プエルが昼間からカフェでのんびり出来ているのは、今日が
「ジーニアスさん、今ごろ試験管相手にすごい魔法見せつけてるのかなぁ」
パフェの乗ったスプーンをぱくりと頬張り、ほうと空を見上げた。ジーニアスが向かったのは、ここ王都パルティーダから南西の方角に位置する、ヒガンテ大湿地といわれるB級討伐対象以上の魔物で溢れかえるような恐ろしく危険な場所である。マスタッシュから推薦を受けて最難関であるS級の資格を取るというので、ジーニアスについていって是非とも見物したいと思ったプエルだったが、試験会場がヒガンテ大湿地と聞いてすぐさま辞退した。怖いからである。怖いといえば、カフェ・オイシーゼの大きく迫り出した軒先を支える太い柱の陰からじっと静かに覗き続けている女の子も怖いな、とプエルは背筋に氷水を垂らされたような気分になりながら思った。
「あの!」と、思い切って勢いよく振り返る。「なんでずっと見てるの……?」
そこにいたのは、天才魔法少女と名高いマホ・マギアだった。彼女はぎくりとした顔で、しかし観念したのか姿を現し、腕組みをしながらつかつかと歩いてきてプエルを見下ろした。
「何してんのよ」
「えっ? こっちのセリフなんだけど……」
「あ?」と、マホは眉間に皺を寄せる。
「あっ、はい。僕はパフェ食べてました。美味しいんだよ、ここのね、あの」
「あんた、あたしのことバカにしてるでしょ」
「してないよ! なんでそうなるの⁉︎」
「あっそう。とことん隠すってわけね」
「隠すって何……? ごめん、ほんとに何もわからないんだけど」
「ふん。あんたが何をするのか監視してたのよ。そしたら、単にだらだらパフェ食べてるだけだし、そもそもずっとあたしの存在に気づいてたみたいだし……これじゃただあたしのお腹が空いてきちゃっただけじゃない! しかもそれ新作のパフェだし! あたしより先に食べるなんて! ムカつく! イチゴいっぱい! クリームふわふわ! ふざけないでよ!」
ふざけているのはおまえである。と言いたくなったのを堪え、プエルは手元のパフェを差し出した。たっぷりのクリームの下から存在感のある大粒のイチゴが覗いている。
「一緒に食べる? なんなら奢るけど……」
「えっいいの⁉︎ ありがと」と、はにかみながらいそいそと向かいの席に座ろうとしたマホは、ぴたりと手を止めて顔を真っ赤にした。「って違う! バカにしないでっ!」
「忙しい人だなぁ」と言ってパフェを頬張ると、マホはじっとそれを見ながら喉をごくりと鳴らした。顔は食べたいと悲鳴を上げているが、「くぅっ」とだけ呟いた。
「もういい。最初から調査なんかめんどくさいことする必要なかったんだわ。あんた、あたしと勝負しなさいよ。どっちが強いかはっきりさせるわよ」
「え、いやだよ。勝ち負けが分かりきった勝負なんてやる意味ある……?」
「はぁ⁉︎ 勝負にならないほど差があるって言いたいわけ⁉︎ ほんっとムカつく!」
「事実を言っただけなんだけど⁉︎ 僕とマホちゃんじゃ勝負になんかならないよ!」
「うぅーッ! ムカつく! ムカつく! ムカつくーッ!」
怒りで茹で上がったマホは両手に魔力を集中させた。右手に炎が渦巻き、左手には水流が渦を巻きはじめる。威力のことは考えず連射することに特化した
「待って待って待って! こんなとこで魔法使うの規定違反だよ⁉︎」
「うるっさい! 正論ムカつくッ!」
キレ散らかしながらも、プエルの言葉にマホは少しずつ両手の魔力を収めていく。
そんな時、地面が少し揺れた。マホの溢れ出る魔力による余波かと思われたが、そうではなく、揺れは次第に強くなった。かといって地震ではない。地震であれば、
「何なんだろ……この地震……?」
「家屋が倒壊するほどじゃあないみたいね。だけど、この感じ……もしかして」
マホは自身のこめかみに人差し指を当てて瞑目する。
『王都パルティーダにいる全
慌てた様子の受付嬢の声が鳴り響く
「ピンチだ」
「チャンスね」
二人は互いに真逆のことを発言したことに首を傾げた。
「あんたバカ? これなら討伐数であたしたちのどっちが強いのかハッキリさせられるじゃないのよ。ついでに戦功を挙げられて一石二鳥でしょうが!」
「いやいや! さっきの聞いてた⁉︎
ゆえにS級
「ふーん……それってつまり、あたしじゃ力不足だから引っ込んでろって、足手纏いだって言いたいんだ? どこまでもコケにする……っ!」
「言ってない言ってない」
「見てなさいよ。スタンピードなんかあたしが全部なんとかしてやるんだから」
苦々しく言うと、マホは王都の門へと向かった。ひとり取り残されたプエルは、テーブルに座ってパフェの残りを急いで胃袋に押し込むと、荷物をまとめてから一呼吸した。
「よし、避難しよう」
プエルはマホとは反対側へと駆け出した。まだそれほどの危機感を抱いていない人々はゆったりと歩いていたが、避難所へと急ぐ人々も点在している。彼ら彼女らに紛れながら、プエルの頭の中に響くのは『仕方ない』と言い聞かせる自分の声だった。
まだ学生で正式な
「ねえ、おかあさん。わたしたち死んじゃうの?」と、避難所の前まで来たところで、母と子の親子が話しているのを見かけた。母親は「大丈夫、
(僕はちゃんとした
それでも、心臓にグサリと刃を突き立てられたかのようだった。人々の
避難所の門扉が開放された時、カンカンカンカン――と幾度となく警鐘が打ち鳴らされた。それは簡単には追い払えないような魔物の群れが、王都の門にまで押し寄せてきた時に鳴らされる緊急警報だ。たとえ魔力が尽きて
プエルの小さい体は簡単に弾き飛ばされ、人の波に入れず避難所への流れには乗れなかった。しかし自然と門の方へと視線が向いたとき、避難できなかったことへの後悔の念は吹き飛んだ。見え始めた魔物の群れに向かっていくサヤの後ろ姿が見えたからだ。史上最高の天才剣士、さらにはS級も夢ではないとも噂されるサヤが戦えば、被害は最小限に抑えられるかもしれない。
(でも、それでいいのか? 僕は……)
サヤは剣士の家系であるブレイド家に生まれ、大きな期待を受けながらも臆することなく研鑽を続け、そして己の力を存分に活かせる場所を探し求めて
「あ〜〜もうっ! 僕だってサポートくらいなら……っ!」
サヤの背中を追い、プエルは震える脚をなんとか前に進めた。途中、ジーニアスに
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