第8話 正常~女の子だって興味あるんです
俺と柚に、いつもと変わらない日常が戻っていた。
久しぶりに、二人揃っての登下校─────。
やはり、柚と一緒の通学路というのは良いものだ。
今は、帰り道を談笑しながら歩きつつそんな事を思っていた。
しかし、望んでいた日常が戻ってきたからといって、高尚な話題が交わされるかと言えば、もちろんそんなこともなく────
「……それにしても、意外だったよ。柚が、あんなの穿いてるなんてさ」
「う、うっさいわね!? いいじゃない、欲しかったんだもんっ!」
交わされている会話の内容は、そんな他愛もないものだった。
確かにあのぱんつ、可愛いというか、魅力的なものであることはわかるが。
「でも、ちょっと攻め過ぎじゃないか……? 色とか、Tバックとか」
一体、何用なんだと思わざるを得ないような代物に思えるのだ。
すると、今度は柚のほうが、
ふん! っと、挑むような表情で俺に食って掛かってきた。
「楓の方こそ、なによ? この前は!?『シャンプーとかシェービングクリームとか、そんなのだ……』とか、カッコつけちゃってさ! 思いっきりオ◯ホじゃないのよ、このむっつりスケベが!! あー恥ずかしいぃ~!」
「ぐむぅ……!?」
先日とった俺の余裕の態度が、今度は恥ずかしい急所となって自分を苛む。
……仕返しとはいえ、めちゃくちゃ煽ってくるな、くそぅ!
「女の子が、お、お◯ほとか言うなって!」
おまけに、道端で言うような内容じゃないし
俺は、柚の言動の過激さに思わず慌てて周りを確認してしまう。幸い、聞いている人はいないようだが。
「お、男の……必須アイテムというか……。必要悪なんだよ、アレは……うん」
「もっともらしいこと言っちゃって……! このすけべーが」
柚は、ここぞとばかりに勝ち誇った顔をして、俺を責め立てていた。
こういうときにこそ、「思春期」という言葉を都合良く使うものなんだろうけど……。前述の通り、この言葉を自分で使うのは俺にとってはタブーだった。
「お、男の……その、生理……みたいなものなんだよ。───どうしようもないんだよ、こればっかりは……。アレは……いわば、そう! 生理用品なんだよ……!」
俺は代わりに、苦しい言い訳をなんとかひねり出す。
「……それは、わかるけどさ~。あたしも、クラスの男子が話してるの聞いたことあるし」
『生理』という単語を聞いたことで、柚の表情が幾分思慮を纏ったものに変化した。どうやら、一方的な言葉の猛攻は避けられたようだが。
「でもさ~、なんか……普通にえっちしたとかそういう、男女の普通の事と違って、なんか………こう余計に、生々しくない? そういうの」
今度は難しい顔をして柚がそんな事を言ってきた。……相変わらず表情が豊かなやつだ。
「まぁ……な」
男にとってみれば、いわば敗戦処理と云うか彼女がいないことを前提にしているようで、更にその事を諦めているようでもあり、別な意味でも恥ずかしい。プライドを損なう、という意識すら芽生えるものでもあるかも知れない。
「やっぱりさ、楓もそういうことしてるんだ、って。ショックっていうか、当たり前なのかもしれないけど。なんか、やっぱり───」
柚は、そう言ってモヤモヤとした心情を吐露する。
そりゃそうか、男友達ならともかく。
幼馴染の男女で、そういうことにはあんまり触れてこなかったもんな。
ん……? 今、
「楓『も』って言ったか?」
俺の言葉に、はっ、として柚がこっちを見る。
そして、明らかに狼狽えていた。
「も」って、なんだ?
「誰か、他の男子の事情でも知ってるのか?」
「違うわよ! んなわけ無いじゃない! ……男子じゃ、ないわよ」
まぁ、知ってても言えないか。
そりゃそうか。
ん──────?
え、じゃあ……?
「ひ、ひょっとして、柚『も』っていう────」
刹那───
ばしんっ!!!
「痛っ!!」
背中を、思いっきり叩かれる。
「忘れなさい!」
「いや、そんな事言われても……」
俺は、思わず柚の表情を盗み見てしまった。
柚は……柚の表情は───
今まで見たことのない憂いにも似た、色を纏った羞恥と戸惑いを織り交ぜた、複雑なものだった。
幼馴染だった女の子が、女性を感じさせていた────
そして、躊躇しながらも、
「そ、そりゃ……あたしだって……そういうことくらい……する……よ」
柚は、少しうつむいたまま、顔を真っ赤にして消え入りそうな声で、
彼女は、そう告白した。
「あ、あたしは……楓みたいに……、そんな
「え、あ……うん……そう、かもな」
俺は───
味わったことのない感情を、扱いかねて
そんな、的はずれな応答しかできなかった。
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