決めたことは貫く!覚悟なら出来た!

  

「そうだ、ジーニアスさんに連絡を……っ!」


 防戦一方のシノカに加勢すべきだと感じていたが、全くの戦力外として蚊帳の外にされている現状、そしてこの場で最も弱き者としては、まず助けを呼ぶべきだと頭が判断した。ところが、水晶魔法スマホが応答しない。ジーニアスだけでなく、どこの誰とも繋がらない様子だった。

 

「え、えっ、どうして……⁉︎」

 

水晶魔法スマホは使えやしないよ」と、目を離した隙にプエルのそばに来ていたヘッドがいやらしく微笑みながら言った。「阻害魔法インペディメントだ、知ってるかい?」

 

「エルフの魔法……っ!」

 

「へえ、わかるんだ? お嬢ちゃん賢いねぇ。でも、解除方法までは知らないだろ?」

 

 エルフという種族の作り出した魔法は、魔法の起源と位置付けられている。未だ解明できていない魔法が数多くあり、その中で人間が解明できたものを初めて〝魔法〟という。厳密にいえば、それらとは体系の異なる魔法も多数存在しており、全ての魔法がエルフを起源とするわけではないが、エルフの魔法が全てを解明されていないのも事実で、阻害魔法インペディメントという、水晶魔法スマホのような微弱な魔法を含む〝一切の魔法の使用を禁じる魔法〟の解除方法は公開されていない。

 

拳鍔魔法メリケンサック!」と、聞いたこともない魔法が宣言レシタルされ、直後に繰り出された拳によって強烈な衝撃がプエルの下腹部を襲う。その勢いのまま地面に叩きつけられ、全身を強打した。プエルの身体が悲鳴を上げる。頭部から足の先まで鈍い痛みが電流のように駆け抜ける。息の詰まるような感覚もあった。そして無数の星がプエルの視界を埋め尽くし、意識はじわりと混濁していく。身体の震えが止まらず、思考はまるで地面に溶けてしまったかのようだった。その一瞬の間、プエルは全てが静寂と暗闇に包まれた世界に取り残されたような感覚を味わった。

 

「アタシらを通報しようとした罰だよ」

 

 なんとか仰向けになったと同時にごぼりと血を吐いたプエルに、にべもなく言った。プエルは阻害魔法インペディメントによって魔法が使えないはずの今、彼女が魔法を使って殴ってきたことに思考を割いていた。だがそれはすぐに理解する。彼女が使ったのは、東の魔法だ。阻害魔法インペディメントが効くのは、ほぼ西の魔法に限定される。一説では王都からの侵攻に対抗するために生み出された魔法だとされており、特に王都近郊で使われる魔法には滅法強い一方、他の地域の魔法に対する効力が低いからだ。

 

「た、助けて……」

 

 動かない足腰を引きずり、見下ろすヘッドに背を向けてなんとか逃れようとする。

 

「腰抜けのガキかい、オマエみたいな女がいるから男にナメられるんだよ」

 

「アンタ、プエちに何すんのッ!」

 

 もう一人の女の攻撃を丸太でガードしながらも、シノカはどうにかプエルに気を向けて怒号を飛ばす。しかし、相手が妖魔憑きである以上、それは意識がないだけの〝人間〟であり、押し返すことまでは出来ずにいるようだった。

 

「安心しな? 元々狙いはオマエだけなんだ」と、シノカの背後に回ったヘッドが囁いた。シノカは瞬時に飛び退いて距離を取ったが、反応がわずかに遅れた。「棘棍棒魔法クギ・バットッ!」

 

 ヘッドの手元に生成された棘の付いた棒が、丸太を担いだシノカの頭頂部に向かって振り下ろされる。飛び退いたことで微かに狙いは外れて肩に激突し、シノカの高い密度を誇る鋼のような筋肉を容易く裂いた。鮮血が噴出し、着地点に赤黒い染みを作る。

 

「うっ、く……」

 

 苦痛に顔を歪めたのも束の間、横から妖魔憑きが迫る。丸太を掻い潜って鋭い爪が腕の肉を切り裂いた。流血するのも構わず、シノカは丸太を押し出すことで妖魔憑きを吹き飛ばした。森の中に転がり込んでいったが、負傷らしい負傷はほとんどなく、すぐにでも戻ってきてしまうのは明白だった。ヘッドはそんな、遠慮がちな防戦を続けるシノカを嘲笑う。

 

「いつまで丸太にしがみついてんだい? 手放せばいい。そうしたら全力を出せるだろ?」


「やっぱ、知っててやってんだね……」

 

