第15話 疑惑~歳上の魅力には逆らえないのです

「何やってるの!!!」


 後ろから大声がして、二人でそちらを見る。

 そこには、部屋の入口からこちらを睨みつけて柚が仁王立ちしていた。


「あら、おかえり柚」

「お、おかえり………」


 俺と花梨は柚にそう言って、あくまで平静を装った、つもりだった。

 だが、ぴくり、と柚の片眉と肩が持ち上がった。


「……まずは、離れて」


 見たことのないほど押し殺した表情で、柚はそう命じた。

 さりげなく誤魔化そうという意識も一瞬浮かんだが、身体の密着具合が深い。誤魔化しは無理そうだった。俺は、背筋に寒気を覚えて、取りあえず身体をどかした。

 一方の花梨は、相変わらず悪びれもせずにのらりくらりとした感じで、のんびりと身体を起こしてベッドに腰を下ろした。


「あのさ、おねえちゃんはどうあれ、楓は違うんだから。そういうことしないで」


 ひどく冷たい声で、柚はそう言うと俺の手を掴み部屋から連れ出してしまった。

「はーい、ごめんねぇ~」

 それでも花梨は悪びれずにそう言い、ひらひらと手を振って俺を見送った。


 柚は、鍵を取り出し素早く部屋の扉を解錠すると、すぐに自室に入って俺を引っ張り込み、またすぐ施錠した。

 さらに柚は、またしてもドアノブを紐で隣の金属キャビネットのフレームにぐるぐる巻きにして固定していた。


 ………なんのための鍵なんだか。


「はぁー………」


 作業を終えると、柚は大きく息を吐きだして、俺に向き直る。


「楓……」

「はい」


 怒り半分、呆れ半分といった感じだろうか。

 腰に手を当てたまま、柚は俺をじっと睨む。


「あんたが年上趣味だってのは、なんとなく分かってたけどさ……」

「はい?」


 そうなのか?


「お姉ちゃんだけは、だめ」

 静かに、しかし力強く柚は俺に言った。


「…………」

 いや、全然そんなつもりはなかったのだが、花梨がいきなり………


「返事は?」

「……いや、ごかい──」


 どむっ!


 ごほぉ……!?

 ───柚の拳が、俺の腹にめり込んでいた。


「へ・ん・じ・は?」

「は、はい……」


 ぱくぱくと口を開閉したあと、辛うじて返事を口にすると、ようやく柚は身体の力を抜いて雰囲気を和らげてくれた。


「あのさ………?」

「は、はい」


 柚は、学習机の椅子に腰を下ろして、足を組み俺の方を見る。

 俺も、床に腰を落ち着けて柚に向き合う。


買うくらいだから、溜まってるのは分かるけど……」


 あ、分かってくれるのかい?


「いくらなんでも、節操無さすぎない?」


 ……いや、分かってないな。


「だから……誤解だって。不意を突かれたんだ、そんなつもりじゃなかった」

「抵抗してるようにも見えなかったけど?」


 いつから見ていたんだろう?

