第16話 奇策~将を射んと欲すれば

 例のごとく学校を終えて、俺は柚と並んで家への帰りの途に着いていたのだが……。


「バイト増やさないとな~」

 不意に柚がつぶやいた。


「ん? バイトって……例のコンビニのバイトか?」


 柚は、この地域では数少ないコンビニでバイトをしている。しかし店舗数が少ないため、当然バイト希望者の競合が激しく、まとまってシフトを入れることが出来ないらしいのだ。


「ん~、なんかこのままだと、ますますシフト減らされそうだから」

 つまり、別なバイトを掛け持ちしようということか。

 しかしなぁ……。


「今から見つかるかな……」

「そうなんだよね~……」


 ご多分に漏れず、この辺は田舎のため就労場所そのものが少ないのだ。当然、バイトの口なんかも多くはない。柚のバイト先のコンビニも、学生ではなく社会人を優先して雇用するという方針に変わってきたらしく、我々学生は今後ますます働くことが難しくなるだろう。


「玲子さんのスーパーも、雇用の順番待ちが多いらしいしなぁ……」

 柚の母親のスーパーが選択肢としてよぎったのだが、親子で同じ職場で働いていたら周りの目が気になるだろうし、職場の雰囲気にも悪影響があるかもしれない。そもそも雇ってくれない可能性のほうが高いだろう。


「ハローワークにでも行ってみるのがいいのかな?」

「んー……そこまでは、どうだろう」


 正攻法で探すならハロワがいいだろうけど、学生の身で仕事をさがしていたら別な疑惑を持たれそうではある。それに、俺達は裕福ではないとはいえ普通の生活には何ら困っていない、謂わば優良家庭でもあるのだ。

 世の中には、学生であっても働かなくては生きていけない人だっているんだ。そういう人を押しのけてまで俺達が働くというのは、なんか違うような気もするのだ。


「まぁ、何かあったら知らせるよ。母さんの方で、心当たりがあるかもしれないし」

 俺の母親(名前は静江だ)は、市の福祉課の嘱託相談員をしている。地域の事情には詳しいはずだ。斯く云う俺のバイト先も、以前に母親の伝手で見つけたものだった。


 ………ん?

 俺のバイト先………


「そういえば、『疾風はやて軽便けいびん』まだ求人出してるかな」

 俺はスマホを取り出して、バイト先のページを開いた。

「あ、楓のバイト先?」


 俺はスマホを操作しながら答える。

「うん、たしか以前……荷の仕分け作業の手伝いを何人か増やしたいって言ってたような………あ、あった」


 画面に表示されたのは、俺の働いている営業所のページ。

 そこには、未経験者歓迎、時給950円からという求人案内が出ていた。具体的に何人まで雇えるかは書いていなかったのだが、まだ募集していることは間違いないだろう。


 俺は、スマホを柚に手渡して条件を確認させる。

「ほら、これだよ。シフト入れられる時間帯とか、希望すれば結構融通してくれるぞ」


 柚は、スマホをスワイプしながら就労条件を細かく調べていた。

 そして……

「これ、年齢条件書いてないけど大丈夫なのかな?」

 やはり気になったのだろう、その部分を聞いてきた。


「あぁ。面接で詳しい事情を聞いて、それから作業内容と時間帯を吟味する方針だそうだ。あくまで、働く側の都合を優先するんでそういう書き方しかできないんだって。高校生OKなのに深夜の就労時間を記載していると、いろいろ面倒らしいんだよな」

「ふぅん、なるほどぉ」


 うんうん、と頷きながら熱心に情報を吟味しているようだ。

 そんな柚を見て、俺は気になったことを尋ねる。


「なんか……お金が必要なのか?」


 疑うわけではないが、先日のぱんつの一件もある。なにか、よからぬ事情でもあるのではないかと少し気になったのだ。まさか、本当にパパ活なんかしてるわけではないと信じたいが……。


