第19話 光明~目には目を

「……なんか、こう……あるだろ? 欲しいものの一つくらい、言ってみろよ? それでお礼するからさ……例えば──」


 例えば……あ、そうだ!


「こないだお前買ってた、ぱんつなんかどうだ? あれなら実用品だし──」

「ぶふっ!?」

 俺がひねり出した妙案に、柚は思わず噎せていた。


「げほ、ごほっ……い、ぃいいわよ、いらないわよそんなの、余計なお世話!」


「余計なって……」

 おまえ、俺にオ◯ホまでおいてそれは無いんじゃないか!?


「あくまでも、楓の性癖矯正のためよ。他意は無いんだからね!?」

「い、いやぁ……しかしだな。一方的にになってばかりというのは、どうにも申し訳ないんだよ俺だって。なぁ、たのむよ……俺にもよ?」


 柚の思わぬ反応に、俺は反射的に食い下がった。

 ここに来て微かに、目指す光明が見えた気がしたのだ。


 ……自分でも、セクハラめいた事を言っていると思うが、ここで引くわけにはいかない。そもそもセクハラと言うなら柚が先に始めたことだし。

 それに、ここで主導権を握られたままでは、将来に渡っての大きなくさびを打たれたような気がするからだ。


 ぱんつ……そうだよ。

 俺のオ◯ホと同様に、柚にとっては恥ずかしいものでもあったはずなんだ。

 ならば、同様の手段で反撃できるかもしれない。


 ──だけどあのぱんつ、用途がいまいち謎なんだよなぁ。

 

「でも……あれさぁ、学校に穿いてきてるんじゃないなら、いつ穿いてるんだ? こないだバイトに行った時も、普通のぱんつだったよな?」

 先日のバイトの最中、荷物の窓口でしゃがんだり立ったりしている時にちらちらと隙間から見えていたのを思い出した。ゆったりした半ズボンのようなスカートの隙間から桃色の縞ぱんが……。


「あんなの仕事場に穿いていけるわけ無いでしょ!? てか、見てんじゃないわよ! ……まったく」

 俺のには、恥ずかしがるよりも呆れて返してくる。こいつ、女っぽい恥ずかしがり方はあんまりしないんだよな……。男っぽいとかじゃなく、達観してるというか大人と云うか……。

「普通に見えてるんだよ、お前のは。もうちょっとガードをだな……堅くしないと、勘違いした男に襲われるぞ」

 むっつりスケベのような態度は利が無いどころか逆効果のような気がするので、心配しているふりをして見せる。

 ……ほんとはこれも、ふりじゃなく実際に心配というか、他の職場の男には見せたくないだけなんだけど。


「へいきだよ~。むしろあたしなんかよりユッコの方が心配だよー? あの子、なんか見るからに気が弱そうだし……」

 ちなみに、クラスメイトで友達のユッコ(友里恵ゆりえという名前だ)という女の子も一緒に働くことになった。彼女の場合はちょっと事情があって、なかなか難しい家らしいので、柚はいつも彼女の事を気にかけていたのだ。バイトをしたいというのも、半分は彼女のためでもあるのだろう。


「まぁ、帰るときはなるべく時間合わせて帰るようにしないとな。何かあったらバイト禁止どころか、職員会議になるかもしれないからなぁ……」


 基本的に、俺の高校はバイトは禁止という建前だ。だが、先生たちもアルバイトに関しては割と肯定的と云うか事実上の黙認状態である。地方の高校という地域性もあるのだろうと思う。将来的には、働いてお金を得ることが目的なのだから、早いうちからそれを経験しておく事に異を唱えるのもおかしなことだろう。