 見てたんなら止めればいいのに。


「あたしは別に、その……楓の付き合いに口出すつもりは、無いのよ? でもね、こんな身近でされると、さすがにさ」


「いや、だから……」

「『人妻の誘惑』───」


 俺は、ビクッとなる。


「……やっぱ、そう言う趣味なわけ?」

「いや、その……」


 柚は、大きくため息を付く。

「念の為、言っておくけど……ママもだめだからね?」

「当たり前だ!」

 何を考えてるんだ、柚は。


「あれって、解消するためのものだと思ってたんだけど……?」

「もちろん、そうだぞ」


 昨夜もお世話になったくらいだ。

 実に結構な具合でした。


「なんか……全然、解消になってないような」

「いやだから、誤解だって」


 ちゃんと役に立ってるぞ。

 ちなみに昨日は、柚が間違えて注文した方にお世話になった。


 しかし、そんな俺に対して柚は少し疑いの眼差しで、

「むしろ悪影響の方があるんじゃないの?」

 俺に疑惑の水を向けてくる。


「そんなことはない、と思うけど」

 俺は控えめに反論した。

 少なくとも、心身のリフレッシュには役立っている、はずなんだが。


「この節操の無さは、明らかに悪影響だと思う」

「え~………」


 なんだか言いがかりのようにも聞こえるのだが、花梨との事もあるので強く否定もできない。


「どうやら、じっくり話を聞かないといけないみたいね?」


 ………どうやら今日は、あまり愉快なお話にはならないみたいですね。



 ……………………



 いつもの通り、柚とお菓子を囲んで話している。しかし、いつもとは違って会話が弾んでいるとは言えなかった。話題が、先程のことから一向に離れられていないのだ。


「だいたい、なんでお姉ちゃんなのさ? もうちょっと他に目を向けたら?」

「だから~………」


 べつに、何もしてないんだけどなぁ。

 でも柚の心境を考えるに、自分と反対派である花梨と距離が近いということは、支持者を失ったような心境なのかもしれない。


「心配しなくても、そうはならない。大丈夫だ」

 少し、真面目な雰囲気を出しながら俺はそう答える。


「…………」

 柚は、じと~っとした視線を俺に向けている。


「以前のなら、信用してたけど……」

 柚は顎に手を当てて、またため息を付く。

「今のの下半身は信用できない」

「そ、そんな……」


 ひどい、あんまりだ。

 てか、俺の人格って下半身由来なのか?


「で。結局、使ってるんでしょ? あたしのとこに届いたやつも」


 俺は、こくりと頷いて肯定した。

 流石に……面と向かって認めるのは恥ずかしいけれど。


 すると、柚は少し気まずそうにしながら……。

「そ、その……ちゃんとした使い方してるの? なんか間違った事してない?」

「いや、それは大丈夫……だと思うんだけどな」


 あれに、間違った使い方なんてあるのか?

 いや、でもな……実際どうかと問われれば、自信は無い。


「楓、オ◯ホ以外は童貞なんでしょ? ちゃんとしてるかどうかなんて、わかんないじゃない」

「ぐっ……」


 ひどい、その言い方はいくら俺でも傷つくぞ……


「どうしたものかしらね……」

 柚は何故か、深刻そうな顔をして悩んでいた。

 一体、何がそんなに問題なのかわからなかったが……。


 コンコン

 不意に、ドアをノックする音


「ゆずー、飲み物持ってきたから、あけてちょうだい」


 ドアの向こうから声がする。

 これは、柚ママの玲子さんだろう。


「はいはーい」

 俺は思わぬ介入に、これ幸いと柚の代わりにすぐに返事をして立ち上がり、ぐるぐる巻きにされていたロープをほどいた。そして、一旦柚の顔を見て了解を得る。

 柚は、若干不満げながらもうなずいて了解の意を示した。


 俺は、サムターンを回して解錠し、ドアを開ける。


「ごめんなさいね、気が利かなくて。アイスコーヒーでよかったかしら?」

 玲子さんは微笑みながら、俺にお盆ごと差し出してくる。


「はい、なんでも。ありがとうございます」

 そう言って俺は受け取った。


 玲子さんは、くつろいだ雰囲気ではあったが、それでも部屋の中に入ってこようとはしなかった。

 こういうところ、女の親子って難しいよなぁ……


 柚ママの、端々から感じる雰囲気で、そんな逡巡と気遣いが察せられる。

 少なくとも、うちの母親ならズカズカと踏み入ってくることだろう。


「ゆっくりしていってね。なんなら夕飯も食べてく?」


 少々遠慮もあったが、魅力的な提案だった。

 それに、この間うちの母が持ってきたおむすびの件もある。貸し借り、などという取り引きめいた考えは挟むべきではないが、玲子さんからすればお礼をしたいという気持ちもあるのだろう。


「ほんとですか? 玲子さんの料理久しぶりだなぁ」

 思わず本音が、俺の口からこぼれてしまった。

「うふふふ、じゃあ……」


「だめ!」


 へ……?

 何故か、後ろで柚がダメ出しをしていた。


「楓、今日は早く帰らなきゃいけないんだよね、用事あるもんね?」


 俺は戸惑いながらも、反論する。

「い、いや……? そんなこ───」


 ぎゅいっ──!


ぃっ!?」

 ……お尻の肉を目一杯つねられた。


「帰るよね?」

「ハイ、カエリマス」


 柚の有無をいわせない気迫に押されて、俺はそう答えてしまっていた。


「あらそう? 残念ね……じゃあ、また今度にしましょうね」

そして、当然玲子さんは察したような顔で部屋を後にしていった。


ドアを閉めると、柚はさっと施錠してまた俺に向き直った。


「ママを見る目が、やらしいです」

「そんなわけあるか……」


 俺は流石に、疲労感を感じていた。

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