第9話 源泉~三大欲求の一柱は、伊達ではない

「え、あ……うん……そう、かもな」


 俺は───

 味わったことのない感情を、扱いかねて……

 そんな、的はずれな応答しかできなかった。



 …………てくてく

 無言の静寂の中、お互いの足音だけが聞こえる。


 お互い顔を背けて、しばらく歩いていく。

 たぶんお互いに、顔が真っ赤なのだろう。

 しばらく、気持ちを冷まさなければ………。



 しかし、思考の一方では────こうも思う。


 これは、変なことじゃないし、決して悪いことでもないはずだ。

 人に言えるようなことではないのかもしれないが、実際にはほとんどの人が経験することでもあるはずなんだ。


 ───大人が、社会が……イヤらしく隠すからどうしても悪い事のように思えてしまうけど───。これは、生理現象で、ごく普通のことでなんなら、でもあるはずなんだ。


 男女で行う性行為よりも、一人で行う性行為は何処かタブー視されているように思える。実際、人に聞かれて恥ずかしいのは「ひとりえっち」のほうだろう。

 だが、一人でする分には誰にも迷惑はかけなくて済む。間違えたら相手に被害を及ぼしたり不快にさせたり傷つけたりする可能性のある男女の性行為よりも、ずっと無害なものでもあるはずだ。


 ……他人に迷惑をかけるリスクのあることのほうが、真っ当な扱われ方なのは、いささか納得がいかないところでもあったのだ。迷惑など、かけてナンボという考え方は、俺は好きではなかったから。


 もちろん、性行為は迷惑をかけるための行為じゃないことは、わかっている。これは、人間の根源的な歓びでもあるはずなんだ。





 ……そうだよ。

 正直、ずっと───不思議だったんだ。





 少子化を問題視するくせに、性に関しての学習はずいぶんと手抜きというか、どこも投げやりなやっつけ仕事、他人事で済ませているような気さえしていたのだ。

 ネットに代表されるアダルト動画が、性の知識の大部分を占めている、という話さえ聞いたことがあるくらいだ。


 本来なら、それで済ませていいことじゃないはずなんだ。


 それに、興味本意なだけではなく、今後必要になることでもあるんだ。

 男同士でするその手の話は、猥談、たんなるエロい話に終止してしまう事が多い。けど、俺が本当に欲しているのは、もっと本質に寄った性の話でもあるのだ。


 これを若さ故の助平スケベ心と一緒くたにされて、いい加減なままで済ませてしまったら、将来に於いて大失敗をしてしまうかもしれない。


 実際に女の子と、この部分をきちんと話し合えるなら、むしろ貴重で実りある学習でさえあると思うんだ。



 ───もちろん、柚にとっては大迷惑なのかもしれないけど。



 幼馴染にこんな話を持ちかけられるのは、

 もしかしたら……家族から性教育を受けているようで、生理的に受け付けないのかもしれない。だとしたら、するべきではないだろう。


 でも、俺は掘り下げて話をしたい。

 柚とだったら、俺はちゃんと真面目な性の話をしてみたいんだ。

 助平心が無いとは言わないけれど、必要なことだとも思っているのだ。



 これは──本当なんだ。



 そんなことを考えていると、少し冷静になれた。


 再び、ちらりと盗み見た柚の横顔は、偶然にも同じように思慮と冷静さを取り戻しているように見えた。



 ────そういえば。

 冷静さが幾らか戻ってきたおかげで、唐突に思い出した。

 


 ………先日の柚の部屋での「話し合い」の時には、結局──お互いの状況を確認する事に終止して、誤配商品を本来の持ち主に返還するということは行われなかったのだ。


「なぁ……。そういえば、先に注文してた俺の、今もゆずが持ってるんだよな?」


 俺の問いに、柚は少し戸惑いながらも頷いて答えた。


「う、うん……。捨てては、いないよ。……てか、あれってどうやって棄てるの? 燃えるゴミでいいのかな?」


 それは、考えたことも無かった。

 言われてみれば、将来的にはアレもいずれは廃棄処分になるのだろうな。まさか、町役所の住民生活課にゴミとしての分別方法について詳しく聞くわけにもいかないけど。


「……どうなんだろう? 俺も、アレ買ったのまだ2個めだから……よくわかんないんだよな。───あ、いや……てるなよ? 勿体ないから!」


 偶然ではあったが、俺のチョイスとは商品が届いたのだ。同じものが二つになったわけじゃないから、どちらも有効に使えるだろう。そういう意味では、柚の間違いは非情にことでもあったのだ。


「────も、勿体ないって……。まさか、あれも使う気なの!?」

 なぜか、柚はひどく慌てた様子でそんな事を聞いてきた。


「だって、せっかく買ったのに……。俺のサイフじゃ、結構な出費だぞ?」

「そ、それは……そうだろうけど」

 そういう事を言っているのではない、という心理がありありとうかがえる柚の表情であった。


 ………俺の主なバイト先である配送業者の『疾風軽便はやてけいびん』は、勤務体制は融通が利くけれど、給料はそれほど高い訳では無かった。

 この金額を稼ぐのだって、それなりに労力が掛かっているのだ。


「柚のぱんつだって捨てずにちゃ~んと、とってあるぞ? せっかく買ったんだから、使えばいいじゃないか。……結構な値段だったぞ、あれ。びっくりしたよ……」


「……う~、たしかに。まぁまぁ高いんだよね、ぱんつも……」


 こうして、話がまとまったので、二人に誤配送されていた商品を改めて元の持ち主に戻すことにした。どうせ、このままだと本当に捨てなければいけなくなってしまうからだ。どう考えても、それは勿体ない事だろう。


 程なく、二人の家の前に着いたため……。

 シャワーを浴びて30分後、柚の家に集合というやり取りをして、お互いの家に一旦入っていった。

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