 しかし、何かあってからではそうもいかない。リスクは可能な限り避けるべきだろう。


 俺の心配げな言葉に、柚も……。

「そうだよねぇ……。問題行動してるわけじゃないけど、もし何かあったら他の子達にも迷惑かかるし……」


 問題行動……。

 もちろん俺達はそんな事をするつもりは無いのだが、事故や事件に巻き込まれることは無いとは言い切れない。その辺はしっかりしておかないとな──。

 そういう気持ちも手伝って、俺は最初に湧いた疑念をもう一度柚にぶつけてみる事にした。


「……一応、もう一回聞くけどさ? ほんとにパパ活の為とかじゃないんだな、あのぱんつ?」

「もー、ちがうってば! しつこいよ? あたしそれだけは死んでも無いから」


 むぅ、そこまで言われると信じざるを得ない。

 しかし……しかしだよ?


「じゃあ、あれか……? だれか……彼氏でもできたのか?」

 思わず、俺はそんな事を聞いてしまっていた。


 普通に考えれば、毎日俺と登下校してる時点でその可能性は低いだろうとは思っている。しかし、相手がなにも同級生や学生とは限らないのではないか。パパ活ではなくとも、本当に社会人の彼氏とかだったとしたら────


「ば、ばか! そんな訳無いじゃん!! パパ活以上にありえないから! あたし彼氏なんていたこと無いし────ぅう~……見ればわかるでしょ!?」

 先程までで一番の反応、早口で怒涛の反論をしてくる。


 見ればわかる、と言われると異論しか無いのだが(柚は男子の間でけっこう人気なのだ)、自己評価は意外と低いらしい。

 だから過剰に反論されると余計に怪しくもあるのだが、柚の声色には本当に有り得ないことで心外だ、という感情がにじみ出ていた。


 思わず、罪悪感を感じてしまうほどに。


「う、うん。ごめん……」

 あまりの剣幕に、俺は思わず謝ってしまう。


 ……どうやら、今回の切込み作戦は失敗に終わったようだ。警戒どころか気を悪くさせてしまっては意味がない。ここは大人しく引き下がるか。


「楓にそういうこと言われると傷つくから……、もう言わないでよ?」


 柚のその言葉に、何で? とも思ったが、なんだか本当に落ち込んでいるような口調で言われて、俺も少し後悔してしまう。


「わるかったよ……、信用してないわけじゃないんだけど──ほら。ぱんつのデザインがあまりに、その……大人びてたからさ。……だれか、年上の相手でもできたのかな、ってさ」


 だが、俺の諦めた態度を見せるのとは裏腹に、

 ……何故かここに来て柚のガードが緩み始める。


「それは……。その……」


 お……?

 柚は少し小さな声で、もじもじしながら視線を彷徨わせ始めた。


「だ、だから……あれは、ね……?」

「……うん?」


 恥ずかしさと罪悪感を押し隠そうとしているのはわかるが、明らかにそれができていない。頬が少し赤い……。


「そ、その…………あんたと同じことよ」


「同じこと……?」


「だから、その……ひ、ひとりで……するときに……気分を、盛り上げるために……ね……」


 一人でするとき……つかうもの?



 …………………




 ───あ、あたしは……楓みたいに……、そんな道具おもちゃとかは使わないけど───




 つまり………

 あのぱんつって、柚がひとりで致すときにわざわざ着用するために買っていた、ということなのか………?


「あ……あのぱんつって、そういう────」


 俺がそう言って柚の顔を覗き込んだ、瞬間……

 どむっ!!

 俺の腹に、柚の膝がめり込む。


「ごほぉ……!」


「もうっ、バカっ!! 言わせるなっ!!!」


 そう怒鳴ると、柚はずんずんと俺を置いて歩いていってしまった。

 重い衝撃を受けた俺は、思わず道路に膝をついていた……。


 だが、道端で腹を抑えてうずくまりながらも、

 俺は心のなかで密かに喝采をあげていた。


 「……ふ、ふふふふふ────」


 遂にみつけたぞ、柚への反撃の糸口を────!

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2024年12月4日 05:05

Dear my Good Neighbor~親愛なるお隣さんへ 天川 @amakawa808

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