「頭領になんかならなくていいんだよ!」


 再び棘棍棒魔法クギ・バットをシノカの腹に向かってフルスイングした。シノカは丸太を地面に突き立てて防ごうとしたが、ヘッドの棘棍棒魔法クギ・バットは丸太を掴んだ手に命中する。最初から、手放させるために手をズタズタにしてやろうという魂胆でフェイントを挟んだのだ。

 

「うぁぁッ!」悲痛な声を上げるも、シノカは丸太を決して離さない。

 

「なんだオマエは……⁉︎ どうして手を離さないんだい! そうしたら終わりにしてやるって言ってるんだよ! 離せ! 離せ! 離せーッ!」


 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、ヘッドは棘棍棒魔法クギ・バットをシノカの手に叩きつける。彼女の白魚のような美しい手はすでに血で真っ赤に染まっていた。皮が破れ、肉が裂け、うっすらと骨さえ見えていた。それでもシノカは全神経を握力に込めている。

 

「これは……あーしが決めたことだから……! 絶対離さないっ!」

 

「――っ!」と、その鬼気迫る形相を前にヘッドは息を呑んだ。この女は、たとえこのまま手が潰されようとも、腕がもがれようとも、あるいは自分がここで死んだとしても超重量挙げ歩きバーベリング・ウォーキングを成し遂げる覚悟がある。死ねば終わりだというのに、そう思わせる気迫があった。

 

 こんな化け物と真っ向からやり合ってはいけない、とヘッドは直感する。何か打つ手はないかと左右に目を走らせた視界の端で、プエルがもぞもぞと動いたのが見えた。この後に及んで今も逃げようとしているようだが、芋虫のように体を捩らせるばかりで殆ど進んでいない。

 

「そうだ……このガキが殴られて動揺してたねぇ!」

 

 弱ったプエルの首根っこを掴み、拳鍔魔法メリケンサックを右手に発現させると、それを綺麗な顔に叩き込んだ。プエルは声も上げられず、ただ口を含む顔中から血を噴出させた。

 

「やめてよ! プエちは関係ないじゃん! 死んじゃうよ⁉︎」

 

「そうだよ? オマエがその丸太を離さないせいで、関係ないこのガキが大怪我するんだよ。まぁ、オマエの言う通りこのままだと死ぬかもしれないねぇ。でも、逆に言えば丸太ソイツを離せば事は終わりだ。アタシだって別に殺すつもりはないんだ、元々ね」

 

「あーしが……離せば見逃してくれんの……?」

 

「ああ、約束は守る。必要のない殺しなんてしないよ」


「プエち、ごめん。やるって決めたのに貫けないや。あーしだけならいくらでも耐えられるけど、プエちがこれ以上傷つくのなんて耐えられない……」

 

 所詮は口約束。彼女がそれを守る保証はどこにもない。それでも、大切な友人が傷つけられるのを黙って見過ごすことができる性格ではない。かといって、人間を相手に全力を出せるほど非情にもなりきれない。シノカの実力ならば、全力で立ち向かえば二人を同時にやり合っても圧勝できるほどの力があったはずだが、その選択肢はシノカの生来の優しさのせいで封じられていた。


「離しちゃダメだッ‼︎」


 どうにもならない諦念から丸太から手を離そうとしたとき、プエルの声が上がった。首を掴まれた左手の隙間に両手を差し込んで抵抗し、なんとか絞り出した血の混じった叱咤だ。

 

「プエち……⁉︎」

 

「こいつ、まだそんな元気が……⁉︎」

 

「シノカさんは僕が守る! 決めたことは貫く! 覚悟なら出来た!」


 プエルは先ほど、逃げようとしていたのではなかった。どれだけ傷つけられても、どれだけ尊厳を踏み躙られようとも、シノカは少しも退かなかった。それを目の当たりにして、体の震えは止まった。同時に、痛みから逃れようとした自分と比較しての情けなさをバネに体が動いた。少しでもシノカの手助けになれるようにと考えた結果の行動だ。魔法は使えない。力も、技もない。体力もない、何もないプエルに出来ることといえば、その身を張ることだけだ。

 

「このガキ……イキがるんじゃないよ! そんなに死にたいなら死なせてやるさね!」

 

 掴んだ手に先ほどとは比べ物にならないほどの力が込められ、首に爪が食い込んで血を吹いた。それでも、やはり魔法は使えない。しっかりと阻害魔法インペディメントが効いている感覚がある。だが、〝魔法は使った〟。激痛の中、プエルはジーニアスの言葉を思い出しながら魔力を感じていた。

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