「うん。ちょっとね、割とね~♪」

 しかし、当の柚はずいぶんと楽しそうだ。

 なにか、欲しいものでもできたということかな。

 そういうことなら、心配するほどでもないか。


「じゃあ、今度のバイトの時、社長に話してみるよ。女の子だけど働けますか、って」

「うん! ありがと。よろしくね」



 ……………………………………



「箱来てるよ~」


 家に帰り着くと、例のごとく通販商品が届いている事を母が知らせてきた。

 母親に促されるままに、リビングの椅子の上においてある箱を受け取り、それを持って自室に上がろうとする……。


 と、あることに気づく。


 さすがにともなれば、なんとなく解ってくるものだ。箱を持ったときに感じる、内容物の放つ独特の


 これは、もしや………


 俺は、自室に入り施錠して密室を作り出してから、慎重に箱を開封していった。


 すると俺の想像通り、それは中に鎮座していた。

 ……淫具だけが放つ、独特の雰囲気。


 しかし、当然ながらこれを注文した覚えは俺には無い。

 だが、何故か心当たりはあったのだ。


 おれは、スマホを取り出しタップして電話をかける。

 2コールくらいしてから、通話がつながる。


「はーい、ゆずでーす」

 心当たりの相手は、しれっと電話に出た。

 声が響いているところから察するに、お風呂に入っている最中だったのだろう。

「……お前だろ、この通販商品送って寄こしたの」


 すると柚は、してやったような声で平然と答える。

「あ、届いてたんだ? そだよー。ねぇ、お風呂上がったらそっち行っていい?」


「は? なんで?」


「だって、せっかく買ってあげたのに使われないんじゃ、意味ないじゃん」


 ……? どういうことだ?


「じゃ、20分くらいしたら行くから、まっててねー」

 そう一方的に告げると、柚はさっさと電話を切ってしまった。


 使われないんじゃ意味ない……

 つまり、これを使えということか?

 いや、しかし……


 突然のことに、意図を測りかねてしまう。

 もちろん、コレに別な使い方などあるはずもない。

 使えということは、つまり……その……コレでアレしろということか。


 これは、想定外だ。

 まさか、幼馴染から淫具をプレゼントされることになるとは───


 あまりのことに戸惑いが強かったが……。

 とりあえず柚が来るというからには一応、部屋に軽く掃除機を当てて適当に片付けておくべきだろう。


 俺は、廊下の突き当たりにある小さな物置から、掃除機とモップを取り出して部屋の床と廊下を清めておく。あとは、ごちゃごちゃした段ボール箱とは畳んで物置に仕舞っておこう。


 そうしていると、ほどなく階下から話し声が聞こえてきた。台所にいる母親と、やって来た柚が何やら話しているのだろう。

 やがて、とんとんと階段を軽やかに駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

 俺は、部屋の戸を開けて出迎える。


「おじゃましまーす!」


 柚は遠慮もなく俺の部屋に入ってきた。手にはトートバッグを持っている。

 そして、振り返り施錠をする。

 俺の部屋が、再び密室になってしまった。

 柚は、一体何をするつもりなんだ?


「さーてと、じゃあ回収していくね?」

「え、回収? これか?」

 俺は、届いたばかりの通販商品を指さしながら尋ねた。


 ……それなら、なんでわざわざ俺のとこに届けたんだ?

 際前から柚の意図がさっぱりわからない。

 自分の知能が低下したような錯覚に襲われる。


「だって、せっかく買ってあげても他のがあったらされちゃうじゃん?」

「だから……どういうことだってばよ? ちゃんと最初から説明してくれよ」


 すると柚は胸を反らして腰に手をやり、ふふん、と得意気に鼻をならし、

「楓の性癖を、このあたしが直してあげよう、ってことよ」

「はぁ……?」


 柚子は俺の疑問などそっちのけで、届いたばかりの箱を指さし聞いてくる。

「ねぇそれ、中味確認した?」

「……いや、パッケージしか見てないけど……」


 言われて俺は、おもむろに段ボール箱から商品を取り出した。

 そこには……


『リアライズ17セブンティーン

 そう銘打たれた物が入っていた。


「なんだこれ?」

「オ◯ホよ」

 いや、そりゃ分かるが。


「……お前が使うのか?」

「んなわけないじゃん! もちろん、楓に使わせるために買ったのよ」


 なんだか頭痛がしてきたような気がした。

「……一応聞いておくけど、これを選んだ理由というのは?」


「あー、それね。明確に年齢が分かるやつってこれしかなかったんだもん。……流石に、幼女モノとかだと別な性癖に目覚める恐れもあるからね」


 まぁ、その心配は無いだろうが……。

 俺が歳上趣味かどうかは置いておいて、幼女趣味だけは明確に無いと思っている。

 ……無いことを願おう。


「感謝してよ? あんたの好みに合わせて重量級のやつ選んであげたんだから」

 柚にそう言われて持ち上げてみると、たしかに肉厚でずっしりと重いタイプの重量感だ。


 けど、このタイプ裏返せないから洗いにくいんだよな……。


 そんな事を思いながら、例によってアニメ調のイラストが書かれたパッケージをしげしげと眺める。


17セブンティーン……17歳ってことか?」

「それね、ほんとは18歳のが欲しかったんだけど、いくら探しても出てこないのよね~。なんでなのかな? どこを見ても17歳なんだよね……」


 そりゃおまえ、こういう需要というのは18歳未満だからこそ生きてくるのであって、18超えたら意味が無いんだよ……きっと。


「で、ここからが本題なんだけど……」

「うん」


 ようやく、謎が解決するのか。

 俺は、すこし佇まいを直して柚に向き合う。

 すると柚は、おもむろに立ち上がり、俺に命ずる。


「今使ってるオ◯ホ、全部提出しなさい」

「はぁ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る